【番外編】次、また会う時まで
青空の下、燦々と輝く太陽に焦がれながら男達はそれぞれの得物を持って身体を動かす。
ソレイユは額から流れ落ちる汗を乱雑に拭いながら、終わりの見えない地獄に身を置いてしまったことを内心で嘆いていた。
腕の振り方、剣の刺し方、足の踏み込み方一つ一つを繰り返し、足りなければ『紅蓮の悪魔』から指摘と共に威力の高い攻撃を受ける。
視界の端で「切っ先の軌道が悪い」と指摘された奴が横面を叩かれ数メートル先の地面まで吹き飛んだ。
「なんだ、このくらいは避けてみせろ。みっともない」
手の平をぶらぶらと降って悪魔はつまらなそうにぼやいた。
地面に倒れ、ピクリとも動かない可哀想な被害者は、白目をむいて気絶している。
一体どのくらいの威力で叩けば人が吹っ飛ぶのだろうか・・・ソレイユは驚き呆れてこの地獄の強化訓練から脱獄したくてたまらなかった。
周囲を見渡すと、青冷め頬を引き攣らせる同業者達からは勝気が殺がれ、借りてきた猫のように大人しくなっていた。
それでも悪魔の報復を恐れて脱獄する者はいないのだから、ソレイユの男としての意地が邪魔をして、結局はひいひい言いながら強化訓練を受け続けている。
こう見えて、冒険者としては腕のたつ方だと自負していた。実際、十年近く冒険者業を続けてきて、ギルドからも一定の信頼を向けてもらっている。証拠に特別依頼を受けることもままあった。
その中でも、アルメリア領で知らない者はいないーー聖女が直々に運営する孤児院で護衛任務を行ったのは記憶に新しい。
魔物退治に関連してギルドと街長から選抜された数名で孤児達のお守りをすることになった。
思い返せば、やりにくい仕事だった。
酒と煙草は大人の嗜みと言っても良い。煙草を吹かそうとした所で、「子供の前では、それらを断つのが大人の嗜みだ」とデルナに窘められたこともあった。
怯える子供達に笑顔を見せてやれば、「髭面が怖いから笑っても意味無い」と馬鹿正直に指摘する子供もいた。
生意気な餓鬼共だ。
こちとらプロだ。やるからには徹底的に取組むことをポリシーに掲げている。
酒も煙草も断って、入念に髭を剃って子供と向き合えば、奴らはソレイユを指差して笑った。
大爆笑だ。
その時は糞餓鬼共を引っ捕まえて頬擦りしてやった。
どいつもこいつも失礼にも程がある。大人への敬意というものを全く持ち合わせていないのだから。
餓鬼なんざ普段絡むこともない。三十を過ぎた男におしめの交換が出来ると思うか?
してやったよ。
近所の婆にやり方を聞いて、執拗い位に指導も受けた。たまに誤発射で服を汚されながらも、最後に柔らかい肌にベビーパウダーをはたいてやれば完璧だ。
「お上手ですね」
寝台の上で女性から掛けられたい言葉No.1をデルナからもぎ取ったくらいには上達した。
他にもちょこまか動き回る餓鬼の捕まえ方だとか、嫌いな野菜をどう誤魔化して食べさせるかとかしょうもないスキルばかり身に付いた。
それなりに短くも濃い日々を過ごしたからか、役目を終えて孤児院から去る際には大変だった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をズボンに擦り付けられ、子泣き爺よろしく背中や首、腹や足に抱き着かれ身動き取れなくなった程だ。
ソレイユの邪魔ばかりするのだから、本当にやりにくい仕事だった。
「ソルー、また遊んでね」
「一緒にご飯また食べよ」
「かけっこでもっかい勝負しろよ!」
「ぼーけんの話またしてね」
「帰んないでよ、ソル!」
ソレイユを困らせてきたのだから、お返しに沢山ハグしてやった。
そうして今回の魔物退治におけるソレイユの任務は終えた。しかし、孤児院から去る冒険者の中にラヴィーナの姿は無かった。
ラヴィーナはソレイユと同様にギルドから依頼を受けていた。ソレイユよりやや歳若い彼女は優秀な人材であり、そつ無く任務を遂行する姿ーー男装に何人もの女性達が虜となったものだ。
