【二章】―化け物編―
新緑芽吹く季節に差し掛かり、森の動物達は自然の恩恵を甘受していた。
サラサラと清らかに流れる小川には、喉の渇きを癒す鹿に、その側で木から落ちた果実をつつき合う小鳥達の姿がある。
草駆けあう小動物達は、時に強敵と出くわせば姿をくらまし、人も小動物を猟る敵もいなければ仲間と戯れる。
太陽の光の下、穏やかな時間が流れている頃、森の奥の奥ーー・・・・・・人の足も踏みこまない奥地の洞窟で【それ】は生まれた。
奥地は動物達ですら踏み入れない禁域であった。
何故、禁域なのか理解している動物はいない。ただ本能が警鐘を鳴らし近付くものはいなかった。
奥地からは、溢れ澱み凝縮された魔素と瘴気、人々の負の感情や動物の死肉から魔物が生まれた。
あらゆる負の力、負の連鎖を生きとし生けるものは本能で感じとる。
自然と何者も寄り付かない奥地には魔物が蔓延った。
そうして生まれた【それ】は、自身の生まれた理由を理解した。
ーー人を食べたいーー・・・・・・
ーー人の血肉を啜りたいーー・・・・・・
ーー恐怖で歪む顔を見たいーー・・・・・・
自分は、「人を殺す」為に生まれたのだと。
【それ】は1度伸びをすると、試すようにその場で飛び跳ね、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで洞窟から飛び出した。
たまたま付近を彷徨っていた犬型の魔物を強靭な力で引き裂く。5mは有にある巨体から溢れ出る血肉に【それ】は笑みを浮かべた。
胸がはやり、甘い痺れにそれが快楽であることを知る。
喉の渇きを潤す為に血液を飲み干し、腹を膨らます為に骨と皮を残して全てを体に取り込む。
膨れた胃に初めての満足感を得て、【それ】は己が生を学びとっていく。
愉快、愉快、愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快
【それ】はゆらりと立ち上がり、周囲の魔物を殺戮していく。
魔物の撒き散らす血液や内臓の臭いにつられ、更なる獲物が舞い込んでくる。
飛びかかる獲物の胴体を貫き、心臓をもぎ取る悦びに体を震わせた。
しかし、一抹の物足りなさがある。
自分の生まれた理由を覆すことはできない。
幾ら戯れに魔物を殺そうとも、人でなければ満たされることはないのだ、と。
人の血肉の味に思いを馳せていると、口から我慢しきれなかった涎が顎を伝う。
【それ】が決意するのに時間は必要なかった。
この日、人を求めて1匹の化物が奥地から出てきた。