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【四章】謝罪の仕方2



柔らかく小さな手が少女の袖を掴む。夕景に染まる世界へと紛れるように幼子の笑みも明るく(とも)る。

「ねーちゃん、はよぉ帰ろ」

頭一つ分も小さな子供の手を握り直して少女も微笑み返す。

年の離れた弟を時に疎ましく思いながら、何時も雛鳥のように自身の後を付いてくる血を分けた存在が可愛らしくてたまらなかった。

夕日に照らされた道を真っ直ぐ進めば、彼等の家が姿を現す。両親との四人で暮らす家は立派なものではなく、冬が来れば隙間風に悩まされる欠陥住宅だ。しかし、少女は家族の息遣いを感じるこじんまりとした家に居心地の良さを感じていた。

集落から少し離れた自宅を目指し、歩みを続ける。弟の手を繋ぐ反対の手には、紙袋に入った柑橘類が甘酸っぱい香りを漂わせている。

年なりに膝を悪くした母の代わりに、少し離れた街まで弟を連れて買出しをしてきた。

今日は少女の誕生日だ。母手作りのケーキに使用する為、少女自ら買出しに立候補した。果物が沢山乗ったふわふわのパンケーキは少女の好物であり、誕生日に口にできる特別な代物であった。

しかし、弟が「自分も!」と駄々を捏ねるのは想定していなかった。姉のすることなすこと全て真似したがるということを思い出せていれば回避もできたかもしれない。言っても聞かない弟を宥めるより、早々に引連れて買出しに向かった方が良いと判断したのだが、「足が痛い」、「疲れた」と愚図る弟の相手は、相当の気力と時間を削られた。そのせいで昼間に出たはずが、今では夕日も地平線から顔を半分隠し始めてしまった。

日が落ちる前に帰宅できそうだと安堵にほっと一息ついて気を引き締める。両親からは何があるか分からないのだから、帰宅するまで油断してはいけないと常々口を酸っぱくして言われていた。

心配性でもある両親からしたら、きっと子供達の帰宅を今か今かと待っている頃だろう。

細長い木立からひんやりとした風が舞い、自然と姉弟の足も速まる。暫くして甘い匂いが彼等の鼻を掠めた。

二人は顔を合わせて笑いあう。

「いい匂いだね」

「だね!!」

母がパンケーキを作っているだろう香りが家の外にまで顔を覗かせていた。木立に寄り添うように建っている家を視界におさめ、どちらともなく走り出す。

あれほど愚図っていた弟もそのことさえ忘れたように全力で前へ進む。少女は買い物袋の中身をこぼしてしまわぬように注意しながら負けじとその後ろをついて走った。

これでは何時もと真逆、まるで少女の方が弟を追いかけ回しているようだと思い至り、可笑しくて笑い声が口から漏れ出す。弟もつられるように高い声で笑い、ますます少女から逃げ出すようにスピードを上げた。

二人は夢中になって家まで走った。


だから、気付かなかった。


家の窓から灯りが漏れていないことに、しんと静まり返った玄関の前に沢山の足跡が散らばっていることに。




気付けなかった。






⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸




やあ!みんな元気かな?俺?俺はアルレルト、憂悶日間(ゆうもんかかん)(めっちゃ悩んでるの意)な男の1人さ!!

ちなみに、別に元気でもなんでもないし、どちらかと言えばSO BADな気分だぞ!!

何故かって?だってラヴィーナとの距離の詰め方が分からないからだぞ☆エレナに代わってもらって車椅子を押しているものの、ラヴィーナの背後から「話しかけるな」オーラが出ているもんだから、流石の俺も涙ちょちょぎれって感じ♡悲C☆




ーーと、愉快なナレーションで気持ちを上げようとしてみた所で、ラヴィーナはうんともすんとも喋ってはくれない。いや、喋ってくれないと言うには語弊がある。此方の声掛けに素っ気無い返答があるくらいで、会話という会話にならないのだ。

ネルやマリーナ達に背中を押されラヴィーナに謝罪をして数日、今までの苦悶が晴れたような清々しい気分で彼女の傍についている。

謝罪できずに悶々と坊を疑う日々は、思いのほか自分自身を追い詰めていたらしい。それと同時に、この謝罪の延長線にある偽善者然とした行為で救われるのは俺だけなのだと改めて痛感する。

自己満足に過ぎない謝罪をラヴィーナはどう受け取っただろうか。


『・・・・・・君は悪くないよ』


耳に心地よい低く透き通った彼女の声には、何の感情ものっていなかった。俺はただそれが情けなくて悔しくて、同時にラヴィーナの本心を聞きたくて仕方が無かった。


「あ、ラヴィーナさん見てよ!蝶だよ」


ラヴィーナは昼食を終えるとそのまま散歩と称して中庭に顔を出すことが日課になっていた。エレナにそれを教えられ、俺が車椅子を押すという大役をかってでたのだ。

あまり広くない中庭に黒と赤、二色の蝶がひらひらと宙を舞う。それは優雅に木々の隙間をぬってラヴィーナの膝上へと着地した。羽を静かに開閉させるばかりで飛び立つ様子はない。

