【三章】愛なんて言ってみろ、それに唾を吐きつけてやるよ
ザアザアと五月蝿く存在を主張する雨音に、不快感が胸中を占める。
気分の悪さを自然に訴えたところで、それらに意思は無いのだから惨めさが募るばかり。
此方を嘲るように雨音は一層激しく、遠くで落鳴さえ轟き始める。
気分を晴らすならば、身近な者に八つ当たりした方が良い。
ちょうど腹も空いてきた所でもあるし、なにより、下等生物に紛れることにーーー飽きた。
人間を知るなぞ態々、この集落に執着してまでやることでもない。
思い立ったが吉日と、住民を殺して回る。
いつだったか付き添った、狩猟のついでに得た毒草を茶に紛れ込ませると皆、眠るようにその命を散らせた。たかだか草をすり潰したものを一匙混入させればいいのだから、簡単なものである。
命はなんてちっぽけで、つまらないのだろうか。
ただ、食い殺すだけでは面白みに欠ける。
しばし考えて、独り身の者は生きたまま、少ぅしづつ甚振ることにした。
とびきり面白かったのは、体を押さえつけて皮膚を剥ぎ、筋肉の繊維一つ一つを目の前で食べてやった人間だ。
そいつは、良い反応を示してくれた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!痛い、痛い゛ぃ゛ぃぃぃぃ!!嫌だァ!やめてぇぇぇぇ、いぎっ・・・・・・っっひっひがあぁぁああああああああぁぁぁ!!!あは、あは、あははははははははははははは!!死にたい!!死にたい死にたい!!!げぇぇえ、殺して、殺してく゛れ゛ぇぇえ゛え゛!!殺して下さいぃいい、、ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい許して、許して゛え゛ぇ!!」
痛みに喚いていたかと思えば、笑い出し、自ら死にたがった。最後に大きく痙攣すると同時に失禁したので、なんとも臭う有り様だったが、白目をむいて泡を吐く凄惨な姿に胸が気持ちよかった。
反省点を挙げるならば、顔の皮膚を剥いでしまったので、その表情を読み取れなかったことだ。
これだけ騒いでも、雷鳴と雨足で何処からも気付かれることなく食事と遊びを楽しむことができた。
人々の死に様を見届けて、悦に浸る。
彼らを見つけたフォルスは、どう思うだろうか。
このあからさまな類似性に気付くだろうなあ。
そうして、次に嬲られるのは、自分だと悟るのだ。
恐怖に顔を歪めるだろうか。
出来れば、それをすぐ横で見てみたいものだが、まあ、多くは望むまい。
恐怖で狂ってしまえ、孤独に打ちひしがれろ。未来を描けず絶望に身を沈めてしまえ。
それがお前にお似合いだ。不様に震えて地に臥して孤独に死ぬがいい。
呪詛にも近いその思いを吐き出して、感情の昂りを鎮める。
雨滴が散る衣服を軽く叩いて、玄関を跨いだ。
「ーーー・・・おかえり」
微笑んで出迎えたのは、己の夫になりたいと望む頭のネジが吹き飛んだ男だ。
愛する者に対する情熱のこもった眼差しでもって、此方の脚先から頭のてっぺんまで隅から隅まで舐め回す。身を包む衣服には、大胆に返り血が染み込んでいる。
尋常ではない有り様だが、返り血など男にとっては瑣末なことであった。
怪我を負ったわけではなく、全て他者の血液であると判ずると、彼はほっと安堵の息をついた。
「ーーー良かった、君に怪我もなにもなくて・・・」
要するに、女に傷一つ無ければ、あとはどうでも良いのだ。
それまでに、男は狂ってしまった。
壊れ物を扱うように、男は愛しい存在を抱擁する。
「何か酷いことはされなかった?嫌なことがあったから、皆を殺してしまったのかな」
「何が辛かった?何が嫌だった?聞かせておくれ、愛しい人・・・」
「・・・どうして、その無花果のように熟れた艶やかな唇を開いてはくれないの」
「あぁ・・・、君の声を聞いたのは出会った時以来だ。忘れられないよ。君の美しさを前に、僕は雷に撃たれたかと心地だった。驚きで身動きが取れなかったし、頭が痛むくらいの痺れが走った」
「道に迷って困り果てた君の憂いを帯びた瞳は、太陽の光に反射する小川の煌めきのように清廉としていた。愛らしい言葉の数々に、僕の心はあっという間に、君に囚われてしまったんだ」
「・・・あぁっ愛しい人、どうか僕を愛して、僕の名前を呼んでおくれ。君が望むなら僕は金品だって、心だって、命だって、世界さえも捧げるつもりだよ」
「ーーーでも、君は何も言ってはくれないんだね。僕の愛を疑っているのかな?これだけ愛を囁いて、叫んで、狂おしいくらい、君に恋焦がれているのに・・・・・・っっ。出会ってから今日まで、僕達の距離は何一つだって変わってないんだ・・・。ねぇ、怒っているのかい、初めての夜、君と無理やり契ったことを・・・・・・」
