【四章】君の名は
「ーーという訳で、ポチ飼ってもいいかぁ?」
「ケンッ!」
セグファレスは眉間の皺を深めた。
ちょっと意味が分からなかった。いや、ちょっとどころではない。意味不明過ぎて頭痛にみまわれ、無言で目を閉じた。
目の前に佇む一人と一匹が幻視的存在では無いかと期待し、もう一度瞼を開く。
視界にパツパツのメイド服を着た太った中年男性とその胸元から狐の顔が飛び出している。
「・・・・・・・・・・・・私の視界が犯された・・・」
幻覚の類いでもなく、実在する人物だと悟ると掌で目元を覆い深い溜息をついた。
あからさまに女装している人物はドレックザックだ。何の嫌がらせか何時にも増して不潔な人物に扮している。
見たくない物に蓋をするが如く、目を閉じたセグファレスの隣では、アシュタントが「お客様の視線を掻攫う素敵な装いですね」と変態を褒めちぎっていた。
セグファレスが批難の目を向けると一転して「着替えた方が良いでしょう、ええ、今直ぐにね」と大仰に頷いていたが。
「ーーそれで、その見た目は私に対する嫌がらせなのは、もうこの際良いとして、成果の程はどうだ」
王命の下、ドレックザックをケチな男・・・・・・魔物狩りのある意味で真犯人を暗殺するよう指示を出した。
結果を確認すると、変態は肩を竦め、胸元から狐と宝石のついた指輪、クシャクシャに潰れた手紙を取り出した。どちらも狐の毛にまみれ、薄汚れている。
セグファレスに向かってそれらを突き出す彼は、満面の笑みだった。
醜く太り、表皮からは汗を流し、メイド服の裾から見える手足にはびっしりと濃い体毛で覆われているーー薄らと頭部が禿げている中年に変装したドレックザックに本気で殺意が沸いた。
怒りで引き攣る口元を精神力で抑えのけ、表情を取り繕う。
「・・・アシュタント」
セグファレスの呼び掛けに優秀な執事は伝えるまでもなく主人の意図を汲んで行動する。
彼は胸元のポケットから白手袋を取り出して装着すると、ドレックザックの手から手紙と指輪を受け取る。
ドレックザックが心底残念そうな顔で肩を下げた。
「あーぁ・・・セグファレスの旦那が欲しがるだろうと思って死に物狂いで回収した品なのによぅ。そんなに汚い物扱いされると俺も傷付くぜえ」
「よよよ」と泣いて顔を伏せるドレックザックの足下で、狐が「きゅーん、きゅーん」とか細く鳴く。
「旦那様・・・」
アシュタント及び壁際で控えていた使用人達の白い目がセグファレスに集中した。
「・・・・・・・・・・・・」
どういう訳か、使用人の中でドレックザックの評価は高い。中年男性に扮して目も当てられない見目にもかかわらず、ドレックザックへ労る言葉をかける始末だ。
アシュタントはいつの間にか白手袋を外して澄ました顔をしていた。
主人としての威厳が足りないのか、軽んじられている気がしてならない。
内心口惜しく思いながら、己の心を叱咤する。
「そのような戯れは結構だ。それで?この二つは何だ」
冷淡にあしらい、銀盆に移された物を指し示す。
「ちぇっ、つまんねーなぁ。指輪については、標的から貰ったもんだ。売って金にでも替えとけ。そーんでその金を俺に寄越せ」
不満を零しつつも前を向いた顔には涙の跡一つなく、それどころか片手を出して再度、笑顔を浮かべた。
怒りでよく血管が切れないものだと自画自賛しながら、努めて平静に言葉を紡ぐ。
「捻り潰すぞ・・・・・・っと、間違えた、失礼」
使用人達がざわざわと狼狽える雰囲気を感じ取り、セグファレスは己の失態に気付く。
血管は切れなかったが、その対価としてか本音が口から滑り落ちていた。まだまだ感情の制御が甘かったと内省する。誤魔化すように前髪をかきあげて、目線だけで使用人達に黙るよう説き伏せた。
落ち着きを取り戻した室内で、ドレックザックとアシュタントだけが笑いを噛み殺していたのが余計に腹立たしい。
「話を戻すが、金に替えたいなら何故自分でしない。二度手間だろう?」