羽は光に透かすと朱や緋色へと変化して俺はまじまじと観察した。

「・・・・・・綺麗、だね」

夢中になっている俺の横でラヴィーナが声をつまらせながら蝶を見つめた。

俺は思わず緊張で唾を飲み込んだ。耳に響く嚥下音がラヴィーナの言葉を現実のものにする。

「う、うん!綺麗だよね!ラヴィーナさんは蝶に好かれるんだなぁ、ほら膝に留まってるし」

ラヴィーナの反応を見ず、時の流れを埋めるように言葉ばかりが前のめりに口からこぼれた。怒涛の勢いに驚いたらしい蝶がふわりと舞い上がる。

「あ・・・・・・」

ラヴィーナの膝から飛び立った蝶は風に吹かれ天へと昇る。小さくなる羽を見送り、俺はハッとしてラヴィーナに謝罪を重ねた。

「ご、ごめんラヴィーナさん・・・っ。俺が五月蝿(うるさ)くしたせいだ・・・・・・」

背後であわあわと落ち着きなく動く俺に対して彼女は静かに笑う。

「・・・・・・ふっ、君は・・・私に謝ってばかりだね」

中庭に風が強く吹いて、ラヴィーナの伸びた髪が視界に広がる。夕焼け空を思わせる髪は、光に反射しても尚、憂いを帯びているようだった。

言葉の意味を理解した瞬間、芯から冷えるような気分が襲い、頭が真白になった。

「・・・っっ、それは・・・だって実際、俺はラヴィーナさんに沢山迷惑をかけたから・・・・・・それに・・・」

何かしら想いを伝えなければと思考停止した頭を殴り付けたい衝動と動揺が生まれ、遅れて悪路へと陥ってしまったことに気づく。

先を紡げず言葉を切った俺とは真逆に、ラヴィーナが可笑しそうに呼応する。


「ーーそれに、片脚を失ってしまったし?」


皮肉が多分に含まれたセリフは、彼女に言わせるべきものではなかった。

俺は泣きそうになって、車椅子の取手を握り締めた。振り返るなと強く念じて、俺は何度か瞬きを繰り返す。


ごちゃごちゃに積まれた感情が、せめて爆発しないよう願う。


「アルレルト、今の私は、どう見える?」

唐突にラヴィーナに襟首を掴まれた。

「え・・・」

細い腕には似合わぬ強い力で手繰り寄せられ、彼女の前にへたりこんだ。

予想外の乱暴な行為に俺は抵抗することも出来ず、ラヴィーナと向かい合った。

状況について行けない俺を無視して彼女は口を開く。

「私は冒険者として力を無くした憐れな女だろうか?それとも、気狂いを演じる愚者か?」

俺の襟首を手放し、眼前で細い手を広げる。向けられた掌には、剣だこの痕があった。訓練を積んだ人間の手だった。

「なぁ、冒険者でない私は一体、何者だ?」

情けない顔を晒している自覚があった。しかし、俺の何倍も悲痛な表情を浮かべる彼女は、誰よりも痛々しく傷ついて見えた。

無意識か意図してか、ラヴィーナの言葉の刃は俺を切りつけ、その何倍も彼女自身を滅多刺しにしているようだった。


『ーーー本当に・・・俺、なのかな。・・・・・・たまに分からなくなるんだ、自分が』


以前、似たようなことを言った記憶が蘇る。

ちっぽけな俺は、『俺』であるという証明をできなかった。

「・・・・・・冒険者じゃないとラヴィーナさんは、ラヴィーナさんになれないの?」

そんなことないと心の内が叫ぶ。

彼女から投げかけられた問にごちゃごちゃした心が破裂しそうだった。

彼女の訴える通り、出会った当初のラヴィーナとは様変わりしている。

筋肉と脂肪がそげ落ちた頃に比べて、些か肉がついたものの依然華奢(きゃしゃ)で蝋燭のように白い肌が彼女の儚さを際立たせていた。

それでも、と俺は歯痒い気持ちでいっぱいになる。

「今のラヴィーナは、ラヴィーナじゃないの?それっておかしいよ」

俺は力なく首を振った。

冒険者であったとしてもそうでなかったとしても、弱々しく項垂れる彼女はただ道を見失った人間だった。

俺はウル爺の言葉を思い出していた。


『お前自身の始まりは何処だ、アルレルト。余計な感情に目を向けず、成すべき事をなせ』


俺と彼女では意味合いの違う悩みに違いない。

でも、俺は俺で、ラヴィーナはラヴィーナでしかない。

ラヴィーナは気障(きざ)ったらしく両手を広げる。

「おかしくないさ。冒険者としてそれなりに生きてきた、その生き方が出来ないなら今までの私は死んだも同然だ」

その言葉を聞いた瞬間、激情に思考が塗り潰された。


「死んでない!!」


俺は怒っていた。

だが、何に対して怒っているのか自分でさえ碌に理解できないまま、車椅子の肘掛に両手をついてラヴィーナを見据えた。

「ラヴィーナも俺も生きてる!確かに今までのラヴィーナと今のラヴィーナは違うと思う。だけど、そんなの皆そうだよ。生きてる限り、ずっと同じだなんて言えない、嫌なことも嬉しいことも全部経験して明日が来るんだよ。だって、ねぇ!坊と出会う前の俺と今の俺・・・違うでしょ?俺は俺だけど、色んなこと経験して考えて、人って成長するんだよね?だから、今までのラヴィーナが死ぬなんてことない、生きてるから今のラヴィーナがいるんでしょ!?」

