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【二章】年下の前では兄ぶりたいものなのだ




坊と出会ってから、あっという間に1週間程が経った。

だというのに、未だ院長は孤児院へ戻ってくる兆しもない。

冒険者と遊んでいる子供たちは、院での見慣れた光景となっていた。

芋を蒸かしたものに、サラダといった簡単な昼食を終えるとネルと一緒に図書室へ移動する。

窓際の席に座り読書しているネルの横で俺は頭の後ろで手を組み、なんとはなしに窓から外を眺めた。

行儀悪く机に足を乗せてみせる。

院長が居ないからこそ、ちょっと悪ぶってお行儀悪いことをしてみる。特に意味は無い。

ネルはそんな俺を注意するでもなく一瞥(いちべつ)しただけで、本に意識を集中させていた。

本の題名は『悪鬼殲滅(あっきせんめつ)~ピーチ娘と野良犬編(R18)~』という題名で、全くもって内容が想像つかない。

R18ってどういう意味なんだろうか。

教えてエロい人。



窓から一望出来る庭では、ラヴィーナとエレナやランドが冒険者の人達と走り回っている。

夢中になって冒険者と遊んでいる者も多いけれど、俺達のように一定の距離を置いている者も少なからず居た。

ネルなんかは、冒険者よりも読書に重きを置いているから、誘われることさえ無ければこうして図書室に篭っている。

風邪から回復したマリーナなんて、突然現れた大人達に警戒して未だに距離を置いていた。

外出も遊びもしないとなると、室内で出来ることは限られる。

いつの間に来たのやら、俺の隣に座ってマリーナは挿絵の入った本をのんびりと読んでいる。

やる事が無い子供達は、図書室にふらりとやって来ては、それぞれが自由に過ごしている。

孤児院の図書室だからと馬鹿にするなかれ。

領主様や街からの寄付で、蔵書も目を見張るほどの数がある。棚には隙間なく本が並べられ、いつか蔵書の重さで床が抜けるのではないかと、秘かに危惧しているくらいだ。

寄付で貰った本は、歴史から文化、教育、絵本とジャンルも幅広く飽きる事は無い。

中古品なので紙が黄ばんでいたり、偶にお菓子の食べカスが挟まっていたりするが、そこさえ目を瞑れば内容に問題は無い。

それに、食べカスについてはララとミミが犯人だろう。わざわざ、「犯人です ミミ」「共犯です ララ」と頁の間にメモを挟んでいるのだから暇だったのだろうな。


一先ずネルに付いて来たものの、矢張り読書する気にもなれない。

せめてミールとニケを構いたかったのだが、何処に行ってしまったのか、あの日以降、姿を見ることが出来なかった。

大抵、名前を呼べば直ぐに駆け(飛び)付けてくれていたのに。

外に出られれば探すこともするが、この現状では気を揉むことしか出来ない。

俺に愛想を尽かしてしまったのか、怪我でもしてしまったのか、確認することもままならなかった。

孤児院に閉じ込められてから、本当に病気が流行っているのか、それとなく冒険者や、デルナ達に聞いてみたが上手い具合にはぐらかされている。

突然出来る用事と突発性難聴を患う大人達に逃げられて、それならばと出稼ぎで外出している年長者に尋ねてみても、「疲れてるから」と煙たがられ、未だ真相は闇の中だ。

