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【四章】悪意





ボソボソとした人の話し声に少女の意識が浮上する。

「ん・・・・・・」

身動ぎし、ゆっくりと瞼を開く。依然として灯りは見つからない。暗闇に目が慣れるまで何度か瞬きを繰り返す。ある程度、慣れた所で目だけを静かに室内へと巡らせた。

冷えた床に横たわったままであった少女は、半身を起こそうとして失敗した。両手を後ろ手に縛られているらしい。自由が効かないながらも時間をかけ、どうにか身体を起こす。

何時間意識を失っていたのか、身体は芯から冷え、括られた手先は痺れて感覚が無い。しかし、幸いなことに両足は縛られていなかった。

慎重に部屋の隅へと這い、壁で背中を守り少女は蹲った。

疼痛と錯覚するほどに鳴り響く胸から血が巡るように恐怖心がじわじわと浸透する。鼓膜からもドキドキと音を拾い彼女の思考に影を落とす。

弟を守る為に捕まったというのに、少女は既に限界だった。判断を誤ったかもしれないと後悔が顔を出す。助けを求める為に、街へと引き返した方が遥かに安全だっただろう。

そうすれば、自分だけでも安全だったと思考が逃げを打つ。

震える唇を噛み、(かぶり)を振る。弱腰の心を払うつもりで何度も振るって、最後に長く息を吐いた。


助けるんだ。助けるんだ、弟を。


状況の整理をすべきだと、冷静に指摘する己の声を拾う。

帰宅した自宅には、夜も近づいているというのに明かりが灯っていなかった。しかし、少女の為に違いないケーキの甘い匂いは室内に満ちている。本来なら帰りを待つ両親がいるはずだが、二人の気配は感じられない。

けれど、家の中に弟が引き込まれたことは事実だ。

少女は壁を使って緩慢な動作で立ち上がった。

玄関から入ってすぐのリビングで少女は意識を失っていた。そこから両親の寝室の方に人の気配がする。ボソボソと話す声で少女は目覚めたのだ。

恐らく、姿の見えない弟はきっとあの部屋にいる。

寝室に向かう前に台所で包丁を探し出し、なんとか両手の縄を切る。暗闇の中、手探りでの行為によって手首には数多(あまた)の傷ができた。傷から滴る血に衣服は汚れ、ズキズキとした痛みが少女を現実へと引き寄せる。

冷静さを欠くことなく包丁を手に持って寝室へと詰寄る。話し声は、未だ続いている。寝室の扉に少女は耳をつけた。


『あーあ、この女ももう何の反応もしなくなっちまったなぁ』


聞き慣れぬ男の声に呼応して心臓が跳ねる。勢いのままに口から飛び出してしまいそうになり、咄嗟に手で口を覆う。

『静かな方が俺ぁ好きだぜ?』

もう一人が下卑た笑いを発する。「趣味が悪い」、「違ぇねぇ」と数人の男の声が響く。

少女は包丁を持つ手に力を入れた。

人の数が多い。盗賊らしい彼等を非力な少女が倒せるはずも無い。

このまま無策に飛び出せば、返り討ちに合う。少女は自分自身に何度も言い聞かせた。

自分では勝てない、弟を救う為にもやはり大人に助けを求めなければ。大丈夫、弟はきっと生きている。助ける為に、助ける為だけに、と。

後ろ髪を引かれる思いで少女はようやく扉から耳を外した。


『ーーそういやぁ、あっちの部屋にまだ餓鬼がいたなあ』


少女は咄嗟に駆け出した。寝室から人のざわめきが耳に届く。少女は我武者羅に身体を動かした。今、この瞬間が弟を救えるかの分水嶺(ぶんすいれい)になると直感的に理解していた。

