【三章】目覚めぬ人
「つまんないね」
「つまんないよ」
ララとミミが食堂の席で不満を零す。その頬には、多くの食べ物がしまわれ、膨れている。
薄桃色の髪が二つ、抗議するように右へ左へと揺れた。
正面に座るディックは、二人へ行儀が悪いと窘める。
注意された二人は、更に不機嫌な顔で皿の中身を嚥下した。
ララとミミは不満を前面に押し出して、ディックに向けて舌を出すと、手を繋いで食事の席を立つ。そのまま立ち去ろうとする二人に、ディックが待ったをかけた。
「なっ!こら、ちゃんと片付けろよ。行儀が悪いぞミミ、ララ!!」
ディックが叱るも、ミミとララには通じない。二人は振り返ってニンマリと人の悪い笑顔を浮かべた。
ディックは、内心で頭を抱えた。
今までの経験から分かってしまう。
ミミとララの悪戯が始まると。
「ララねぇ、ちょーーっとお腹痛いかも」
ウグゥとララが芝居的な仕草で腹を抑える。それを「大丈夫、ララ?」とミミが胡散臭く背中をさすって介助した。
「ミミねぇ、ララのお付き添いしなきゃ」
ミミがわざとらしく心配そうな顔を作って宣う。
こんな小芝居に付き合っていられないとディックは頭をかいた。
二人へ向ける視線は、いつにも増して鋭い。子供の割に怖いと評される顔貌は、子供達にとって般若に見えた。
しかし、付き合いの長い双子には通じない。
「あぁそう。だったら、さっさと片付けてーー・・・」
「「ララとミミのお皿も片付けてくれるなんて!!ディックは、良いお兄ちゃんだねぇ!!」」
二人の声がハモって食堂に高く響く。周囲で会話を弾ませていた者も、食事に集中していた者も手を止める。三人に視線が集まるのを感じて、ディックは苦虫を噛み潰した。
彼は人に見られるのが得意ではない。特にこうした注目を浴びる行為は、刑罰に近い心地であった。
「ーーー~~~・・・・・・っっ」
視界の隅で、自分よりも小さな子供が泣きそうな顔をして此方を見上げている。それに気付くと、更に言い返すことも出来ず、ディックは言葉を飲み込んだ。
その子供がディックの顔を見て怯えているのは明らかだ。今更、笑顔を浮かべてみせたところで無意味だった。
「・・・・・・分かった、片しとくよ」
不承不承頷いたディックに、ミミとララが勢いよく抱きつく。
「「ありがとうディック!!だーい好きっっ!!」」
たかだか食器を下げるだけの話しが、どうしてこうも面倒臭いことになるのか。
ララ・・・、腹が痛い芝居はもうお終いなのか。
ミミ・・・、さり気無く人の皿からミートボールを取るな。
ディックはつかの間、気を紛らわせる為に現実を嘆いた。
照れたところを見せてしまえば、暇を持て余した双子にもっとからかわれるに決まっていたからだ。
双子が食堂へ出ていく背を見送って、ディックは溜息をついた。
双子に良いように扱われるのは何時ものことだ。年長の者は、ディックの肩を励ますように叩いていった。
「あらら、朝からついてないねディック。」
ネルが本を片手にディックの隣の席に座る。
ネルも先程の寸劇を見たらしく、同様に背を叩いた。
「ま、本当に暇なんだと思うよ。この間まで外出禁止だったし、ミミとララが遊ぶのって僕らしかいないし。それに、アルがあんなんじゃねーー・・・・・・」
ネルの視線がアルの運ばれた救護棟の方角へと向けられる。
ネルのかけられた眼鏡が、光の加減で白く光った。
ネルの言う通り、つい昨日までは、流行病だとかを理由に孤児院から出ることが禁止されていた。
その間、やることも無かったディックは、デルナ含めた大人達の手伝いを率先して行い暇を潰していた。
院長は冒険者を置いて何処かへ出かけてしまい、皆、何かしら変だなと感じながら生活していた。