いやまぁ、今真昼だけど闇の中なんだ、比喩だ、比喩。

覚えたての単語を使いたい年頃の俺、なんてお茶目さんなんだ。

可愛いったらないね。

とにかく、大人達や年長者に箝口令(かんこうれい)が敷かれているのは一目瞭然。そして、それを敷いたのは院長にちがいない。

子供達に伝えたくない事が理由で院長は出掛けていて、自分が居ない間は、俺達を外に出したくないということだろうか。

しかし、外出させたくないと言っても、年長者は仕事に行っている点で矛盾している。

本当に病気が原因だとしても、あれから毎日遊びに来ている坊は平然としているし、坊が見かけによらず頑丈な体ということかもしれないが、元気に笑い転げている。

引きこもり生活が長引けば気持ちも鬱々としてくる上に、考えたところで自分一人では答えが出ない。

俺は考えることを止めた。

自分の気持ちが赴くままに生きるのだ。


「ねぇ、アルここなんて読むの?」


マリーナが、読み進めていたページの文字を指して聞いてきた。

文体的に子供向けの恋愛小説みたいだ。

俺は、にっこりと笑って答える。

「ブルジョワジーって読むんだよ」

「どういう意味?」

「ブルジョワの国にいる爺さんって意味だよ。因みに金持ちね」

「そうなんだ、ありがと」

マリーナも笑顔でお礼を言ってくるものだから、とりあえず、俺も笑顔をキープしておいた。

どう考えても嘘の意味を素直に聞き入れるマリーナに、本当のことを言う機会を逸してしまう。


こういうつもりじゃあ、なかったんだよ。


君の純粋さに乾杯、俺の愚かさに完敗。


「いや、マリーナ違うよ。どう考えてもそんな単語じゃないから」


俺達のあまりに残念な会話に、口を挟まずにはいられなかったらしいネルに心の中で拍手喝采。ブラボ〜。

ネルのような奴が将来、良い大人になるんだろうな。

俺?俺は将来、スラム街とかなんかそこら辺で、物乞いしてるようなそんな大人になりそう。

きっと、ちゃんねーのパイオツを追い求める、駄目な大人になるのだ。

因みにちゃんねーもパイオツもこの間、冒険者のオッサン達が下品に笑いあっていた時に発していた言葉である。

最終的にラヴィーナに両耳を手で挟まれて、何を言っているのか聞き取れなかった。どういう意味か詳細は知らないが、覚えたての単語を使いたい茶目っ気ある俺の可愛さったらないね。

俺がアホ面引っさげてネルに合掌していると、眉間に皺を寄せて汚い物を見るような、そんな冷めた視線を送られた。同じ釜の飯を食っている相手に向けるべきものでは無いと思うな。

断固抗議する所存だ。ブーブー!!

俺がブツブツと文句をたれていると、深いため息と共にネルの拳が額にコツリと当てられた。

「アル・・・・・・、本読まないなら他の所行けば?」

ついにはネルからレッドカードを出された俺は、アホ面を些か見られる顔に整えて、すごすごと図書室を後にした。


まさか一発退場をくらわされるとは思いもしなかっただけに、どうしたものかと頭を悩ます。

ぶらぶらと建物の中を彷徨って、厨房でティータイムに入っているお姉様方からお菓子をもらい、太陽の光が眩しい中、ミニ菜園の草むしりという損な役回りを押し付けられていたディックを手伝い・・・最終的に、坊との密会の場である裏庭に辿り着いた。



