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【三章】終演の幕が開ける



ユースベリア大国と隣国カンデルス国の国境を東西に(またが)るグリモア山脈の周囲は、暗い森林に囲まれている。森林は生物の、加えて魔物の生息地帯でもある。グリモア山脈も登頂部には宝石や天然の魔石等多くの資源に恵まれているが、そこにはドラゴンやグリフォン等凶悪な魔物が住み着いているため、何処の国も手出しができない不可侵領域であった。

遠目に雲の隙間から窺く山頂は白く染められ、時に巨大な魔物が暴れることで山肌が顕になっていることもあり、命知らずでない限り、人はそこへ立ち入ることはない。

山脈に強い魔物が生息していれば、山麓(さんろく)から周囲の森は、縄張り争いで敗者となった魔物達が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している。

人間達にとって面倒なのがこの森林に生息する魔物である。

雲の上の存在として山脈こそ「魔の領域」と言えたが、人里に降りてくることもなく、また、人も彼等の縄張りに立ち入ることが無いため大きな問題に発展したことはなかった。


しかし、森の魔物は違う。

森には魔物だけではなく魔獣や野生動物、自生植物も共存している。そうなると生活を豊かなものにする為、人々も森へと狩りの手を伸ばすことになる。そこで出てくるゴブリンやオーク等といった魔物は数が多い上に1匹出たら100匹はいると言い伝えられる位の数を占める。人を見れば襲ってくる魔物に狩猟の手を阻まれ、最悪人死にがでることもあった。

要するに人間の生活の場に近い魔物程、鬱陶しいものはない。

基本的に魔物は自身の縄張りから出ることがない。それが幸いして人が森へと出向かない限り、魔物の被害に会うこともないのだ。例外があるとしても、それは年間数件の自然災害よりも少ない数だ。

狩猟にしろ、採取にしろ、普通の街人や商人では魔物の相手は手に余る。

だからこそ、ギルドへと討伐であったり植物採取、果ては護衛等の依頼が出される。しかし、依頼を出したからと言って必ずしもそれが受注されるとは限らず、あまりに損な・・・要は依頼内容と報酬が見合っていない場合には誰も対応しないのだが・・・。


つまるところ、グリモア山脈を囲む森林はそういったわけで強過ぎるという程では無いが、厄介で獰猛な魔物の生息地であった。


「なぁーんて考えると俺ってば、どーしてこぉーんな怖ぇとこにいるんかねぇ、ほんと」


松明を持って夜の森を進行する一群の最後尾で男は独りごちた。

男に呼応するかのように強風が吹き、葉がさざめき、枝が強く揺れる。

男ーードレックザックは一層強い風に身を震わせた。

「軽口を叩くなよザック、今は森ん中だ。何時魔物に遭遇してもおかしくねえ」

松明を掲げて窘める中堅冒険者に「おー怖い怖い」と肩を竦めてみせる。

ドレックザックの巫山戯た態度にカチンときたらしい冒険者も此処が夜の、極めて厄介な事に森の中であることから、一つ舌打ちをするだけにとどめた。

松明に照らされたその顔が苛立たし気に歪むのを見届けて、内心笑い出したい衝動を堪える。

共闘が必要になるこの場面で喧嘩をふっかける方が、争いの火種を撒く方が、愚かであることを承知でやっていた。

軽口を叩かないでいられない性分であり、人を食った態度が彼の常であった。

ドレックザックは後悔していた。

変異種を討伐する為に、アルメリア領で冒険者登録をしていたばかりに、常日頃から一人で森での依頼を受けていたばかりに、その他諸々の要因でこの討伐部隊へと強制的に組み込まれたのだから。

本来、強制依頼でなければスルーしていた所である。そこに報酬云々は関係ない。

「もーちっとばっかし、手ぇ抜きゃ良かったのかねぇ」

森での依頼と言っても、ドレックザックは多くの冒険者と違い群れることを嫌い、若しくは人が彼を嫌っていたため、チーム活動をこなしたことが滅多に無かった。

その結果、比較的楽で、森の入口と周辺で出来る依頼を中心に気が向いた時、()()でこなしている。


グリモア山脈の最西端の森林ーーちょうどアルメリア領の主都にある貧民街から近いこの場所は、ドレックザックにとっても慣れた道だ。何処の小道に植物が茂り、何処の洞穴から水辺迄が何の魔物の縄張りなのか頭に入っている。

慣れた足取りで進めば、危険極まりないことに先頭を歩かせられると踏んでいた彼は、無い木の根に足が取られたふりであったりだとかそこら辺の木にぶつかったりという見えない()()をして最後尾を手に入れた。

そして、彼はこの群れの中で1番の役立たずという名誉を授かった。

ニヤニヤと態とらしい笑みが浮かんでしまうのを止められない。これは彼の癖であり、正常に脳が機能している証でもある。


今回の強制依頼はアルメリア領主によるものであった。

簡単に言ってしまえば、変異種による人間の被害を抑える為、この街で不安の種を摘んでしまえということだ。

アルメリア領は地続きでカンデルス国へと繋がっていることから、この魔物が隣国に流れる可能性もありえた。

不安の種が他国に消えるのであれば運がいいーーと魔物に対する恐怖からの解放に喜ぶ者もいるだろう。だが、本当に魔物が隣国へと行ってしまえば、両国の友好関係に亀裂が走るだろうことは、容易に想像がついた。