そんな折、どういう訳かアルを抱えた院長が昨朝帰ってきた。
「あの日さ・・・・・・」
「うん」
ネルが本の表紙に視線を落とした。
題名には『悪鬼殲滅~ピーチ娘と大猿編(R18)~』と記されている。
難しそうな本だ。
「図書室でアルといたんだ。アル、本も読まずにずっと窓の外を見てた。暇だったんだろうね、本を読んでるマリーナに変なちょっかい出すし・・・・・・。だから僕、言ったんだ。「他の所行けば」って・・・。だから、だから・・・っっ、アルがあぁなっちゃったのは、僕のせいなんだ・・・」
表紙にぽとぽとと水溜まりが落ちた。本の題名がネルの涙で滲む。
眼鏡の向こうーーネルの目元は、薄らと隈ができていた。
「でも、それを言うなら、俺だって・・・。多分、孤児院で最後に会ったのは俺なんじゃないか。俺、菜園の草むしり、アルに手伝ってもらったんだ。あの時、アルを引き留めていたら・・・・・・」
一昨日、アルが孤児院から消えた。同時に、冒険者であるラヴィーナも姿を消して、孤児院は大騒ぎになった。
だが、アルとラヴィーナが同時に消えたこともあって、二人は何かしらの理由で外へと出掛けたのだろう、ということになった。
冒険者が付いているなら安心だ、とデルナ含めた大人達は楽観視していたのを妙に覚えている。しかし、夜になっても戻ってこないとなると大問題だった。
「子供は、もう寝る時間だ」
そう言って大人達に寝室へ運ばれたので、その後のことは分からない。
けれど、翌日になっても続く大人達の慌てた気配に、二人がまだ戻ってきていないのは明白だった。
陰鬱とした気持ちで朝食を取っていると、玄関が荒々しく開けられ、院長とアルが帰ってきた。二人に続くようにラヴィーナも運ばれ、皆が安堵の息を吐いた。
けれど、子供達が院長に駆け寄っても何時もの笑顔はなく、厳しい表情をたたえていた。院長に抱えられたアルは顔色も真青で、所々土まみれだった。
事件に巻き込まれたらしい彼等に、周囲は歓声を飲み込んだ。
アルを抱いて救護棟に向かう院長を見送ってから、ディック達はアルを見かけていない。
ガヤガヤと騒がしい食堂から一人、また一人と席を立って行く。席に座って俯く二人の間に、エレナが勢い良く滑り込んだ。
「おっは、よーうっっ!!」
「「狭いっっ!!」」
沈んだ雰囲気を打ち消すようにエレナが爆笑する。カラカラと明るい笑顔に釣られて、他の二人も口元が上がった。
「暇なら一緒にアルのお見舞いしょーーっっ」
エレナは、力一杯、両隣の背中を叩いた。衝撃に二人が同時に咽せる。
ネルは叩かれた拍子にテーブルへ額を打ち付けた。ゴンっと硬いものがぶつかる音に、ディックは痛みを想像して目を瞑った。
「どうしたのネル!?眠くなったの?ここで寝ちゃダメだよー」
エレナに揺さぶられ、人形のように力なくガクガクと首を振るネルは、完全に昇天していた。
エレナに対する恐怖から、ディックは口元を引き攣らせた。しかし、このままではネルが戻ってこなくなると、慌ててエレナの肩を掴んで止める。
「エレナ!ストップだ!!やり過ぎだって」
エレナが不思議そうに首を傾げる。赤茶色の髪も一緒に揺れて、思いの外勢い良くディックの顔に髪が当たった。
痛い。
「あ、ごめんディック!!」
これらが故意でないことに、ディックは脱帽した。エレナの一つ一つの行動には悪気が無い。だからこそ、始末に負えなかった。
ディックは顔を抑えて、流れを戻すことにした。
「お見舞いって・・・、行っていいのか?」
救護棟は、元々病気や怪我を負った子供達が入る。出入りは基本的に院長他、大人達に限られていた。