約束の時間には些か早い。俺の頭くらいある石の上にどかりと座り込み、坊が来るのを待つ。

坊とは何度か、簡単な遊びを塀を挟んで行ってきた。

俺の中で密会と称される時間は、唯一の外界との繋がりであった。

遊びをしながら、時折孤児院の庭から漏れる子供の笑い声に坊はソワソワとして、幾度となく「中に入って遊びたい」と強請ってきた。

俺としても、塀を挟まない状態で坊と遊びたいと考えていたが、流石に院長の許可もなく部外者を中に入れるのは気が引けた。

その都度、素気無く断ると、坊は涙を堪えてご機嫌ナナメになってしまう。

坊のその姿が可愛らしくて、ついつい意地悪してしまうのだった。


院長が帰ってきたら、真っ先に坊を紹介したい。


ーーーーと思い返していた所で、坊としか名前も年齢も自宅も分からないことに気付く。

坊と遊びを通して理解したことと言えば、夢中になりやすくて負けず嫌い。かと思えば此方がわざと負けると不貞腐れる。

歳なりにプライドもしっかりある。

だが、常にそういった傾向がある訳でもなく、自分が負けてもケラケラと楽しげに笑い転げて「もう一回」と強請ってくる。

とっつきやすい性格をしていると思う。


なにより可愛い。


年下というのは、どうしてこうも庇護欲をそそるのか。

孤児院には、俺の弟や妹が沢山いるけれど、坊もその一員に加えても良いと思えるくらいには、可愛い。


ふと、気配を感じて顔を上げる。

予想通り、坊が塀に手をかけて人好きのする笑顔を浮かべ、ヒラヒラと手を振っていた。

急いでやって来たのか、薄らと汗をかいて髪はあっちこっちへと好き放題にぐしゃぐしゃになっている。

どうにも間抜けに見えて余計に可愛い。

俺は笑いを堪えて傍によると、塀の隙間から手を伸ばして坊の髪を整えた。「わあ!」と驚いていたが、俺にされるがまま、身を任せてくれる。

坊からこういった信頼を向けられる程、きっと俺達の気は合っていた。


「ねぇねぇ」


「はいよー、なんだー?」


俺が巫山戯て反応を返すと、坊はクスクスと笑う。

俺もつられてへらりとだらしなく笑った。

「今日ね、とっってもすんごーいの、見つけたんだ!!」

「とってもすんごいの?何それ。持ってきてるのか?」

坊は既に興奮して、両腕を精一杯広げて説明する。一生懸命なのは伝わるが、曖昧すぎて分からない。

「ちがうよ!それはね、持ってこれないの!!」

「んん?大きすぎて坊にゃ運べれないってことか?それで?」

坊からヒントをいくつかもらい、分かったことは「基本的に持ち運びが出来なくて、でも一部なら運ぶことが出来る。しかし、一部ではあまり凄くない。街にも少ないがそれはある」ということだった。

この情報を得るまでに10分はかかり、俺は精神的な疲労を感じていた。

もういいから、答えを教えてくれ・・・。何で急になぞなぞ始めたんだよ。

「へーそうなのかー、俺アホだからもうわっかんねーなー。もう答え聞きてーなー」

棒読みの台詞には、目をつぶっていただきたい。

目が死んでるって?大丈夫、一応生きてるから心配しないでくれ。


「なら一緒に見に行こ!!」


坊が塀の隙間から手を伸ばして、ぐいぐいと俺の手を引く。

「あだだだだだっっ!!」

引っ張られても塀の隙間は人が通れるほど広くない。

当然ながら身体を打ち付ける結果で終わる。

ゴンゴンと頭や足を打っているのに、坊は気付いていないのか無視しているのか、腕を力いっぱい引いてくる。流石に我慢しきれず坊の頭を叩いて、お互い痛みで(うずくま)った。

「坊・・・・・・、俺はこの隙間を抜けられる程、スレンダーボディの持ち主じゃないから。ボンッキュッボンッッ!!じゃなくてストン、ストン、ストンだからな!!それだけは覚えておけよ。絶対に忘れるなよ!!男の約束だぞ!!」

「う、うん・・・?分かった・・・・・・」

お互いに涙目で小指を絡めて誓い合う。

意味は分かっていないのだろうが、俺の気迫に圧されてこくこくと頷いた。

因みに、俺も自分が言ったことの意味をよく分かっていない。

ストンストンストンってどういうことなんだろうか。

ボンキュッボンならグラマラ~スな身体を想像できるけど、ストンストンストンは丸太じゃん。腹も少し出てるから俺は決して丸太ではない。

それで言うなら俺は、キュッキュッボンッという表現になるのか?それとも、ストン、ストン、ボンッになるのだろうか。

ん?ボンキュッボンってボンが胸で?キュッが括れ?なのか・・・?じゃあ、ストンボンッストンが正しいのか?

・・・・・・止めよう、これ以上考えるのは不毛だ。


頭を抑えて意気消沈している坊を視界から外して、俺は打ち付けた肩や額をさすった。

額は若干皮膚が擦れて血が滲んでいた。

この程度なら、「転んだ」と言って誤魔化せるだろうし、打ち付けた肩は服に隠れて痣も見えない。

阿呆な思考から抜け出して、怪我の確認をしていると坊が此方をじっと凝視していた。

「・・・・・・痛かった・・・?」

不安げに揺れる瞳に、俺は「痛くないと言ったら嘘になる!!」と正直に告げる。

坊は傷ついたように顔をふせた。

すまんな、坊よ。子供の世界では嘘を言ってはいけないのだ!