「ははっ、いやぁ~孤児院にいる餓鬼の真似事だ。おっさんから直接貰うよりまだマシかと思っただけだな」
頭を掻くドレックザックの足下で、狐が先程の泣き真似に抗議して脚を軽く噛んでいる。
狐と変態の化かし合いに、狐が負けたというところだろう。変態の言っている意味が掴めぬものの、要求をのむことにした。
「はぁ・・・アシュタント、後で換金してそれを報酬に上乗せしてやれ」
思わず漏れた溜息にアシュタントがより笑みを深めて頭を垂れた。
「かしこまりました」
ドレックザックが「やりぃ!」と無作法に喜ぶのを横目に、よれよれになった手紙を開封する。セグファレスの両手には確りとアシュタントから受け取った白手袋が装着されていた。
「それなぁー、標的のおっさんが握り締めてたもんだな。俺が懐に入れる前から熱烈なヨレ具合だったぜぇ?中は暗号文だもんで、一旦持って帰った。他に必要そうな物は見当たら無かったけど、まぁもう屋敷は燃えっちまって確認のしようがねぇわな」
セグファレスは暗号文を確認して本日何度目かになる眩暈に襲われた。
手の中で乾いた音をさせる手紙は、愚かな男を手助けしただろう人間がいた事を暗に示唆していた。
しかし、今更だ。
手掛かりは手中にある物のみ。あとは屋敷も燃え落ちドレックザックの言う通り、確認のしようがない。
「ここら辺が手の引きどころだろう・・・・・・。私の方から上には報告しておくが、ドレックザック、君はもう少し考えて行動した方が良い」
ドレックザックがいち早く放火を止められていたならば・・・と思わずにはいられない。しかし、たらればを言い始めたら歯止めが利かないのが人の常だ。
それでも、ドレックザックの手綱を握るのであれば、釘を刺しておく必要がある。
「どーでもいーけどよぉ、俺は自殺志願者を引き止める程、鬼じゃあねぇだけさ」
ドレックザックは気にした風もなく、飄々と軽口を叩いた。
セグファレスは眼前で愚者の真似事をする男をまじまじと見つめ、嘆息した。
知恵が足りない人間ではない。理解が深いからこそ、良い意味でも悪い意味でも今のドレックザックを形作っていた。
掴みどころの無い人間を見えない糸で縛ったとしても、彼は一生“本音”も“忠誠”も覗かせないだろう。
本当に気難しい獣だ。
「鬼じゃないなら狐か狸だな。それで?その狐、どうして私が面倒を見ないといけないんだ?」
ドレックザックの足に纒わり付く狐はセグファレスの言葉を理解したかのようにその鼻先を向けた。
ひくひくと鼻の動きに合わせて髭がそよぐ。
薄橙色の身体、胸は白く脚先は黒いソックスを履いている。三角に立つ耳、ふわふわと膨らんだ尻尾は枕にしてみたい程に柔らかそうだ。
「狐じゃねぇ、ポチだってんだろ。俺ぁ、家にずっといるわけじゃねぇからよう。旦那ん家で面倒見てくれよ、いいだろそのくらい」
ドレックザックが戯言を抜かすには、仕事の都合上住処にはあまり戻らないこと、狐ーーポチに関しても人の匂いがついて既に野生には戻れないだろうということだった。
「だ、か、ら、どうしてその狐の世話を私の屋敷でしないといけないのかを聞いている。誤魔化そうとするんじゃない」
狐を飼う理由とこの屋敷で飼う理由は同意ではない。そのことを追求するとドレックザックはまたもや腹立たしい笑みを浮かべた。
「嫌がらせだな!!」
その言葉を聞いた瞬間、アシュタントがドレックザックを部屋から摘み出す。突然のことに言葉をなくしたセグファレスに執事はしてやったりという顔で振り返った。
「旦那様も“まだまだ”でございますね」
アシュタントの指摘に自身の足下を見下ろし失敗を悟った。セグファレスの足元には水溜まりのように氷の膜が広がっている。
部屋の気温がグッと下がり、控えている使用人の息が白く染まる。
「・・・・・・お前達の茶番に付き合っているんだ、心は広い方だろ・・・」
気まずい思いをしながら、足元の氷を消し去る。