夜中であるなら、外に出てしまえば闇夜に紛れて逃げ出すことが出来るだろう。

少女が走る度に床が軋む。背後から複数の足音が耳に入る。しかし、少女が彼等に捕まるよりも早く、家の扉に手が届いた。

扉を開け外へ出た少女の身体は、目前にある柔らかな物体にぶつかり家の中に勢い良く跳ね返った。(したた)かにぶつけた肩をさすり、何が起こったと顔を上げる。


「残念だったな、嬢ちゃん」


盗賊の一人が見張りとして立っていた。

近寄る男に警戒しながら刃物を向ける。月を背負って立つ男から刃先が見えたのだろう。「馬鹿なことをするなあ」と呑気な感想をぼやいた。

肩で息をするせいか刃先がぶれる。

「助かりたきゃ、嬢ちゃんのすべきことは俺達に()(へつら)うことだってのに・・・・・・分かってねぇなあ」

男の馬鹿にした態度に怒りの炎が噴出した。

刃先はもうぶれることなく、男へと焦点が定められた。

「やああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」

気合を込めた突きはなんなく(かわ)され、無防備になった背中を殴られる。

「ーーカハッ!」

息が止まるような重い一撃に少女は噎せてその場に四つん這いになった。カランと軽い音を立てて包丁が地面に落ちる。

男が歩み寄り、やおら少女の手の甲を踏む。少しづつ体重をかけて足先をぐりぐりと踏みつけた。

手を引っ込めようにも力では敵わない。少女は歯を食いしばり痛みに耐えるしかなかった。

悔しかった。憎しみで人を殺すことが出来るならこの男は既に息をしていなかっただろう。


「おいおい、セルヴィス傷つけんなよ」


少女にとって都合が悪いことに寝室から出てきた男達が集まる。三人の男の内、一人が少女の逃亡を防いだ男ーーセルヴィスに声掛けた。

傷つけるなと言う言葉とは反対に男の口元は厭らしく歪んでいる。この様子を楽しんでいるのだ。

「兄貴、お楽しみだったんじゃねーのか?」

セルヴィスは肩を竦めると少女の手から足を退けた。

「いやあ、もう使えなくなっちまったから次は餓鬼にしようかと思ってよ。ちゃんと見張りしてたご褒美だ。先に楽しんでいいぞ」

兄貴と呼ばれた男達は、だらしなく服をはだけさせ、中には上半身裸の者もいる。

男達の視線が少女の体を蛇が這うように行き来する。じっとりとした熱が込められたそれは、意味の分からない子供でも不快感が生まれるほどの嫌悪を催した。

セルヴィスもまた少女へと視線を向ける。遠慮の無い品定めする目付きは、男達と異なり熱がない。どちらかと言えば、「面倒だ」という感情が透けて見える。

「うーん・・・どっちかってえと此奴の母親の方がまだ好みだったんだよなあ」

「ハッ、我儘だなおめーも」

母と聞いて少女は声を失った。薄々感ずいてはいたが、母がこの家にいるのだ。しかも、話の流れを汲むに彼等が居た寝室に。

一体、何をしていたのか。結局は盗賊のすることだ。暴力的な行為に違いないことは考えるまでもないが、それこそ理不尽な暴力に頭が沸騰しそうだった。

「今回はタイプじゃねえからいいわ。今度飯でも奢ってくれよ」

セルヴィスは鼻の頭を掻きながら、建物の壁に寄り添った。このまま見張りを続けると態度で示した彼に男達も無理に勧めることは無かった。

「覚えてたらな。ほら、来い」

一人が乱暴に少女の髪を掴んで引き上げる。痛みに呻き、悔しさから目尻に涙が浮かぶ。

「ーーでもよ、売るわけじゃねえなら、もう移動しようぜ」

のろのろと立ち上がった少女を一瞥してセルヴィスが提案した。

同時に男達が笑い出す。

いつか、街で見かけた()し物の笑い人形に酷似した笑いだった。機械的な人の真似をした、人でないモノの笑い。

セルヴィスではなく、呆然とする少女に向かって男が言った。



「馬鹿だなあ、売るわけじゃないからこそ()()()()()()()()()、だろ?」




果ての無い悪意が少女を嘲笑(あざわら)った。




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