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【四章】謝罪の仕方




「起きなさーい、朝よー!」



がやがやと人の気配に満ちた室内に、院長の明朗とした声が響き渡る。部屋の窓から燦々(さんさん)と注がれる太陽を妬ましく思いながら、俺は布団から顔を出した。

大きな欠伸をかきながら、俺の横を通り過ぎる子供へと視線を流し、それに続くように立ち上がろうとして、諦めた。

俺は唸りながら布団に潜り直す。

立ち上がる気力も湧かないまま、布団でうだうだしているとネルに背中を蹴られた。


「あっだぁ゛!!」


足蹴にされた俺は、恨みがましい顔付きでネルを見上げた。

横になったままにさせて欲しい。

そんなささやかな願いをマルっと無視して、相手は横暴な態度を崩さない。

ネルは片手で本を持って呆れた顔を隠しもせずに俺を見下ろし、「何時までグダグダしてんの、ご飯だよ」と言い捨て布団を引っペがし、寝室を出て行った。

「鬼かよぉー・・・」

もそもそと文句を垂れ流しにしつつ、ようやっと体を起こして立ち上がった。

俺は目覚めてから直ぐに、救護棟から「卒業」して普段通りの生活を送っていた。

肩の傷は経過も良好であるという建前に加えて、俺が寝ていた寝台の息の根を双子が止めたこともあり、早々に救護棟を出たという経緯(本音)である。

説教部屋に連れて行かれた双子があの後、ケロリとした顔で戻ってきたことから、奴らの再犯の可能性は高い。

飴玉を口に放り込み「おふぉられなふぁっふぁ」と()()を操る彼女等に反省の色は全くなかったのだから恐れ入る。

俺は憂鬱な気持ちを抱えて食堂に足を運ぼうと部屋を出た。


「ーーおはよう・・・」


女性にしては低めのトーンのそれは、部屋から出てきた俺を標的に投げかけられた。

それが誰の声か認識した瞬間、ずんと腹に重石を詰められた心地になる。

勢いをつけて声のする方向へ顔を向けた。

「お、おはよう、ラヴィーナさん・・・」

エレナに車椅子を押されて、ラヴィーナが救護棟に通じる通路から現れた。

記憶に残る彼女と現実の差に、表面では笑顔を浮かべ、内心で泣きたい程の罪悪感に苛まれていた。

健康的だった身体は筋肉と脂肪が削げ落ち、白さが増した肌色から一目で彼女が健康を害していること、その原因がワンピースの上から失われた足の膨らみであることが把握できる。

痩けた頬が妙に生々しく、正面から顔を合わせることが出来ない俺の視線は行き場を失い、ラヴィーナの脚に視線が落ちると慌てて顔へと上がり、また視線が落ちて・・・とみっともなく繰り返す。

ラヴィーナは、挙動不審な俺を目にしても表情一つ変えずに「早く行かないと朝ご飯、食べられてしまうよ」と言葉を放つのみ。

俺を置いてエレナに車椅子を押され、食堂へと去って行った。

カラカラと車椅子の車輪が音を零す。その音が、俺の心臓に一つ、二つと積み重なっていき、時に鋭利な刃物のように見えない傷を付けていった。

エレナの小さな後ろ姿を見送っても、俺はその場に棒のように立ち尽くしていた。



院長から許可が下りて、ラヴィーナも寝台から離れる時間が増えてきつつある。食堂へと運ぶのはエレナの役目で、甲斐甲斐しくラヴィーナの世話を焼いている。

彼女が救護棟から出てきた時、俺は初めてラヴィーナの姿を目にした。

俺の迂闊な行動のせいで怪我を負ったというラヴィーナへ謝罪しようと思っていた。


謝ったら、終わり。


その時の俺は、簡単なことだと考えていた。

エレナに介助され出てきたラヴィーナは、俺の知るラヴィーナではなかった。

彼女の、冒険者として生気に満ち溢れた佇まいは消え失せて、夕闇に酷似した紫の瞳はしんと静まり返っている。人形のように身動きせず、表情一つ崩さないラヴィーナはまるで生きていて、()()()()()

ウル爺から事前に怪我の具合を聞いていたが、視覚情報から得られるラヴィーナの状態は、他者から伝えられるものよりも遥かに、強く、俺を動揺させた。

開きかけた口は、結局その役目を果たせなかった。冷水を浴びせられたように押し黙る俺に対して、ラヴィーナもまた、沈黙で返した。

一人では立つことも、ましてや歩くこともかなわない彼女を目の当たりにしてしまえば、俺の薄っぺらな言葉は何の価値も無かった。

頭を使わなくとも直ぐに察することが出来た。

ただ謝罪するだけでは足りないのだ。



彼女の人生を奪ったのだから。



「ごめんなさい・・・」

それは何に対して、誰に対しての言葉だろう。

彼女はもう二度と一人で立ち上がることも、歩くことも出来ないのに。

「まさかこうなるとは、思わなくて・・・」

言い訳をした所で、過去は変わらない。

「俺、ラヴィーナを巻き込むなんて思わなかった・・・」

俺の口から零れ落ちるのは、自身を擁護するようなものばかりで、本当に聞く意味も、聞かせる価値もない。


ーー俺が、坊を信じたばかりに彼女が犠牲になった・・・。

坊・・・、どうして・・・・・・。

どうして、俺を騙したんだ。

どうして、俺に話し掛けたんだ。

どうして、俺を連れ出したんだ。


どうしてーー・・・・・・。


俺の中で坊の姿が歪む。

もう二度と会うことがかなわない坊に対しての憤りと彼の裏切りにあと何度、哀しみを味わえばいいのか。


俺はまだ、ラヴィーナとも、坊とも向き合う術を知らないままだ。






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