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【四章】服従



時計の針が進む。

秒針は正確に、速まることも歩みをゆるめることもなく、時を告げる。

時の音をかき消す金属音や雄叫びが周囲を汚染しても、時に終わりはないーーー・・・・・・。




「あら、まだ死んでなかったの?」


突如、周囲に咲きほこる花弁のようにその言葉は降り落ちた。言葉は子供の純粋な驚きに満ち満ちている。

死体が転がる部屋には既に腐臭がたちこめ、下手をすればあまりの悪臭に空っぽの胃が更にひっくり返りそうになる。清潔に整えられた部屋は既に部屋としての機能を失い、室内一面に血が飛び散っていた。投げ倒された家具、天蓋から垂れる布が無惨に裂かれ、暴力の限りを尽くして壊れた人間が床を埋め尽くす。

セルヴィスは血溜まりから顔を上げ、人形のように整った愛らしい少女を睨めつけた。

栗色の房が肩から垂れて胸にかかる。髪の先から辿って少女の唇が視界に入った。その薄く色付く唇が緩やかに弧を描く。

車椅子に座る少女は、セルヴィスを見下ろし満足そうに微笑んだ。穢れを知らない無垢な笑みにセルヴィスは言葉を失った。

「・・・・・・・・・っ」

セルヴィスを瀕死の状態にまで追いやった少女は、悪意の一片(いっぺん)欠片(かけら)さえもなかった。

ルクディア自ら車椅子を動かした拍子に、床に投げ出された手の甲へと車輪が乗る。

「・・・・・・っっ、テメェ・・・!!」

それは客観的に見ても故意以外の何物でもなかった。痛みに呻くセルヴィスを少女が笑う。

首に残る鎖が床に投げ出され、鈍く光る鉄を少女の荒れ一つ無い白魚(しらうお)のような細い指が掴んだ。

「ぐぅ・・・・・・っっ!!」

容赦無く首を引かれ、セルヴィスの視線が少女とかちあう。



ーー捕まったーー



群青と青々しい若葉の混ぜ合った瞳にはセルヴィスを縛る力があった。心の内底に眠る本能が、少女への絶対的な服従を示す咆哮をあげた。


「・・・やっぱり、貴方って素敵。貼り付けたような媚より、殺意に充ちた眼光は何より貴方を引き立たせるわ」


血塗れた鎖が重力に従いぽつりぽつりと血の雨を降らす。

全身を激痛が走る中、意識を失うことなくセルヴィスはルクディアの言葉を聞きとった。

聞いて、尾骨がぞわりと震える。

出会ってしまった、セルヴィス(自身)を支配する存在()に。

口元が自然と引き攣る。身体が震えた。

震える手が弱々しく拳を作り、少女に殴りかからんとする。しかし、それは実現することなく、音を殺して彼女の太腿に落ちた。

「なぁに?甘えたいの?」

殺人衝動は確かに存在する。だが、それよりも強く、この屋敷に足を踏み入れてから、少女に再度合間見えた瞬間に、より強い感情がセルヴィスの内底から湯水のように湧き上がっていた。

ルクディアに支配される()()()身体が震える。

「ふふふ」

ルクディアが鎖を引き、小さな手でセルヴィスの顔に触れる。滑らかな手つきで輪郭をなぞり、人差し指が喉を突く。

「ーーーー・・・っっ」

喉仏をぐりぐりと弄び、少女は視線を遠くに向ける。セルヴィスは若干の圧迫感に唾を嚥下した。上下する喉を指が辿り、痛みを訴える身体に熱が広がる。

「でも、貴方の欠点ってその声・・・よねぇ。ねぇ、もういらないと思わない?」

特段、変わった言葉ではなかった。まるで「今日は天気が良いから散歩に行こう」と提案する程度に邪気がなく、あっけらかんとしていた。

だからこそ、セルヴィスはぽかんと力の抜けた顔付きで少女を見つめた。

言葉がじわじわと浸透して、思わず小間切れに息を吐く。

「ーーいらないって、どういう・・・」

盗賊としての生活に慣れすぎた男にとって、声等気にかけたことも無い。罅割れ、低く掠れた声は耳障りと評されるに価するのかもしれない。けれど、「不快」と言われようとも声を喪う必要性も見いだせず、少女の何気無い発言に困惑するほかなかった。