魔物がカンデルス国の民を傷付けてしまえば、その魔物を国外に捕り逃してしまった批難を受けるだけでなく、自国の責任問題にまで発展する。同時に周辺諸国からの信用も信頼も無くし、最悪「魔物を捕り逃がす程弱いのだろう」と(あなど)(そし)りを受け、侵攻を仕掛けてくる愚かな国も出てくるかもしれない。

数え上げればキリがないこれらの対処法は一つだけ。

方々に不安の種が根付き、花開く前に摘む他ないのだ。

それになにより、アルメリア領の貴族として、自国の王にも貴族連中にも対面を保っておきたいのだろうとドレックザックは当たりをつけていた。

「なぁなぁオルディネル先輩、俺達が此処にいる意味ってぇのは何かねぇ。『紅蓮』と『聖女』がいれば十分じゃねーかなぁ」

『紅蓮の悪魔』という通り名を持つ赤髪に白髪が目立ち始めた年頃の爺を思い浮かべる。

彼自身はどうやらこの通り名が好きではないらしく、『紅蓮の悪魔』から何時の間にか『紅蓮』に略されていた。

「悪魔悪魔」と無意味に呼んでいたら、とある瞬間に彼から発されていた怒気が殺気へと変わったので、ドレックザックは沈黙することで自らの命を死守したのであった。

『紅蓮』ことランウェル・ベルナードーー略してウル爺は、魔物の腕を切断したかと思えば、呆けた俺達を置いて単身魔物を追いかけて行った。

他の班からの情報では、魔物は子供を抱いて逃亡したらしい。

ギルマスと聖女達が憐れな被害者ーーラヴィーナを介抱する一団から離別して、ギルマスの右腕であるチェカ・アヴーグルを筆頭に魔物を追い掛けている最中である。

ある程度訓練を受けているとはいえ、夜目が完全にきくわけでもなく、早過ぎず遅過ぎずの移動では、ウル爺に追い付けるはずも無かった。

とどのつまり、彼等は置いてけぼりをくらったのだ。

ドレックザックは自身の必要性がこの場であるのかどうか疑いを持ちながら、しかし、結局の所は貴族様からの強制依頼であるが故に諦めるしかないことを悟っていた。その悟りも依頼を遂行している最中でのことであり、十分諦めが悪いと言える。

(もっと)も、今こうしている間にウル爺によって魔物が倒されているかもしれないが。

「バカをいうな、『紅蓮』も『聖女』も厚意で協力してくださってるんだ。お年を召した方々に俺達が寄りかかってどうする」

オルディネルは至極真っ当なことを告げて、松明を持つ手とは反対の手でドレックザックを小突いた。小突くと言っても華奢な女の手ではなく、骨ばった大きな拳によるもので、十分な威力がある。

「いってぇー」

中堅冒険者として堅実に地盤を固めてきただけあり、オルディネルは大変お利口でお人好しな人柄であった。だからこそ、約立たずのレッテルを貼られたドレックザックの相手を買って出てくれているのだ。これについても、本人は無自覚に行っているのでドレックザックとしては些か面白くなかった。


「お喋りはそこまでにして下さい、どうやら私達は間に合ったようですよ」


チェカの言葉に一同のダレかけた空気が張り詰める。

ウル爺の足跡、魔物の流す血痕を追ってきた彼等は森を抜けて貧民街へと通じる道へと出た。

貧民街に魔物が入るのを防ぐ為、事前に憲兵隊と国境防衛軍を配備している。その集団とドレックザック等に挟まれる形で子供を抱えたウル爺と彼に相対する女がいた。

ドレックザックは息を呑む。

周囲の男達もそうだっただろう。

女の妖艶な立ち姿、目を奪われる程の色香に人々は彼女から視線を外すことができないでいた。この世の()を集結させたかのような完成された見目形は、むしろ現実離れしていてゾッとする美しさがある。

何故ここに美しい女がいるのかと疑問を抱くよりも前にウル爺が自身の剣先を相手に向けた。

それは一つの答えであった。


「ーー魔物よ、貴様はここで死ぬがいい」


女は艶然たる顔で両の手を頭上へ翳す。

月の光が彼女に降り注ぎ、まるで一つの舞台に立つ演者だ。

()は人の泣き叫ぶ声が好き。()は人の柔らかい肉が好き。()はみぃんなで遊ぶのが好き」

朗々と語る女は淑やかな仕草で身体に手を這わし、己の体をかき抱く。

「ーーでも、いっとう好きなのは貴方達の恐怖の心。ねぇ、もっと見せてちょうだい。貴方達の壊れた姿を見せて、汚い声で(さえず)りなさい、憐れに助けを()いなさい。絶望のその先にある幸福を教えてあげる」