妬ましい感情なんてこれっぽっちもない。
・・・もう一度言っておくが、嫉妬なんて欠片も、顎に生える髭ほどもない。
大分生え揃ってきた髭をソレイユは撫でた。
魔法も剣の腕もそれなり、凡そソレイユと肩を並べられる彼女もまた、ギルドからの信頼が厚い人物と言える。
しかし、どこかしら人と距離を置くラヴィーナは、仮面のように完璧な表情しか浮かべない。孤児院の中であっても子供と戯れるソレイユ達を一定距離から見ていたような奴だ。
だからこそ、今回の顛末に繋がったのかもしれない。
ラヴィーナが院外へと抜け出した子供を追って対象と遭遇し怪我を負った。冒険者としても致命傷と言える状態で発見された彼女は、今でも傷を癒す為に孤児院で療養していると聞いている。
周囲から湧き上がる噂ばかりがソレイユにとっての情報源だった。深追いをしないと決めていたからだ。
隣で肩を並べていた相手が、「またな」と言って手を振りあった相手が、翌日には棺桶に身体を横たえていることがざらにある。
死というものが付き纏う危険な仕事だ。幾ら簡単な依頼であったとしても、何に巻き込まれるか分かったものではない。どんな仕事でも言えることだが、冒険者というものは遥かにその危険性が上がる。
だからこそ、昨日見た顔が見えなくなっているなんてことは日常茶飯事であり、入れ替わりが激しい冒険者業を長く続けられる者は多くない。死と隣り合わせとなれば、生きているだけで奇跡に近い。
だが、生き延びたとしても怪我や精神を病んで足抜けする者も少なくなかった。
「命あっての物種」
と言って、苦い顔してギルドから遠ざかる仲間達がいた。
ソレイユは彼らを引き留めなかった。彼らを引き留めることで、どれほど追い詰めることになるか、冒険者としてのプライドを貶すことになるか考えなくとも誰だって分かることだ。
しかし、去って行く仲間の背中を見送る度、ソレイユの胸に置き去りにされた感覚だけがしんしんと降り積もる。こればかりは何度体験しても慣れず、拭えない感情と言っていい。
きっと、今回もまた体験することになる。
ラヴィーナは冒険者を引退するだろう。片脚を失うなど、冒険者だけでなく他の住民でさえ人生が捻じ曲がる事件だ。今まで通りの生活を送れることさえも危うくなるのは目に見えている。
事実ーー・・・
横合いから迫る拳を咄嗟に避けた。
赤髪の老人は、口端をやや吊り上げてソレイユに二撃目を放つ。金の瞳にキラリと光がのる。
「・・・・・・クッ!」
重心を崩し掛けた所に脚を払われ、視界が回る。身を起こすと同時にソレイユの頭があった場所に相手の足が振り下ろされた。
躊躇の無さに肝が冷えた所で、老人目掛けて剣を薙ぎ払う。
身一つであろうと、レベルが違い過ぎる。油断していれば、憐れな犠牲者として名を連ねることになるだろう。
そればかりは流石に回避したい。
ソレイユの剣は軽々と避けられ、一定の間合いが出来た所で悪魔が口を開いた。
「気を散じるな」
悪魔がすっと指先を頭上に向けた。つられて視線を上へ向けーー、ソレイユの顔に小石が落下した。
「いっ・・・・・・てぇ〜・・・!」
鼻にぶつかって血が垂れる。鼻を押えて痛みにもだえるソレイユに淡々と悪魔は告げる。
「集中できんのなら無駄だ。隅で休んでいろ」
「・・・・・・うぃっス」
犠牲者の一覧にソレイユの名が加わった。
ソレイユは集団から抜け、気絶した者、体力が保たなかった者が屯している場所に腰を下ろした。鼻を押えたまま、ぼうっと訓練の様子を眺める。
ーー・・・事実、最後に目にしたラヴィーナは死んでいた。
色の失われた顔でただ無言で宙に視線を向ける彼女は、冒険者として死んでいた。仮面さえも取り払われ、絶望がその身を支配しているようだった。
「・・・・・・・・・・・・」
ソレイユはかける言葉も忘れて、彼女の前から消えた。
「大丈夫だ、きっと良くなる」
「助かって良かった」
「元気出せよ」
かけられる、はずもない。