「僕が全部悪いっていうのは分かっているんだ。君が許してくれるなら、本当に何だって差し出す、約束するよ。・・・・・・君に無体を働いた僕が悪いのは分かっている・・・・・・。理解しているつもりだし、なんなら僕は始め方を間違えたとも反省している・・・。だけど、僕のことなんて君は興味の欠片もないんだろうな・・・、だって君の胸は何一つ、僕の想いを打ち返してはくれてない」
「でも、だからって・・・・・・酷いよ。どうして彼なんだい?・・・・・・フォルスは、アイツは、僕の友達なんだよ。どうしてアイツに目を向けるの、声をかけるの、何故・・・っっ」
「どうして、僕を見てくれないんだ―――・・・・・・っっ」
男は一方的に捲し立てると慟哭の声を上げ、不様に項垂れて床に座り込んだ。
男の言っている意味が分からない。
見た目を賛辞する言葉の羅列は分かるのだが、愛だとか、恋焦がれるとか、そういった感情はやはり分からない。
だからこそ、男の物言いも求婚だのも咎めることはせず、傍に置いていた。
傍に置いて、「これは終生、理解できないものだ」と判断したのだ。
勿論、女から得た情報の中にも愛という項目はあった。しかし、それは「他者から愛される自分」という意味合いのものばかり。詳細に愛とは何か、というのを女さえ理解していないようだった。
女は愛するよりも、愛されることが当たり前であったからだ。
愛されるということ自体も、自分自身に都合良く動いてくれる、若しくは、その代償として体の関係を求めるものという認識である。
足元に転がる男を見下ろして、首を傾げる。その動作とともに、サラリと絹糸のような髪が肩から胸に落ちた。
どうして、この男と居たのだったか。
理解できないものと答えを出したというのに。
男は頭を抱えて、意味の無い言葉を繰り返す。狂気に触れた異常者そのものだ。
不要なものを生かす必要も無いと結論付けて、茶を湯呑みにそそぎ、男へ差し出す。
嫣然と笑ってみせれば、男は失意もあらわに白く染まった頬に一雫の涙を零した。
おや、おかしい。
貴様の好きな笑みを向けてやったというのに。
「ーーーだから・・・君は・・・、皆を殺したんだね・・・」
悲しみの色が濃い震える声には、解を導き出した安堵も滲んでいた。
眉を顰め、男の言わんとすることを考えるが、さっぱり分からない。
「・・・そして、僕も殺してしまうんだね。もう、僕は君にとっていらない存在なのか・・・。いや、初めからそうだったんだろうな・・・。そうか・・・、そうか・・・」
何度も「そうか」と繰り返す様は、得た解を無理やり飲み込もうとしているように映った。まるで、水中から顔を出して、餌を食べる魚に酷似して、無様ったらしい。
男は、ようやく両手で湯呑みを受け取り、儚い笑みとも泣き顔とも言える顔で此方を見上げた。
「言っただろう、君が望むなら、この命だって惜しくない・・・・・・。だから、僕の名前を覚えておいて・・・・・・リヤン。僕の名前は、リヤンだ」
名を告げ、勢いよく中身を飲み干す。
変化は直ぐに表れた。
パリンと乾いた音を上げて、手から転げ落ちた湯呑みが割れる。男は身体を震わせて、胸を掻きむしり身を捩った。
土気色の顔からは、多量の汗が吹き出て服を濡らしていく。足に力が入らないのか、床を這いずりながら、我慢しきれないとばかりに吐血した。
ポツポツと床に紅い花が咲く。
「ヒュー・・・・・・、ヒュー・・・・・・」
無意識だろう、息も絶え絶えに、それでも愛する者の足元へ身を寄せる。
憐れなその姿を前にしても、胸中を掠めるものは何も無い。
無表情で見下ろす己に向けて、男は足の甲に唇を寄せると動きを止めた。
足で男の身体を転ばして、呼吸が止まっていることを確認すると、その身に変化の術を施す。
男の姿が女のものへと転変する。
他者にこの術をかけたことがなかった為、矯めつ眇めつ観察して、ようやく合格点を出した。
この集落に残った人間は、既にフォルスだけだ。
ここで彼を殺しても良いが、どうせならば次の町まで案内させた方が後々楽ができる。それならば、奴が唯一心を砕いているこの男に成れば話しは早い。
男に変化したのは良いが、本当にこの顔形であったか確証がない。
桶に溜めた水に映る顔をしげしげと眺める。
そして、当たり前のことに首を傾げた。
ーーーはて、あの男はどういう顔をしていただろうか?
今更、男の躯にかけている変化の術を解くのも馬鹿らしく、ある程度似ていればよいと諦めにも似た境地でフォルスを待った。




