【一章】ロリは世界の宝だ
マリーナは父親と暮らしていた。
母親は彼女が産まれてすぐに、産後の肥立ちが悪く亡くなった。最初こそ、悲しみこそすれ父親は男手ひとつでマリーナを育てていた。
だが、それも敢え無く放棄された。
元々、商人をしていた父親は母親と共にあくせく働き、なんとか日々の生活を送っていた。働き手でもあった母親が亡くなり、育児が必要な赤子だけが残った。家計は直ぐに火の車となり、父親は方々に借金を繰り返した。
そんな中でも母の忘れ形見として、食べる物だけは与えられ十分とは言えなくとも、マリーナの体は大きくなった。
マリーナが1人で歩けるようになる頃には、父親は店をたたみ、借金取りから追われる生活を送っていた。
ほどなくして1食も食べられない日々が続いた。
ひもじさに涙も枯れた頃、父親は「飯を用意しろ」とマリーナに命じる。借金取りからまだマークされていない幼子であれば、外に出ても問題ないだろうという愚考であった。
マリーナもまた、父親の言を素直に聞くしか無かった。
お金もない、頼れる大人もいない。
小さな子供であるマリーナに出来ることと言えば、盗みだけだった。
最初は露店に並べられている果物や野菜を。
罪悪感というものが麻痺する頃には、財布を掏ることを覚えた。
盗めば盗むほど、父親はマリーナを褒め讃え、失敗すれば詰った。
底の無い生活は一生続くかと思われたが、終わりは呆気なく訪れる。
普段通り露店の商品を盗んだ所を憲兵隊に捕まったのだ。
余罪はあまりあるマリーナが釈放されたのは、罪を問うには幼過ぎたことと、彼女に悪行を強いた父親の存在があったからだ。
父親は投獄され、引取り手のないマリーナは孤児院に預けられた。
これが半年前までのマリーナの全てであった。
訥々と自身の半生を語ったマリーナは、視線を地面に落とす。
俺も地面で列をなす蟻をまるで珍しいモノを見つけたという体で凝視した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
う~~~~~~~~~わ、重~~~~~~~~~い!!!!
結構気軽に「話したいなぁ」、「マリーナのこと知りたいなぁ」とか考えてたけど、俺の手にあまるんだけど。
俺6歳だよ!?
賢くキューティボーイな俺でも流石に言葉失うって。
ちょっと院長今すぐここに来て!!マリーナのメンタルケアをお願いします。
残念、今の時間院長は皆とご飯作ってるんだよ、知ってた!!
あーあー、院長いつも美味しいご飯ありがとう!!
でも今日だけは手抜きでいいから、俺に知恵と救いとご飯を下さい。
ご飯は大盛りで!!
現実逃避をしたがる思考を引き戻すのに大変な労力を要した。
精神的にそろそろ沈黙が負担になってきたところで、向かい合うしかあるまいと腹を決める。
難しいことは考えず、思ったことを言うようにしよう。
「マリーナはお父さんが好きだったんだな。こうやって離れちゃって寂しい?」
「・・・寂しい?」
ホロりと零れた言葉は、とても頼りない。
「あれ?違う?だって、マリーナはお父さんの為に悪いことしてたんだろ?それなのに、引き離されて寂しかったり、自分のせいだ、なんて考えてそうだなって。マリーナは今までお父さんのこと、頑張って守ってあげてたんだなぁ。偉かったなぁ」
マリーナは困ったような、それでいて嬉しそうな、なんとも言えない顔で俺の手を握った。
「ありがと、アルレルト」
メンタルケアなんて出来ないし、マリーナを救うことが出来るなんて思い上がってもない。
だけど、マリーナや皆と同じ目線でものを言える自分でありたいと思う。
「う~ん、じゃあ俺も。ありがとうマリーナ。俺と、皆と遊んでくれて。次はもっと楽しいこと、しような」
感謝されることが面映ゆくて笑い返すと、朝露に濡れそぼる蕾が花開くように朗らかにマリーナは笑んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
怪我をしたマリーナをおぶって帰る頃には、夕陽は落ちて星々が瞬いていた。
月明かりに孤児院の前で院長が落ち着きなく、右往左往している姿が遠目からでもハッキリ見える。
「アル!!マリーナ!!!」
院長は俺達に気付くと駆け寄り、頭から足先まで確認して2人を抱き締めた。
渾身の力で抱擁され、一瞬息が止まる。
「あぁもう!!心配したのよ!ご飯の時間だっていうのに2人がまだ帰っていないんだから」
慌てふためきながらも、院長は目敏くマリーナの傷口に治癒魔法を施す。傷自体はそこまで大きなものでもないので、直ぐに綺麗な状態に戻った。
「ごめんなさいインチョー。一応、皆には言ってたんだけど、マリーナおぶってたら予想以上に時間かかっちゃった」
俺の無神経な言葉にマリーナは顔を真っ赤にして俯く。
院長は「ちっちっちっ」と舌打ちと人差し指を左右に動かし、注意を促した。
やだ院長、舌打ちなんて行儀が悪〜い☆
「アルレルト、女性には紳士的な行動と言動を心がけなさい。マリーナの傷を慮ってここまで運んであげたのは非常に良い行いです。しかし、言葉遣いはまだまだなようですね」
アルレルトと愛称ではなく名前で呼ばれる時は、優しい院長が怒っていたり、子供達に注意をする際によくみられる。
常に柔らかな物言いの院長に強く指摘された。
今回ばかりは、帰りが遅くなって不安にさせたことも影響している気がする。
「はぁいマム。精進するよ」
舌を出して軽口で返すと院長は苦笑した。院長は笑うと目尻がより下がる。その姿は、孫の悪戯を咎める祖母のようだ。
まあ、俺には祖父母どころか両親さえいないが。
「まったく・・・アルには困ったものね。さ、あんまり外にいると体に悪いわ。早く晩御飯のシチューを食べて温まりましょう」
2人は背中を押され孤児院に入る。昼間のメンバーは2人の姿をみとめ安堵の息を吐いたり、「遅いぞ」と小突いたりして温かく出迎えた。
「マリーナ・・・そのうち、君もここを気に入るよ」
「うん」
ひとつの確信を持って断言した俺の言葉に、マリーナも頷きを返したのだった。