怒りのまま、感情に任せて言葉を投げつける。それはある意味で暴力に近い行為だったのかもしれない。

俺の迫力に気圧されたラヴィーナの落ちた手を掴む。

女性特有のほっそりとした手だ。ウル爺と比べるとひどく心許無い。しかし、それでもラヴィーナが冒険者をしていた証がこの手には遺っていた。

自分自身を傷付けて、否定して、過去さえも無かったことにしようとする。彼女の過ちに俺は憤っているのだと数拍して認識した。

目を白黒させながらも、騒ぎ立てた俺をまじまじと見るなり、ラヴィーナは人の悪い笑みを口元に浮かべた。

「・・・まるで教典の影響を受けたようなたどたどしいご高説、どうも」

ぐわりと俺の頬に熱が昇る。


「ーー〜〜ッッ!ラヴィーナさんは性格が悪い!!」


俺が喚き立てる必要など無かった。

彼女は全部分かっている上で、俺に向きあっていた。

手を離そうとして逆に絡め取られる。

「おや?今更気が付いたのかい?では、君に対する私の悪行を披露してあげようか」

「は?」

思い掛け無い告白に大口を開けてアホ面を曝してしまう。ラヴィーナは口端を引くつかせて俺から顔を背けた。

揶揄われている気がしてならず、距離を取ろうとした所で繋がれた手がそれを妨害した。

俺の逃亡を防ぐつもりらしい意図を察して、その場に立ち尽くす。俺から逃げる意思は無いという無言の表明を受け、ラヴィーナは先程まで浮かべていた人の悪い笑みを消して話し出した。


「一つ、あの化物の生贄として君を犠牲にした。まぁ、結局は犠牲の必要性もなかったし、私の力不足で片脚を失ってしまったけどね」


自身の無くなった膨らみを指さす。

盲目でいるつもりはない、他の人間を傷つけ、殺した坊が本来の姿なのだ。けれど、彼は俺の友達でもあった。

だから、「信じる」とは違う。

友として、彼の全てを受け止めるべきなのだとラヴィーナの言葉に耳を傾ける。


「ーー二つ、君で憂さ晴らしをしていた」


繋いだ手は水にさらしたように冷たかった。

紫の瞳が頼りなく揺れる。

「あまりにも狼狽える君を見ていると胸がすく心地だった。ようするに、八つ当たりだよ」

自嘲の色も強く、ラヴィーナは片手で自身の顔を覆う。

中庭に陽が射し、辺り一面が淡く輝いた。鳥の鳴き声も子供の声も遠のいて、彼女の苦しい息遣いと自身の心音だけが耳に届く。

何か言うべきなのだろう。

怒るべきなのだろう。

けれど、心は先程の出来事を忘れてしまったようだ。

穏やかな風が吹いていた。

「格好悪いだろう、いい歳した大人がこのザマだ。子供一人ろくに守れず、世界と天秤をかけて犠牲にしようとした。それどころかストレスの捌け口にしたんだから、人としての底が知れるというものだ」

自嘲でも、人を食ったような笑みでもない。己の過ちも、迷いも全てを飲み込んで彼女はゆるゆると笑った。

「ーーアルレルト、だから、私も君に謝罪することから始めたいと思う。すまなかった」

「!!」

すっと頭を下げる。

許して欲しいと訴えるものでは無い、ただ純粋な謝罪だった。

彼女は()()だった。

子供相手に真面目に謝罪する大人がどれだけいるだろうか。

彼女は俺に向き合ってくれた(本心を話してくれた)

「いいよ、そんな!!謝らないでよ、ラヴィーナさんは何も悪くないよ」

俺が頭を上げるよう促すとラヴィーナが苦い顔をする。

「私は謝罪すらさせてもらえないのか?そんな価値すらもうないのだろうか?アルレルト、私は十分()()()()


「ーーー歩きたいんだ、君と一緒だよ、次に、進みたいんだ」


「・・・・・・っっ!」

息を飲んだ。

ラヴィーナの真摯な願いをどうして拒絶することができようか。

無言を了承と受け取ったラヴィーナの手が俺の頬に触れる。

「でも、ご存知の通り片脚がこうではね。・・・良かったら、助けてくれないかい?」

どうして拒絶することができるだろうか。

「・・・うんっ、うん!!何時でも、何処でも、俺手伝うよ」

何度も何度も頷く俺を目におさめて、ラヴィーナが笑った。

「すまない、アルレルト。ありがとう」




明るい笑顔だった。



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