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【三章】道化師2





ドレックザックは、先程まで自身の背を踏み付けていた老人が、ほんの僅か肩を下げて渋々と自身のあとを着いて来ているのを確認し、内心で快哉(かいさい)を叫んだ。


この爺との付き合いは長くない。


けれど、彼に付きまとう噂や周囲からの評判を参考に、そして実際に会った時の印象を頼りに、ある程度の人物像は把握している。

『紅蓮の悪魔』と称されるウル爺は、どうやら『聖女』ことメンティーラ・バールハイトに長らく懸想(けそう)しているらしい。

この爺が『聖女』についてこの街までやってきたことも、周囲に自身の想いを隠し通せていると思い込んでいることも、はっきり言ってど〜〜〜でもいい。

しかし、『聖女』への想いを一途に抱き続け、彼女以外に目を向けもしなかった人物が、今更自身のテリトリーに幼子を招き入れ、あまつさえ弟子にしていると聞いては興味を持つなと言う方が無理であった。

事実、あの夜、白髪の子供を片手に抱いて離さぬウル爺を目のあたりにしてしまえば、何かあると勘繰るのは自然の摂理ーー否、道化師(ドレックザック)としては必然のことである。

欲望のままに子供の情報を得ようと、それこそ、諜報員も真青になる程堂々とこの孤児院へと足を向けた。

もちろん、先程ウル爺にも匂わせた建前(伝言)があって出来たことでもある。

敷地に足を踏み入れた瞬間、ここで寝起きしていた記憶が思い起こされ、懐かしさに口元が緩む。ついつい足が(おもむ)くままに建物の中を放浪し、懐古(かいこ)の念と共に、破壊衝動に襲われる。

残念ながら、それをしてしまえば本当に息の根を止められなかねないので、ドレックザックは彼の()()()()()()でもって踏みとどまった。

建前(どうでもいいこと)を忘れかけていた頃、たまたまウル爺と白髪の子供が言い争っている場面に遭遇したのだ。

いやはや、なんとも()()な巡り合わせと言えよう。

ドレックザックは慣れた足取りで通路を過ぎり、最奥の部屋へと突き進む。

彼が子供の頃は、よくこの説教部屋こと、院長である彼女の部屋に連れてこられたものである。

教育的指導という院長の努力も虚しい結果に終えた。そのことは、ドレックザックを知る人物ならば、一目瞭然に悟るだろう。

彼の人間性は元より歪み、ひしゃげ、再生困難となっている。

部屋の扉の前まで来て、ドレックザックは室内に院長以外の人の気配を感じとった。

ドレックザックは微笑み、敢えてノックせず、無断で扉を開ける。


「婆ちゃーん、帰ったぜぇ?」


室内はドレックザックの記憶のまま、代わり映えのしない光景が広がっていた。ドレッサーに寝台、机等の家具以外は個性らしい個性のない部屋だ。

しいて挙げるとすれば、時たま思い出されたように、机やドレッサーに子供達の作品が並べられるくらいだろう。実際、ドレッサーに院長の似顔絵らしき用紙や子供達から贈られたらしい木の実が置かれている。

