寝物語
原初は、無だった。
何も無いそこへ色を加えたのは、創世神であった。創世神はカンバスに闇を塗りたくり、そして光を足した。闇と光は反発し、衝突しあい身を削った。それらの滓が積もり積もってやがて新たな生命の息吹となる。
生命の誕生に歓喜した創世神は生きやすいように土を足す。生命は悦び、創世神に感謝した。しかし、自ら歩き始めた生命は土で汚れ、また罅割れた大地に潤いを求めた。
憐れに思った創世神がカンバスいっぱいに水を色付け、何時でも身を清め、喉を潤すことが出来るようにした。
広い大地に湖が生まれ、恵みの雨が生命と土に癒しを与えた。
カンバスに多様な色が生まれ、その色がまた別の色を生む。
チカチカと眩い色彩を放つ色々に闇は腹を立て、カンバスを自らの色に染め上げた。
何も見えぬ闇に生命は恐れ、嘆き縮こまった。
創世神は怒り、その思いを火に託した。火は闇の中で輝き光と共にあたりを照らした。
創世神の怒りは闇を裂いた。
火は風に流され天空へと昇華し、呼び水となって空に暗雲が立ち込める。地上へと落ちる雷と、水の化身でもある氷が闇を追撃する。
生命は創世神の怒りの強さを目の当たりにして、感涙を止めることが出来なかった。
創世神はカンバスへ光をさらに足して闇を封じ、世界のバランスを保った。
ようやく静かに色を重ね始めたカンバスには、多くの生命が溢れかえっていた。
カンバスの色に埋もれてしまった闇は、懇々と眠る。
もう一度、自身の色でカンバスを染めることを野望とし、生命の影へと闇の残滓を潜り込ませる。
それは、生命の輝きに比例して育ち、何時しか生命と影は渾然一体となって時を刻んだ。
影は恐怖、悪、欲、邪心、怠惰、怨み、嫉妬と様々な負の名前が付けられた。
闇は眠る、多くの影を散りばめて黒と光しかなかったカンバスを思い浮かべて。
創世神は自身の作品を眺め、満足すると次のカンバスへととりかかる。
次はどういった色をつけるか思案しながら筆を取った。
「光によって退けられた闇は、こうして眠りについたのでした。めでたしめでたし」
子供を寝かし付ける為に読み聞かせた絵本を閉じて、母親は茶目っ気たっぷりにウインクする。
「さぁ、早く寝なさい。明日は朝から忙しいんだから!」
ぽんぽんと布団を叩き、眠りに誘おうとするが、子供は嫌々と首を振って暴れた。
「いぃやーあ!もっとご本読んでぇ!」
昼寝の時間を多くとり過ぎたらしい子供は駄々を捏ねる。じたばたと暴れる我が子に母親はため息をつき、クワッと表情を厳しいものに変えた。
「そう言って何冊もう読んだと思うの!!お母さんいい加減喉が痛いわよ!えぇい、寝なさい寝なさい」
「やだ、やだあ!!」
ぐずる我が子に力いっぱい服の袖を握られて、ちょっとやそっとでは動けない状況に陥った母親は、作っていた怒り顔を些か抑えて口端を吊り上げた。
「ーー分かったわ、じゃあお望み通り読んであげようじゃないの。でもこれで最後、お母さんとっておきのお話しよ」
「やったあ!お母さん大好き!!」
その言葉にパアッと明るい笑顔を弾けさせると子供はポスンと枕に頭を乗せて聴く体勢に移った。
虫のよい態度に母親は片眉を上げて応えたのだった。
叡智をおさめたある魔法使いがいた。
魔法使いは、善人であり、慈悲深く、そしてなによりも悪を憎んだ。
魔法使いは方々を旅して回り、枯れた川に涙する人々がいれば、魔法を駆使しして川を蘇らせた。
ある所で食うに困った家族がいれば、食べ物を分け与え、自身の知恵を惜しむことなく家族へ与えた。家族はその知恵を駆使して獲物を狩り、また田を耕し、多くの恵みを手に入れた。
人々を救い、感謝の念を送られた魔法使いは人々へ言う。
「感謝するでない、困難の果てに挫けず立ち向かい続けた者が尊く、私はただその者らにほんの少し施しただけである」
そう言って魔法使いはまた旅へ出る。
彼は流浪の民でもあった。
