【一章】愉快な仲間達は犠牲になった
「うーん・・・やっぱりエレナは逃げ足が速いなぁ」
地上から5メートル上、木の幹に寄りかかりながら、仲間の様子をうかがう。
ランドの「人間かぁ!?!?」発言には、思わず声を潜めて笑ってしまった。
分かるよランド・・・、エレナの身体能力はゴリラ並だ。
疑いたくもなるよね。
正直、僕はこの遊びが苦手だ。
普段は読書だったり、勉強を教えたりしかしていないので体力があまりない。
生まれつきなのだろう、運動をしても筋肉が付きにくい。ヒョロりとした鶏ガラの様な身体は少し、いやかなり、コンプレックスだ。
どちらかと言うと、勉強をしている方が性に合っている。
そんな僕がのろのろ地上で走って逃げた所で、直ぐに体力が尽きて捕まるのは、火を見るより明らかだ。
実際、以前は酷い目を見た。
二度と姫役はやりたくない。
とにかく、ディックと話し合い、ここで敵を見張ることで落ち着いた。
視界の端に、太陽の光を浴びてキラキラと輝くものを捉える。
思わず、眩しさに目を細めた。
アルがニケを連れて物陰から這い出てきたようだ。
穢れを知らない真白い髪は彼の特徴だ。
そうそう見ない髪色を「院長とお揃い」と称して本人は笑っていた。
しかし、「お揃い」と表現するには、院長の御髪は歳のせいか些かくすんでいる。
「綺麗だと思うけどなぁ・・・」
どうやら、彼は自分の髪が好きではないようだ。
からかわれるときまってヘラヘラと受け流している。
院長と「お揃い」だなんて言ってしまったものだから、ろくに言い返せないのだろう。
髪色だけでなく、その瞳の色も珍しい。
本当に濃いくらいの赤ーーー鮮血のような目で見つめられるとたまに怖くなる時がある。
けれど、アルのガキ大将のような笑みはほっとする。
目は口ほどに物を言うとよく言うけれど、アルこそ最たるものだ。
喜怒哀楽全てを、果実のように熟れたその瞳に宿している。
「いいなぁ・・・なんて羨むだけ無駄だよね・・・」
感傷は横に置いて、今はこのゲームを楽しもう。
ディックから見えるように眼鏡を太陽に翳し、チカチカと合図を送る。
自陣に敵が近づいていることを知らせる効率的な方法だ。
ネルの合図に気付きディックが片手を挙げた。
ディックは大柄な見た目ではあるが、とても用心深い。端的に言えば、小心者で繊細。
自分のせいで負けたら嫌だからと、いつも真面目に、たかだか子供の遊びなのに作戦を練っていた。
何時だってこの勇者ごっこは、結局、鬼ごっこへ自然と変貌してしまうのに。酷い時は、ポイントの奪い合いだったのが、最後には相撲をとっていたこともあった。
そういう緩い遊びでも作戦を練りたいのだから、彼の繊細さには舌を巻く。
最初にカイトを捕まえた。
今回のメンバーだと勇者、若しくは騎士を捕まえた時点で相手のバランスが崩れるだろうと想像がついた。
ディックが防御で、ランドが姫を追う。
護衛がいなくなったマルコーは、姫を追わずに身を守ることを優先したようだ。
マリーナは最初からこのゲームが好きではなかったのか、今はどこかへ行ってしまったようだ。ネルから見える範囲にその姿は無い。
これは、帰宅した可能性が高い。
あとの双子だが、老夫妻とお茶を啜ってまったりしている。遊んでいたことさえ、すっかり忘れているようだ。
エレナ以外の女の子達は、戦力として除外するとしても、勇者チームで唯一戦えるのはアルだけだ。
こうなると自分達の勝利は間違いなかった。
「くるっぽー・・・」
鳩の鳴き声に、思考を隅においやる。
すぐ横に鳩が停まり、若葉をつついていた。
「・・・・・・鳩・・・ミールか・・・?」
鳩は首を傾げる。
暫し、1人と1羽は見つめあった。
ーーーーー次の瞬間、鳩がネルに向かって飛びかかる。
「・・・え!?・・・ちょっうわっっ・・・!!」
バサバサという羽音と舞い散る羽根は、混乱に拍車をかけた。