「ーー私の名前は彪鬼(ひょうき)、貴方達の心を支配する存在」


しんと静まりかえる世界に、彪鬼(ひょうき)と名乗る魔物の声だけが空気にのってその場を支配する。誰も彼もが地面に縫い止められたように身動きできずにいた。

彪鬼(ひょうき)は、踊るようにその場でくるくると回り語り続ける。

「さぁ可愛いお人形さん、次は一体何をしてくれるの?・・・・・・あらやだ、なぁに緊張しているのかしら、つまらない子達ねぇ。だったら、私が遊んでもいいわよねぇ」

くるりくるりと回る彪鬼(ひょうき)は自身の細い顎に手を掛けてーーーそれを引きちぎった。

顎だった部分を躊躇(ためら)い無く放り捨てる。弧を描いて肉と歯を撒き散らしてソレは俺達の足下へと落ちた。ドンっと音を立てて肉塊が転がる。


「う、うわぁ!!」


冒険者の一人が叫び、後退った。

彪鬼(ひょうき)の剥き出しになった骨と歯が異様に白く輝く。

美しい顔が無惨な有り様になってさえ、痛くも痒くもないと楽しげに目を細める化け物がそこに居た。

どよめく観衆を嘲るように女の笑い声が響く。


外れた顎、その喉奥から覗いたのは黄色く濁った魔物の目だった。


女の口から猿の魔物が飛び出して、眼前の男へと魔の手が伸びる。ウル爺は、魔物の鋭利な爪を弾き返し、返す刀で魔物の胸を突き刺した。剣を伝って血が彼を、片腕に抱く子供を染め上げていく。

そのまま剣を横に振り払い、魔物の身体に深傷がまた一つ、出来上がる。

血塗れの魔物は身体中に傷を負い、何時死んでも可笑しくない状態であるにもかかわらず、ニタニタと人間臭い笑みを浮かべてウル爺と距離をとった。

その拍子に、魔物の血液と骨、それに付随した肉塊が辺りを汚し、ドレックザックの頬にも飛び散った。

獣臭いその血液はドロリとして、付着した箇所から腐食していくようだった。しかし、それはドレックザックの錯覚であり、現実はただ血で穢されただけだ。

それが開戦の合図となる。


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ドレックザックは、ぴくりと身体を跳ねさせた。

恐れ(おのの)き叫び声を上げたのは誰だったのか、見当をつける前に恐怖は伝播し、圧倒的な力で場を制圧した。

魔物を追い詰めたのは、自分達だというのに、今、心の奥に眠る魔物に対する「(おそ)れ」が人々を狂わせた。

武器を装備し、武勇を誇る冒険者が、愛国心の強い憲兵隊員が、国の精鋭として誉高い国境防衛軍人が武器を放り出し、散り散りになっていく。

「ーーなっ、待ちなさない!!戦いを、戦いを放棄するんじゃないっっ!!!」

チェカの引き止める声など耳に入らない様子の人々は、恐怖の存在から逃亡することを第一義としてその場から離れていく。

瓦解した組織を前に、ドレックザックの口から空笑いが洩れた。

酷く心臓が拍動し、血の巡りの悪い頭で無意識に息を止めていたことに気付く。

ドレックザックは感じ取っていた。

これが本当の恐怖。

悍ましいものに対する、未知の存在に対する根源的な畏れ。


「は、はは・・・、ハッハッハッハ!!!」


恐怖で震える脚を誤魔化すこともせず、ドレックザックは爆笑した。

「おっもしれーーーっっ!!!だからやめらんねぇんだわ、この仕事!!」

爆笑して叫ぶ後輩にオルディネルが恐怖でイカれたのかと気の毒そうな顔で距離を置いた。

オルディネルの存在を無視してドレックザックは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う彼等とは反対に、爆心地で戦い続ける人物へ視線を投げた。

何故か片腕に子供を抱いたまま、魔物と剣を交わしているウル爺にこみ上げる感情を押し止めることができなかった。しかし、これ以上笑って高みの見物もしていられないと口元を手で覆い、笑いを嚙み殺す。


魔物を始点に飛び散る赤が、月明かりに照らされた舞台を染める。

まるで血の海だ。


しぶとく生に絡み付く奴の生命力の高さに驚いてばかりでは、参戦する権利もない。

ドレックザックは自身の能力を熟知していた。だからこそ、自分の力では立ち向かえないと見切りをつける。代わりになる者はいないかと周囲に目をやり、口元を弛めた。

「ーーなぁ、おい旦那ぁ。なあに企んでんだあ」

ドレックザックは見付けた。人の波に隠れてこそこそと移動する男を。

声をかけられた男はギクリと身を竦ませる。しかし、その目は逃げ惑う者と異なり、強い闘志が燃えていた。

男の懐から転がり落ちた物を見て、ドレックザックはニンマリと口端を引き上げた。


「ーー俺も楽しませてくれよぉ、邪魔はしねぇーからよぅ」



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