困っている者の手助けをしながら海を渡り、山を越え、砂漠と化した街を抜けて、銀雪を踏みしめた時、魔法使いは自身が老いたことを自覚した。
最後の旅、終着駅はあの家族がいた国にしようと決め、その国へ足を踏み入れた頃には、季節はとうに一巡していた。
魔法使いは絶句する。
魔法使いの知恵を活用して耕された田は荒れて、方々に生えた草は踏み潰されていた。
家族の住んでいた家の屋根は焼け落ち、人の住む気配は無かった。
国内を巡り、潰された家の意味、焼けた街を見て魔法使いは知る。
この国は、戦争をしかけられ多くの民がその犠牲となっていた。
ある村ではほとんどの労働者が徴兵され、兵力とならない女子供、老人が細々と食い繋いでいた。
高名な魔法使いの存在はこの国にも広まっており、肉が削げ落ちガリガリに痩せた村人らが救いを求める。
「お父ちゃんを助けてよぉ」
「兄ちゃんが帰って来ないんだ」
「息子を・・・、あの子をどうかお救いください」
魔法使いは、哀願する村人を拒むことができなかった。
魔法を使い、戦争をしかけた国へ雷を落とす。それは多くの兵の生命を奪い、結果としてこの国を勝利へと導いた。
家族のもとに大切な父が、兄弟が、息子が、夫が無傷で帰還する。
国を救った魔法使いは英雄として崇められた。国王も国民も誰も彼もが彼に感謝し、敬意を評した。
凱旋パレードで沸く国民に向かい魔法使いは告げる。
「私に感謝するでない、私を信用するでない、私を崇めるでない。私は悪だ。多くの生命を奪い、また貴方がたの心に種を蒔いた」
「その種は既に根を張り、貴方がたの心を縛り付けるだろう」
「乗り越えるべき逆境が訪れた際、貴方がたは思うのだ。『誰かが助けてくれる』と・・・。私は貴方がたを本当の意味で救いはしていない。あぁしかし・・・どうだろう、どれだけの人間がこの言葉の意味を理解することができようか」
興奮と歓声、祝杯を上げる国民の耳に魔法使いの言葉が届くことは無かった。
国を救った英雄である彼の偉業を讃えて人々は、創生の魔法使いと呼んだ。
「創生の魔法使い様万歳!!」
「英雄よありがとう!!」
「私達をお導きください!!」
魔法使いは、一筋の涙を流しその国を去った。
以後、彼を見かけた者はいなかったという。
絵本を読み終えた後、子供は興奮したように爛々とした目で絵本を見続ける。まるでそこに魔法使いの姿を見つけたみたいだ。
「カッコイイねえ!魔法でボーンって悪い国をやっつけちゃうんだ!!」
「ふふふ、カッコイイだけじゃないんだけどね・・・さぁ、本当に寝なきゃ、夜更かしする悪い子には、こわぁーい魔物が来るわよぉ」
母親は両手を顔の横に上げて子供を襲う手振りをする。その瞬間、子供は布団の中に頭を引っ込めた。
けらけらと笑い合い、子供がそろりと布団から顔半分を覗かせる。
「知ってるよ!彪鬼っていうんだ!!隣のおじちゃんが見たって、ニアンナの所にも出たって言ってたよ!!」
母親は笑いを残したままの顔で頷く。
「悪い魔物は、悪い人間が大好きなのよ。隣のおじさんは女の子好きだし、ニアンナは最近悪ふざけが過ぎるんだもの。愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しいわ。この間だってトムのーー・・・・・・、ゴホン。とにかく、ちゃんと良い子でいないとね、彪鬼に食べられちゃうわよ。さ、おやすみ坊や、私の可愛い子」
子供の額に軽いキスをして、母親は寝台に置いたランプの火を消す。
「おやすみなさい、お母さん」
また一つ、家の明かりが消え、遠ざかる母親の足音を聞きながら子供は目を閉じ、夢の世界へと旅立った。
明日は一体、どんな物語を聞けるかと期待を胸いっぱい膨らませてーー・・・・・・
気付いたら無事、2000pvを超えてました。
読みにくかろうと思いつつ、ここまで読んでくださりありがとうございます。
残念ながらまだまだ続きます。