室内には予想通り、院長と双子の女児がおり、闖入者(ちんにゅうしゃ)に目を白黒させていた。

「・・・・・・あら?あらあらあらあら!!ザックじゃないの、大きくなったわねぇ」

院長はドレックザックに気付くなり、笑顔で近付き、彼の顔から腕からその細い手で触って確認する。

「よぉ、婆ちゃん、この間の夜ぶりだなぁ。つっても、俺は遠目に見ただけだけどよーぉ」

ドレックザックは、院長を抱いてその場でくるりと回転し、喜びを表現した。

「やあねぇ、もう!貴方もあの場に居たのね、まぁ当然と言えば当然かしら」

振り回されたことで少しズレたベールを直し、院長は頬を緩めてドレックザックを見た。

日光のような清輝(せいき)が彼女の瞳に滲む。瞳は雄弁に、ドレックザックとの再会による歓喜を伝えていた。

ドレックザックは、心の内で舌を出す。

彼はどうもこういった瞬間ーー相手が自身への好意を寄せている時こそが最も苦手であった。


「「院長、この人だぁれ?」」


先に入室していた双子の女児が言葉を発する。

薄桃色の髪が二つ、なんとも視界にしても、存在としても派手な子供達にドレックザックは自身の腰骨よりも下にある子供の頭に手を置いて、飴をくれてやる。

子供が二人揃えばかしましい。それが女とくれば耳障りなことこの上ない。

「それやるからよぅ、婆ちゃんとの話しはまぁた今度にして、この場は俺に譲ってくんねぇかあ?」

あからさまにさっさと消えるよう飴を投げつけて促した。

双子はドレックザックに視線を向け、次に互いの顔を見合わせて、頭上に置かれた飴を院長に渡した。

「うん?」

ドレックザック含め、その場の大人達が子供の予想外の行動に首を傾げる。

院長の皺のよった手に、飴玉が二つコロリと存在を主張した。

「ねぇねぇ、院長その飴」

「ララとミミに()()()()()?」

その飴をララが指さし、ミミが首をこてりと傾けて院長に頼み込む。

「え、えぇ・・・」

双子の小さな手へと飴玉がその身を移し、二人はにこりと歯を見せて笑った。

「「ありがとー、院長!!大事に食べるね!!」」

そう言って双子は満足したのか、院長に向けて手を振って、部屋をあとにした。

院長とウル爺は、子供の突拍子もない行為を未だ不思議がっている。

しかし、この場にいる中で、ドレックザックだけがあの振舞いの意味を理解していた。


お前(ドレックザック)から受け取るのは、気に食わねえ」


要約するとそういうことだ。

どうやらこの孤児院には今尚、一癖も二癖もある子供がいるらしい。

普通ならば眉間に皺を寄せて、不愉快な想いを抱いたことだろう。だが、ドレックザックは、この上なく痛快な気分で口端を引き上げた。

彼は好意よりも嫌悪を抱かれるほうが、何倍もそれこそ()()であった。

頭をかいて傍にあった椅子に腰掛けると、椅子の背もたれに腕を乗せる。

勝手知ったるドレックザックの態度に、院長は「もう!」と怒った素振りだけして、彼の顔を両手で包み込んだ。


「・・・・・・大きくなった、とは思うけれど、素顔は見せてくれないのかしら?」


院長の細い指がするりと目元を撫でる。

ドレックザックは、自分自身がどういう容姿をしているのか、一瞬思い出せなかった。

「んん?直してなかったっけぇか?ちょい待てよぉー」

そう言うと顔を手で覆う。すると、鼻の高さが、目の大きさが、顔の長さ、全てが一変した。

手が外されると、そこには先程までの凡庸(ぼんよう)とした顔は消え、やけに整った顔立ちが現れた。

すっと通った鼻筋に、きりりと引き締まった眉、その下には濃い二重、赤銅色の瞳がのぞいている。

ドレックザックは、自身の見た目を好きに変えることが出来た。

これについては魔法属性によるものが大きく、この力を利用して諜報活動から暗殺まで、重鎮からの依頼を強制されている。

まさに国の犬。

あえて表現するならば、奴隷である。


客観的にも、優男然と言える見目に院長は満足そうに頷いた。

「ふふ、なんだか昔を思い出すわ。貴方ったら、いつも女の子に悪戯したり、ここを抜け出したりして・・・やんちゃだったけれど・・・、今もそれは変わってないみたいねぇ」

そう言って首に巻いていた布を指で引き、ドレックザックの首元が(あらわ)になる。

自然な動作に止めることもできず、するりと外された布を院長が綺麗に畳む様を見るしかできない。

「ちぇー、もうちっとばっかし、驚くかと思ったんだけどなぁ」

肩を(すく)めて「残念だ」と呟けば、「何を言っているの」と院長が(たしな)める。

「どうしたの、これは・・・。ちゃんと理由を教えてくれるのでしょうね?」

ドレックザックは、視線を部屋の入口で立ち尽くすウル爺へと向ける。妙齢を遥かに過ぎているとはいえ、女性の部屋に許可なく立ち入ることに躊躇があるのだろう、難しい顔をしている老人に手招きをする。