安い言葉ほど罪深いものはない。
せめてあの時、ソレイユが彼女の動向に気付いていれば結果は変わっていただろうか。
「ソル、お疲れさん」
救いのない思考に浸っていたソレイユは、近くにまで来たオルディネルに気づかなかった。
「・・・・・・おお。んだよ、ディーも居たのか」
お互いに拳で挨拶を済ませるとオルディネルはソレイユの隣に座る。
「そりゃ、速攻で気絶させられたからなあ。さっき起きたばっかだ」
「ぷっ、だっせぇ」
「うるさい!俺はこの後訓練に戻るつもりだが・・・お前はもう少しここで休んでいくか?」
照れ笑いを浮かべながらオルディネルは持ってきたタオルを差し出した。素直にタオルを受け取り鼻を拭う。白いタオルは直ぐに赤く染まった。
「・・・・・・あ〜そうだな、血が止まったら行くわ。すまんな」
「いい、いい。お前結構粘ってたもんなあ。もうちょっと休んでても誰も文句言わんさ」
オルディネルの指差す方には、憲兵隊から国境防衛軍、冒険者が入り交じり悪魔の指導を受け地面に伸びていた。
「強制的に言えねぇわなあ」
荒い指導だと笑うとオルディネルが肩を竦めた。
「まあ、仕方ない。今回の魔物退治で逃げた俺達への鉄拳制裁だからな」
俺達と言っているが、ソレイユは間接的にしか関わっていない。手加減してくれたのだろうか、それにしては、大分鼻にくる制裁だった気もしないでもなかった。
「おーおー、大事だな本音と建前。鉄拳制裁の為の指導ってな」
「だが、ケジメをつける為にも必要だろう。俺達は俺達が思っていたよりも弱かった。それじゃあ、好いてる女の前でも格好つかんだろう?」
ソレイユの脳裏に夕焼けへと溶け込む彼女が過ぎる。
「・・・・・・つかんな。全然つかん!」
「なんだ、お前にもとうとう本命が出来たか?」
にやにやと気持ちの悪い顔を浮かべるオルディネルの頬を拳で押し返す。
「そんなんじゃねえよ。・・・・・・ただ、守れたかもしれんと思うと悔しいだろうが」
「それは悔しいな。・・・・・・誰のことを言ってるのかは知らないが、守れなかった数を数えるより、守れた数を数えた方が力になる時もあるぞ」
「それが俺の心の支えだ」とオルディネルは胸を指す。しかし、自身でもクサ過ぎたと思ったのか気まずそうに視線を彷徨わせ、ぎこち無く立ち上がった。
「・・・・・・こういう話は酒がないと出来ないな。照れ臭くていかん」
首を掻いて嘆息した彼の脚を軽く小突く。
「お前は真面目だからなあ・・・・・・。ま、ありがとな。確かに、その考え方の方が健全だ」
オルディネルの言う通り、たらればを語るよりも、救えた数を数えた方が遥かにマシだ。
「気にするな、お互い様だろ。じゃあ、俺はそろそろ戻ーー・・・」
オルディネルの言葉が途中で止まる。不自然な間にソレイユは彼を見上げた。しかし、オルディネルは此方ではなく前方のある一点を凝視している。
ソレイユもその方向へと目を眇め、夕焼けを見付けた。
「ラヴィーナ・・・?」
白月と共に現れた彼女は、一歩、また一歩と焦れったい程の時間をかけ、それでも確実に歩いていた。
しかし、直ぐに地面に倒れた。遠くから垣間見た彼女は、ラヴィーナは、笑っていた。
呆然と眺め、じわじわと迫り上がる。
「・・・見たか」
望むあまり見た白昼夢かもしれない。
ソレイユは思わずオルディネルに問い掛けていた。
「・・・ああ」
頷くオルディネルに重ねて問い掛ける。
胸に迫り来るのは、歓びだ。
「見たか!」
戻ってくる。
「ああ!」
彼女はまた戻って来る。
ソレイユは立ち上がった。
既に血は止まっている。
「行くぞ!」
「え!?行くって、ラヴィーナのとこにか?!」
突然走り出したソレイユに驚きながら、オルディネルも後を駆ける。
「だあほ!訓練に戻んだよ!!」
再会の言葉は、冒険者としてギルドに足を踏み入れた時に。
かける言葉はもう決まっている。
勇敢で強い彼女に遅れを取らぬよう、少しでも強くならなければ。