最初は1羽、しかしほんの少し目を逸らした瞬間に、10羽を超える鳩に囲まれていた。
「嘘・・・でしょ・・・」
最初に飛びかかってきた鳩がフルリと体を震わせ、排泄物を落とした。それは、あと数センチ近ければ、ネルの足に当たっていたかもしれない距離だった。
「!!!!!!」
頭上の幹に停まっていた別の鳩がフルリと身を震わせーーーー・・・・・・
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その意味を理解した瞬間、ネルはガムシャラに木から降りた。
いや、傍から見れば落ちたようにも見えたかもしれない。
地上から先刻まで自分がいた場所を仰ぎ見る。
木の幹の隙間に鳩、鳩、鳩、鳩鳩鳩鳩鳩ーーー・・・彼らは、無感動な目でこちらを見下ろしていた。
「ネルみ~っけ!」
悪戯が成功したような弾んだ声に、僕は自分の負けを悟った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネルからの合図でもって周囲を警戒したものの、そこに見知った仲間の姿はない。
ネルの合図を間違えてとってしまったのか?
それともたまたま眼鏡が反射しただけかもしれない。
その可能性が高いと腑に落ちて、緊張を解いた。
背後を見やると、カイトが遺憾の表情で畏まっているから面白い。
普段は子供達に怖がられるこの見た目も、遊びだと優位に働くことを自覚したのは、つい最近だ。
「ディックは力も強いし、でっけーから何でも守れるな」
会話の流れは覚えてない。
でも、この言葉は鮮烈で忘れることができない。
他の子供達に比べても、倍の大きさの体。肌は褐色で、吊り上がった目は、睨んでいるように思われる。
同い年から避けられてばかりの自分に「守る」という選択肢はなかった。
奴にとっては、なんてことの無い言葉だったに違いない。
その証拠に、烏と鳩の毛繕いに夢中で、アルレルトの視線が俺に向けられることは無かった。
きっと、俺の情けない顔を彼奴は知らない。
俺も見られたくない。
知られたくない。
人から嫌われる、恐怖されることが恐ろしい。
なるべく人と関わらないよう、他者から拒絶される前に自分から距離を置いてきた。自分を孤独にする守り方に、限界を感じていたのも事実。
弱虫な自分に他者を守ることなんて出来るのだろうか。
猜疑心、不安、恐怖それらは尽きることがない。
だが・・・・・・・・・・・・
それでも、アルの何気ない言葉に自分の生きる道を見た気がした。
ハラハラと頭上から舞う羽根。
それは2枚、3枚と伸ばした俺の手に収まっていく。
「・・・・・・・・・・・・っっ!!」
呆然と黒や白藍に染まる羽根を見つめ、思考は唐突に現実に戻った。自分を中心にして遥か上空から鳥たちが螺旋を描く。
「アルの仕業か――・・・っっ」
何をする気だ!
サッと周囲を警戒して、自分の足元にポタリと落ちて雫を散らせたそれを見た。
理解するまでに数瞬かかった。
足元に落下したそれと、握る羽根、鳥達を交互に見て鈍重な俺の頭は、ようやく理解した。
ミールは良くできましたとばかりに「ほ―――っ!」と鳴くと、雨を降らす。
自分を中心に円を描いて、それは落下し続けた。
「~~~~~~~~~!!!!」
声にならない叫びは、広場にいた全員の間を駆け抜けていった。
「ディックー・・・さぁ交渉しようぜ!!その糞だまりから出たかったら素直に降伏をー・・・・・・」
涙を堪えて固まっている俺に、意気揚々と声掛けてきたアルは、俺を中心に広がる地獄のような惨状に言葉をのんだ。
「えーと・・・・・・、ごめんな?やり過ぎた??一応、鳥達には汚いから当てないよう、言い含めていたんだけどさ」
「いいから!!さっさと助けてくれ!!!!」
何がなんでも、小憎たらしいコイツだけは守ってなんかやらないと胸に誓った。