「うん!いんちょーが良いって!!アル、ただ寝てるだけだってさ!」
意識を取り戻したネルとディックは、ホッと肩の力を抜いた。
「だから、一緒に行こー!!あと、お花も持ってこ!!」
「げほっ・・・。花?どうして?」
ネルが赤くなった額を擦りながら、顔を上げる。
「お見舞いする時は、お花とか果物とか持って行くのがマナーだって院長が言ってたよ」
「あー・・・そういうね・・・」
学んだことを直ぐに活かしたいのだろう、エレナが意気込む。ここでネルとディックが「行かない」と言えば、一人で花をつみに行くだろう。
一人で出かけたエレナが何をしでかすか、考えただけで頭痛を感じた二人は、「一緒に見舞いの品を集めよう」と決心した。
そもそも、見舞いに行かないという選択肢はなかった。だったら、全員で行動した方が手っ取り早い。
三人は、外出禁止令が解けて初めて外に足を向けた。
「あらっ!アルちゃん体調悪いの!?だったら、これ!持って行って。麗しの姉様からよって言ったら通じるから。いい?麗しの姉様よ!」
三人が貯めた小遣いで花を購入しようとしたら、そう言って花屋の店主から黄色のガーベラを預かる。
早速花を手に入れたエレナは喜んで店主に抱きついた。
「あらあら、力が強いのねぇ。ついでに肩叩いてくれたら、もっと用意するわよ」
エレナは、パァっと瞳を輝かせて「肩の何処叩こうか!?」と拳を振り上げる。
「わー・・・、適材適所っていうのかな・・・」
エレナが全力で肩を叩いても「うーん、もう少し右。・・・そこっ!そこを集中的に!!もっと、力を込めてっ!そう、仇が私の肩にいると考えてごらんなさいっっ!そう!良いわよ、憎しみこもってる!!その感覚を忘れないでっっ、いいわ、憤怒!これぞ、憤怒!!」と花屋の店主は肩叩きを満喫していた。
「俺だったら絶対に、肩イカれてたな」
「僕だったら死んでるね」
ガーベラを持って所在無さ気に立っていると、野菜屋の主人が背後からぬっと顔を出した。
「「・・・・・・っ!!」」
強面に見下ろされ、二人は息を呑んだ。
強い眼光に、蛇に睨まれた蛙のように固まり、緊張で唾を飲み込む。
萎縮した二人は、何を言われるのか無言で待ち受けた。
「話しは聞かせてもらった!!最近顔見せねえと思ったら、アル坊体調悪かったんだな。ほら、この野菜持ってけ!!これ食って元気になれって伝えといてくれや」
野菜屋の主人から根菜から葉野菜まで次々に渡され、二人の両手では抱えきれない程積まれていく。
タダでは申し訳ないと、店に小遣い(こうなると微々たるもの)を渡したが、主人に全力で断られてしまった。
「重い・・・」、「腕の感覚がない・・・」と苦しみながら、エレナを待つ。暫くして、色とりどりの花を抱え、ほくほく笑顔のエレナと合流し、三人は孤児院へと帰った。
ディック達は早速、救護棟へ向かう。平屋建てのそこには、左右に三室、併せて六室がある。
救護棟に近よる子供は多くない。
中々治らない病気になった場合や、暫く安静が必要な場合に救護棟へと運ばれる。だが、そういう状態での利用になる為か、子供達は救護棟を避けていた。
使用されている部屋は、アルとラヴィーナの二部屋だけだ。
アルが寝ているだろう部屋の扉をノックして、三人は部屋に入った。
狭い部屋には寝台しかない。その寝台にアルが眠っていた。
ララとミミに挟まれてーー・・・・・・
「あ、遅かったねぇ」
「待ちくたびれたねぇ」
双子はアルを挟んだ寝台の上でクッキーを頬張りながら絵本を読んでいた。
「「ハアアアァァァァ!?」」
ディックとネルは、驚愕で持っていた野菜を床に落とした。大量の野菜ーーキャベツや大根等が彼等の足にクリティカルヒットする。