「へへ、元からそのつもりだってぇーのぉ。ほぉら、ウル爺よぅ入ってこいってぇ。話せるもんも、話せないぜぇ?」

今まで再会に喜んでいた院長は、すっかり存在を忘れていたらしいウル爺へと同じく手招きした。

「・・・・・・失礼する」

不機嫌な顔を隠すこともせず、一言挨拶すると入口近くの壁に(もた)れて腕を組んだ。

照れ隠し故の態度である可能性を否定きれなかったが、ドレックザックは無視して話すことにした。

「そうだなぁ、何処から話すかねぇ。俺が唯一の無属性で、国に鎖を繋がれちまった犬なんだけんどよぉ」

自虐とした事実から、ドレックザックは語る。


院長に拾われ、この孤児院で過ごした幼少期、10歳になり領主館で行われた魔力検査が始まりだった。

ドレックザックの属性が珍しいものであると知れると、実験道具よろしく彼は王都へ運ばれ、自身の属性の研究・実験、訓練にはげむことになる。

と言っても、それを望んだのは彼自身であり、そのことに関して今でも不満はない。

研究の結果、自身の見目を変えることや、制限はあるものの姿さえ消すことも可能であると判明した。

まさに諜報活動や暗殺に適した魔法属性であり、事実、ドレックザックは国から生活の補償を受ける代わりに、そういった国の暗部に関する案件を任されていた。

国にとっては、重宝するべき力である。

しかし、如何せんその力を行使しているのが道化師(ドレックザック)である。

国から回された依頼を無視し、果ては国外へ逃亡することもあった。国家権力さえも(ないがし)ろにする態度に上層部は歯痒い想いを何度したことか。彼の気分次第では、従順に依頼を遂行することもあるからこそ責めきれない。

彼と連絡を取ろうにも、各地で顔や名前を変えてしまい、足取りを掴むことも容易ではない。結局、気の向いた時、思い出したように一方的に国へ連絡を入れているという有様であった。

奔放な男を制御する手段もある。

しかし、彼が『聖域』出身であることから、国としても強くは出られないでいた。

それら全てを理解して、ある程度自由に行動していたのがこの愚者(ドレックザック)である。

それがどうして、あろうことか彼は国へと牙を向けた。


理由は単純明快ーー「鬱陶しい」。


ただ、それだけ。


反逆してみたところ、逆に身柄を捕らえられ、呪い(首輪)をかける理由を与えてしまう。

貴族へ手を出せば、本来なら死は免れない。しかし、唯一無二の属性を持っていること、道化師を制御できれば国にとっての利が大きいことから、呪いという名の契約を交わすことになる。


「国に従順であれ」


これさえ破らなければ、ドレックザックに害は無い。だが、一度(ひとたび)でも(そむ)いたなら、呪いは彼の命を(むしば)んでいく。

完全なる自業自得であり、ブーたれながらこのアルメリア領主の元で表沙汰に出来ない仕事をこなしている。本来はこちらが本業で、副業として冒険者をしていた。

息抜きに森で冒険者としての依頼をこなしていたら、今回の魔物討伐に「ちょうどいい」と投げ込まれたのだ。

首輪(呪い)の影響でアルメリア領主からの依頼を断ることもできず、渋々ながら参加した。


ーーまぁ、成功報酬も美味かったから、いいんだけどよぅーー


結果として、闘志に燃えるフォルスに便乗して魔物も討伐でき、ドレックザックの懐は大いに潤っていた。

「ーーとまぁ、こういうわけだなぁ」

ドレックザックが話し終えると、二人はガックリと肩を落とし、意気消沈している。

「あ、貴方はもう少し・・・、賢い子だと思っていたのだけれど・・・」

「馬鹿だな。(まご)うことなき馬鹿だ」

院長からは、残念な者を見る目を向けられ、ウル爺からは悪罵される。

「依頼をせっついてくる国がウザったらしくなって反抗したら呪いをかけられ、依頼をこなすしかなくなって、だが、依頼の報酬で今は懐が温かいーーという話しか?・・・・・・何言ってるんだ、この馬鹿が」

「本当に命があるだけ御の字ねぇ・・・。ちゃんと報酬も出るし・・・・・・、もう少し、感謝した方がいいわよザック?愚かな真似は止めなさいと、子供の頃によくよく聞かせたはずだけれど。久しぶりに会ったことだし、もう一度聞かせてもいいのよ?5時間くらい」

そう言って、院長は腕捲りをし説教へと移行しようとする。

「な、長ぇっっ!!ば、婆ちゃん、これでも俺も反省してるんだぜぇ?な!?ちゃあんとまっじめぇーに依頼もこなしてるしよぅ!なぁ、そうだろウル爺?この前の討伐だって、俺ぁ頑張ってたろう?」

