【三章】手の鳴るほうへ
「君達のシナリオ通り、彪鬼には死んでもらう」
奴はポリポリと頭をかいて、サラリと告げた。大したことでは無いのだと、抵抗も魔物に対する情も無い飄々とした態度に嫌悪が湧く。
「先程までの茶番は何だったんだ。契約などと嘯いて、貴様は何が目的だ!」
彪鬼は「死ね」と言われても、その表情を変えることなく、心酔した狂信者の顔で奴をウットリと見詰めていた。
「狂っている」その一言を吐き捨てたくて堪らなくなる。
だがしかし、彼等にとっては、この場で正常であり続ける私自身を「狂っている」と言うに違いなかった。
「怒るな、と言っても無駄か?仕方ないだろうに、騎士殿が精一杯甚振ってくれたからなぁ・・・正直虫の息なんだ。彪鬼が人型になったのだって話し難さもあったんだろうが、一番はこの姿でないと、あれ以上生きられなかったからだ」
ハッとして彪鬼に注意を向けるが、相も変わらず人型のままであった。
身に付けている衣服に血の滲みすらもない。
奴の言う通り、獣の胴体を切断し、息絶えだえに喘ぐその姿を見ていられず、介錯しようとしたのはほんの少し前だ。
「まぁ人型であればこうして少しでも長らえることができるが、本体がああではな・・・結局死ぬだけだよ。それなら、今ここで殺してやることがお前達も、この子にとっても、最善なのではないか?」
奴に髪を撫でられ彪鬼が嬉しそうに微笑み、首肯した。
死ぬ事に対する躊躇の無さに、本当に意味を理解しているのか疑わしいものだが、どちらにせよここで彪鬼を殺しておかなければならないことは事実だった。
彪鬼は多くを殺しすぎたのだ。スルリカでは一名を除く全員を殺害し、トゥマーン領地でも貴族の屋敷を襲ったものと考えられている。
私は暫し考え、あやふやな情報を確認すべく問いかけた。
「ーー魔物・・・彪鬼と名付けられたな、お前が最初に人を襲い、今までどれだけの命を奪って来たのか、覚えているだけでいい、吐け」
彪鬼は菫色の瞳を上に下へと彷徨わせて最後に奴へと助けを求めた。
「どうしたの?もう覚えていない?」
彪鬼はゆるりと首を振り否定する。
「この男の問が分からないのです。私が殺した者のことを言っているのか、この女がしたことを言っているのか」
この女、と自らの胸へと白い手を置く。彪鬼の元となった人間のことを指していた。
頭痛をおぼえて眉間を揉む。
蛇の尻尾を掴み出したらバジリスクであった心地だ。厄介事がまた新たに出てきたのだ喜ぶ者はいないだろう。
「女とは・・・名を何と言うんだ」
「ーーーファムリリス・・・」
そして彪鬼は語る。
ファムリリスの過去、出会い、自身が経験した全てを。
聞き終えると、私は溜め息を我慢しきれず吐き出した。
「うーん・・・、なんて言うか人間の欲深さは飽きないな」
そう感想を述べた奴も呆れたのか、それ以上は興味を失くして木に凭れた。
「領主が罪人を逃がすとはな・・・、無知蒙昧もここまで来るといっそ清々しいものだ。・・・もういいソレについては、此方側が対応することーー・・・・・・」
この場所に繋がる小道の先に複数の人の気配を感じ、私は言葉を切った。
奴も彪鬼も気付いたようで小道に視線を向ける。
奴は肩を竦めてみせ、立ち上がり彪鬼の額に触れる。
「さて、どうやらもう時間も無いらしい。彪鬼、君らしい死に様を見せつけてやればいい、出来るだろう?」
「仰せのままに。存分にこの命、醜く散らせて魅せましょう」
奴は、アルレルトの顔で笑った。
「うん、それでいい」
両者の遣り取りに、精神が犯される危機感が迫る。
『契約』という行為で何が成されたのか、真の意味で何一つとして理解できていない己一人取り残して、見えない繋がりを得た主従は静かに別れを告げる。
「ーー騎士殿、一つ頼みがある」
奴は私にあの赤を向けた。アルレルトの赤だ。
「アルレルトを諦めないでくれ」
「ーーー・・・・・・っ!」
息を呑む私を無視して、猫のようにクワリと欠伸をすると奴は眠り込んだ。その身体を彪鬼が愛おしげに抱き締める。
「待て、どういう意味だ・・・っ!!」
追い縋る私に彪鬼は静かに首を横に振る。「もう遅いのだ」と言外に示していた。
「あの御方は、深く眠っておられます」
ギリと歯ぎしりの音が響く。
私は自身の顔を殴った。己の不甲斐なさを殴り付けて、惰弱な自身と訣別すべく。
随分前に私は覚悟を決めたのだ。
此奴の師になるのだと。
既に決めていたのだ!!
奴にたじろぎ飲み込まれ、動揺した己の情けなさに激高せずにはいられなかった。
「アルレルトを寄越せ、私が・・・ーー守る」
彪鬼は目をぱちぱちさせ、私の言葉を理解するとクスクスと笑みを零した。
「どうぞ、ご随意に」
差し出した手にアルレルトの重みが加わる。子供特有の高い体温にホッとしながら、私は更に決意を固めた。
この温もりを無くしてはならないのだ。
選択をした私が、私達がそれを間違いにしてはならない。
「ーーーー認めよう、私はこの子を愛している」
幾度となく倒れ、泥に突っ込みながらも踠き、また歩きだそうとする不器用でチンケな子供だ。辛い時にも涙を我慢して「助けて」と言うことも出来ない憐れな子供だ。
そんな子供を救わないでのうのうと生き続ける事など出来るはずがない。
子供を守り、育て導くのが大人の役目なのだからーー・・・・・・。