「「あぁ~~~・・・っっ」」
痛みに悶える二人を無視して、エレナが用意した花瓶に花を挿した。
「二人とも先に来てたんだね!!アル、起きた!?」
サイドテーブルに花瓶を置き、エレナがアルを覗き込む。
「まだだよぉ。しょうが無いから、ララとミミで絵本読んでたの」
「起きやすいように、眠り姫読んでるの」
ミミとララは絵本を交互に読んでは、頻回な休憩を挟みつつ、寝台でのんびり過ごしていた。
眠り姫というチョイスに、ネルは起こす気があるのかとツッコミかけたが踏み止まる。
足が痛くて、それどころではなかったのだ。
「眠り姫はキスしたら起きるんだっけ?」
エレナが不穏なことを言い出したので、ディックは今までの経験則からその口を手で封じた。
「うぉんわんふぃふぁー?ふぇふんふぁふぉー」
口を手で覆われていても、何やら話し続けている。しかし、それを敢えてネルとディックは無視した。
「エレナ、疲れたんじゃないか?肩叩き頑張ってただろ。ちょっと休憩したらどうだ」
ディックに無理やり休憩を勧められたエレナは、本当に疲れていたのか、素直に寝台に腰掛けた。
足の痛みから復活したネルが、親指を立ててディックを労う。
「私達、ずっと居るんだけどアル全然起きないんだぁ」
ララが寝台から起き上がって体を伸ばした。
ララが言うように、アルはこれだけ騒がしくしても一向に起きる気配が無い。
白髪が布団に散り、肌の色が悪くてまるで死人だ。一定のリズムで胸が動いていなければ、勘違いしていたことだろう。小さく耳に届く音は緩やかで、純粋に眠っているだけのようだ。
見える場所に怪我が無いことを確認して、ネルはようやく安心した。
些か不満なのは閉じた瞼に防がれて、あの赤い眼に出会えないことだ。
「うーん・・・、体を揺さぶったりするのは、あんまり良くないだろうし・・・。ララとミミがやってたみたいに、起きやすい環境作りをしてみたらどうかな。そしたら、早く起きてくれるかもしれない」
ネルの提案に、暇をしていた双子が賛成した。ディックとエレナもそれに続く。
「・・・・・・でも、起きやすい環境ってどういうのなんだろうな」
ディックが双子から貰ったクコの実クッキーに舌鼓を打ちながら、首をひねった。
「「んー、音とかかなぁ」」
「・・・・・・臭いとかか?」
「はい!体をマッサージ!!」
手を上げたエレナに皆が視線を向けて、頷いた。
皆の心が一つになる。
「よしっ、臭いで責めてみようか!」
「「異議なし!!」」
ディックと双子がうんうんと頷く。
「ど、どしてぇ!?」
困惑気味のエレナを置いて、話しを進めて行く。
エレナによるマッサージを今のアルが受けたら、本当に天へ召されてしまう。それが分かっていただけに、エレナ以外の全員の心が一つとなった。
「この院で、殺人者を出してはならない」と。
手持ちの物を使って起きやすい環境作りに励んだ子供達は、一様に満足そうな顔をみせた。
アルを囲むように寝台一杯に、貰った花を敷き詰めて、これまた貰った玉ねぎとニンニクを顔周りに添えた。
「これでアル起きたらいいね!!」
エレナが嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
「・・・・・・起きる・・・かなぁ?」
「何かを間違えた気がするな」
ディックとネルが、花に囲まれた友人に遠い目をした。
「「ふわぁ~、疲れたぁ」」
双子が花を押しのけてアルを挟んで寝台に寝そべり、直ぐに寝息を立て始める。
自由な様子に三人とも顔を見合わせて、同じく寝台に潜り込んだ。
寝台からメキメキバキッという悲鳴が聞こえても、誰も気にかけなかった。