お小言程度であれば聞いてやらないこともないが、5時間というなんとも具体的な数字を出してきた相手の本気(ガチ)さにドレックザックは(おのの)いた。

ウル爺に助けを求めるが、その顔には「馬鹿だなぁ」という感情しか浮かんでいない。

「そう言えば、私が彪鬼(ひょうき)と戦っている間、お前は高笑いしていたな・・・。それで貰える報酬とは・・・いやはや、恐れ入る」

当然、軽侮(けいぶ)の念を抱いていたウル爺からは、助けを求めた手を踏み付けられたのであった。


「あ゛~・・・、とりあえず俺の話は置いといてよぅ、本題に入るぜ」


ドレックザックは自身の逃げ場が建前(伝言)しかないと察するや否やそう口にした。

二人から熱い(咎める)視線を注がれる中、ドレックザックはこほんと態とらしく咳払いをして話し出す。

「領主様ーーセグファレスの若旦那から言伝だ。今回は協力どうも、褒賞を手渡したいんで邸に来てくれっつーお誘いだなぁ」

懐から二通の招待状を取り出し、二人へと手渡す。その招待状には、アルメリア領主の蝋印がしっかりと押されている。

セグファレス・ド・アルメリアは、ここアルメリア領を管理する辺境伯であり、ドレックザックの飼主でもある。

「あら・・・、別にそういうのは必要なかったのだけれど・・・。態々招待状まで貰ってしまったら、断るのも悪いかしらねぇ」

招待状をしげしげと眺め、院長は困ったように微笑んだ。

「まぁ、相手の面目を保つ為にも、顔は出さねばなるまいよ」

ウル爺が目頭を押さえて(かぶり)を振り、疲れた声を出す。

貴族の邸へと足を向けないとならない事実に、二人とも気が滅入っているようだ。その表情には、デカデカと「面倒」と書かれている。

ドレックザックとしても、その気持ちは分からないでもない。

「・・・お前ほどではないが、この歳になると、身分だとか家柄だとか、そういう(しがらみ)が鬱陶しいこともあるな・・・」

「何言ってるのよ、貴方だって貴族でしょう?」

院長がそう突っ込むと、ウル爺は明後日の方に視線を向けて「最近耳が遠くなった」と丸分かりの嘘をつき誤魔化そうとした。だが、周囲の冷えた空気を感じとるなり、バツが悪そうに「下位の男爵出ではあるな」と白状した。

「ーー貴族と言っても男爵の三男だったからな、自由にやらせてもらった記憶しかないし、家自体もそう裕福では無かった。少し稼ぎのある商人レベルの資産しかなかったな」

「うへぇ、ウル爺の餓鬼の頃なんて想像もつかねえや。・・・・・・(なた)ブン投げてそう」

ドレックザックはそう言って笑うと椅子から立ち上がり、院長へとウィンクする。

「んじゃ、俺の用事も終わったことだしよぅ、今度はセグファレスの館で会おうぜ。またなぁ、婆ちゃん」

「もう行くの?ザック、折角なんだからもう少しゆっくりしない?夕食でも一緒にどう?ご飯はしっかり食べてるの?」

矢継ぎ早に質問を投げかけてドレックザックを引き留めようとする院長に苦笑を浮かべる。


これだから、ここは嫌いなのだ。


ドレックザックを心配する者は、この世でただ一人、彼女しかいない。

心配も愛も友情も全てを跳ね除けて、今まで歩んできた。

他者と交わることへの不快感、嫌悪が忍び寄り、ドレックザックはそれらに捕らわれていた。

静かに瞼を閉じ、改めて院長を見下ろす。

自身の胸までしかない身長は、女性としては平均的である。


だがどうだろう。


ドレックザックは、彼女が以前に見掛けたよりも痩せ細り、小柄になったように思えた。

10歳の子供でしかなかった頃には、彼女ほど力強く、パワフルに生きる人を知らなかった。

しかし、それも仕方が無いのかもしれない。

彼女は疾うに70を超えた老婦なのだから。

「ーー今はこっちで生活してるからよぅ。仕事の合間、暇だったらまた来るわ」

手をヒラヒラと振って部屋をあとにする。


この『聖域』が彼女の死により滅びるか、変わらずこの地に在り続けるのか、この場所にどう在って欲しいのか、ドレックザックは自分自身でも掴めない感情を持て余すしかなかった。









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