反省してくれ!!反省して、力加減を覚えてくれ!!

俺はもう痛い思いをしたくない、切実に。

どうでもいいが、俺は嘘もホントも大好物。

たまに無意味な嘘をつきたくなる。

おお、ブルジョワジー素晴らしき響きだ。

だがしかし、相手を疑うことを知らない人間に、嘘は禁物だと学んだばかり。嘘も方便とは言うが、使い所はしっかり見極めないといけないらしい。

俺も反省せねばな。

「・・・・・・ごめん・・・なさい・・・」

耳を凝らしていないと聞き取れない程微かな声量。

それでも俺の聞き間違いではなく、坊から確かに発されていた。

坊の頭をぽんぽんと撫でて、怒っていないことを伝える。

「もーいーから。そんだけ、俺に見せたかったんだろ?」

問いかけると坊は、ぶんぶんと首が千切れそうな勢いで縦に振った。思わず俺は、その頭を押さえて首が千切れていないか確認してしまった。

いきなり無言で頭を止められた坊は、不思議そうに首を傾げている。

お前、可愛い顔してんのに雑に扱うなよ・・・。

思わず素になるくらい激しい同意だったんだから、心配するっての。

ーーーーとは、わざわざ告げるつもりもなく、代わりに坊の手を取る。


「んーー・・・・・・、じゃあ改めて今から行くか?ソコに連れて行ってよ」


光に当たったようにパアアと坊の顔が輝く。

あまりの素直さに苦笑を禁じえない。

元気に笑う坊を前にすると、流行り病というのは院長の嘘だと思えた。

そもそもが、年長者だけ仕事に出掛けられているという時点でおかしいのだ。

他の子供達は、冒険者の存在で誤魔化しがきいているものの、ネル等は薄々俺と同じように感じている。

それでも、「院長の言っていることは嘘だ、外に出たい」と誰も訴えないのは、この外出禁止令もいつか院長が戻れば解けるだろうと信じているからだ。

今回の坊の誘いだって、院長が戻ってくるまで待てばいい話だ。

しかし、いつ帰ってくるかも分からない上に、どうせ俺一人消えたところで、誰も気付かないから大丈夫だろうと高を括る。


俺はドM製造機ーーもとい、水鞭を塀に括りつけてするすると塀を登る。

俺の背丈の2倍以上ある塀だが、板を横に張り付けているような簡素なものだ。俺の腕が楽々通過するくらいの隙間もあるし、その隙間に足をかければ、案外楽に登ることができた。

水鞭も強度や機能的に問題なく、俺はほっと一息ついた。

これならウル爺に及第点をもらえるだろう。

「こりゃ何時でも脱走できるじゃん」

いや、脱走なんてそんなお下品なこと俺はしないけどね。

今回のこれは、優雅な外出というものさ。

アフタヌーンティーをしばいてきますわ、おほほ。

ドM製造機の初仕事が外出の補助なんて、なんだか感慨深いものがあるね。

塀から降り立つと坊と向かい合う。

先ずは感動のハグでもキメるかと、両手を広げたその数瞬後に、俺は後悔した。


「ーーーーーーぐふぉうっっ!!」


坊による全力のタックルに、感動は全て持っていかれてしまった。

中身が出そうになる程の衝撃をなんとか堪えて、坊を受け止める。

顔を伏せて俺に抱きついた坊に、腹いせとして濃い蜂蜜色の髪を乱暴に掻き混ぜてやった。

タックルしろなんて誰も言ってないっつーの。

君、ハグの意味知ってる?という言葉を無理矢理飲み込んだ。

「ほら、行こうぜ。ちゃんと案内してくれよ?」



「ーーーーうんっっ!!」






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