「そのままの意味よ。ーーモルドス、あれを」

少女の合図で背後に控えていた執事が焼印を持つ。熱されたそれをどうするつもりなのか少女の意図を察したセルヴィスが咄嗟に藻掻いた。逃げに徹する身体をルクディアの掴む鎖が封じる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁっっ!!!」


最初は冷気を、瞬く間に刺すような痛みが、痛覚を通して灼熱が身体中に拡がっていく。セルヴィスは白目を剥いて醜く叫ぶことでしか死に抗う術をもたなかった。局所的な衝撃を避けるように痙攣する身体を誰かに踏みつけ抑えられ、喉を焼く臭いが鼻腔を刺激する。

思考が赤く染まり、気付けば自らが吐き出した汚物の上で弱々しく呼吸を繰り返していた。

肩で息をする度、喉に激痛が走る。

意識を手放すことで救われるなら、セルヴィスはとうに意識を失っていただろう。


「ーー知ってる?」


耳朶(じだ)に柔らかく少女の声が落ちる。

少女の存在がセルヴィスを闇へと堕としていくというのに、彼女が居るからこそ、未だ目を開け視線を投げかけることが出来ていた。

小ぶりな唇がゆっくりと開閉される。

全身の神経が焦がれるような疼痛に襲われている中、セルヴィスはそれに魅入っていた。

「焼印は売却された証であって、他者に支配されるという証だけれど、(ちまた)では呪印とも言われているの」

音が降る、少女の顔から語られるに似つかわしく無い音の羅列。

「でもね、巷、とは言ったけれど呪印と呼ぶ者は決まって奴隷達なのよ。私達はそんな風には言わないわ。何故か、分かる?」

セルヴィスの心臓に冷たい刃が通る。問われた意味を咀嚼し、堪らず唾を嚥下して顔が歪んだ。

セルヴィスが呪印に関する話しを聞いたのは、記憶を掘り返すことも出来ない遥か昔だ。それでも、少女の言う通り奴隷の一人から耳に入れた内容なのは間違い無かった。

「ーーだって、元から呪いなんて手のかかること、どこの奴隷商も貴族もやっていないからよ。印に呪いを刻むことが出来る最上級属性を持つ者なんて、そうそういないし、彼らは国に保護されている。協力をしてくれたとしても、こんな瑣末(さまつ)なことに時間をかける事の方が最上級属性(貴重品)の無駄遣い。私達にとっての焼印はただ所有権を示す証、それ以上でもそれ以下でもないわ。ーーそういった事実を述べた上で・・・・・・ねぇ、貴方にとってコレは何になるのかしら?」

ルクディアの指が熱で焼け、皮膚が剥がれた喉を辿り、爪を立てる。傷付けられた脆い肌は容易く血を垂れ流した。


「~~ーー・・・・・・ッッ」


悲鳴は上がらず、無意味に開閉する口を少女は満足気に見つめた。

「あら残念。もう二度と喋れないから答えることも出来ないわね。貴方はもう、私の()よ」

セルヴィスの唇に柔らかなものが触れる。漂う花の香りに包まれ、セルヴィスは自嘲を含んだ笑を浮かべた。

少女の言葉を聞いてもなお、セルヴィスにとってコレは呪印にしかなりえなかった。


敵愾心(てきがいしん)も何もかもを手折られた男は、少女への服従を誓った。



この小説を書き始めたのが去年の11月からなので時間とはなんて残酷なんだ・・・とおののいています。

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