子供時分には、癇癪を起こして制御出来ず多くの者を氷漬けにしたものだ。心身の成長に伴いそういった痴態を曝すことも無くなった。
「旦那様の感情制御は大変素晴らしい域に達しています。しかし、今後色々な人間を相手にするのであれば、より磨きをかけた方がよろしいのでは?」
アシュタントの進言には応えず、未だ部屋に残る狐へと目を向ける。
氷が溶けた跡に鼻を寄せて熱心に匂いを嗅いでいる。怖いもの知らずの獣は氷が溶けた水を舐めて喉を潤し始めた。
「・・・結局、この子は屋敷で世話をする流れなんだな」
水の濡れる音を聞きながら、自然と足下に寄ってきた獣の背を撫でる。
「利発な子ですな。旦那様の後始末をしておりますよ」
ニコニコと口角を上げ狐を褒める姿は、孫を愛でる好々爺然としている。
「お前達が仕向けたことだがな」
セグファレスが注意をしたところで、産まれた時からの付き合いである執事に口で勝てるはずもなく、無意味な抵抗を止めて狐の寝床を用意するよう指示する。
「それにしても、どうしてポチという名前なんだ・・・・・・ドレックザックも本当に雑だな」
犬のような名前をつけるあたり、その場の思いつきで名付けたのだろうと見当がついた。
「ちゃんとした名前を付けますか?」
「・・・そうだな」
アシュタントの提案にのって頷く。
青リンゴのように瑞々しい瞳を見つめながら、どういった名前をつけるか思案する。
すると、狐がセグファレスの手から逃れるように顔を上げて一声、鳴いた。
「わん!!」
「・・・・・・・・・ポチだな」
「・・・・・・・・・ポチですね」
こうしてポチは見事飼い主を手に入れたのであった。
~休憩室にて~
メイドA「ドレックザック様、お疲れ様です」
メイドB「ドレックザック様のおかげで旦那様の普段見られないお顔が沢山見れました!」
ドレックザック「だっはっは!そりゃー良かったなぁ」
メイドA「旦那様の冷静さを欠いた、或いは無意識の罵倒・・・・・・素晴らしかったわ」トゥンク♡
メイドC「普段落ち着いておられる分、戸惑うと眉間の皺がギュッと寄るのよね」
メイドB「見た?髪をかきあげて気だるげに視線を送るセクシーな姿!!」
メイド達「「「眼福~~」」」
アシュタント「ああ、皆こんな所にいたんですね」
メイド達「「「あ、お疲れ様です」」」
アシュタント「はい、お疲れ様です。ドレックザック君、素晴らしいファインプレーでしたよ」サムズアップゥ
ドレックザック「・・・まあ、俺ぁいつも通りだったんだけどよぉ、そんだけ喜ばれりゃ十分だわな」
アシュタント「昔はもっと表情豊かで・・・。老耄になると、主人たらんとするセグファレス様に近年寂しさを覚えるのもまた事実・・・」よよよハンカチーフで目尻を拭きーの。
メイドB「お顔が整っている方はどんな場面も華がありますし」
メイドA「私達は旦那様の色々な表情を見守り隊・・・」
メイドC「うんうん、見ているだけで捨てたはずの女心が擽られるわ」
メイドA「分かるぅ〜!最近私もなんだか肌がピチピチしてきたかも!?って気がするの」
メイドB「やっぱ、女性ホルモンは偉大だわ」
アシュタント「・・・そう、あれはまだ旦那様が5歳の頃・・・、女の子のように愛らしい見目をしているにも関わらず、好奇心旺盛で、自分の思う通りにならないとよく癇癪を起こされて私も氷漬けにされたものです。あぁ、もう一度、最期に氷漬けにされたい」
メイド達「「「え〜!アシュタントさん羨ましい!!!」」」
ドレックザック「・・・・・・・・・・・・・・・」
ドレックザック「旦那もてぇへんだなぁ・・・」
セグファレス「ファックション!!※」
※fuckとクシャミをかけてます。
今回もギャグゥ回でした。
のんびり更新ですけど、なんだかんだで8400pvも越えていて「あらまぁありがたい」と思った今日この頃です。ブクマ、評価等々ありがとうございます。




