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【二章】怖がりの勇気2




心に染み入るような、柔らかい声音にフォルスは顔を上げた。

入口に修道女の衣服を身にまとった老女とむっつりと口元を引き結んだ老人が立っていた。


入ってきた気配も無かった。


驚きに声を無くしていると、ジンバが焦ったように「食事中です」と2人へ注意を促した。

「あらあら、ごめんなさいね。私も食べ終わるまで、お待ちしようかと思ったのだけれど、なんだかフォルスさんが辛そうだったから」

修道女はコロコロと笑い、ゆっくりとフォルスの傍らに立ち止まった。

「・・・・・・貴女は・・・」

澄んだ緑は、ジンバと異なり光りの加減で黄色にも、淡青にも(きら)めいて見えた。その色は、スルリカから見る夜空に瞬く星々と同じであった。

郷愁(きょうしゅう)にかられ、その先の言葉が咄嗟に出てこない。


「お食事中ごめんなさいね、フォルスさん。私はメンティーラ・バールハイトと申します。こんなお婆ちゃんだけど、若い頃は「聖女」とも世間の人達からは言われていたわ」


フォルスは息を呑む。

聖女の伝説は、子供の頃から親に寝物語として聞かされてきた。

曰く、聖女は数百年に一度現れる魔王を勇者と力を合わせ、その聖なる力で倒す役割を担うのだと。

聖女と勇者、魔王は必ず同時代に()()()()

今代の聖女は、50年程前に魔王を倒した。その際に勇者は力尽き、亡くなったと聞いている。

勇者という尊い犠牲のもと、世界に平和が訪れたのだと。

だがしかし、それは50年前のこと、フォルスがまだ生まれてすらいない過去の出来事であった。

聖女は()うに亡くなっているものとばかり考えていた。その思い込みも、彼女の時ばかりを重ねた肌と色素が抜け落ちた御髪(みぐし)を目の当たりにして、存命であれば、このような姿なのだろうと妙に腑に落ちた。

「えぇと・・・どうして俺の・・・いや、私の名を聖女様が知って・・・ご存知なのですか」

山暮らしのフォルスには、畏まらなければならない相手等居なかった。

(おさ)でさえ、近所のお爺さんという立ち位置であったのだ。

慣れぬ言葉遣いに、聖女の背後で笑いを堪えるジンバが視界に入る。

もの凄く、居心地が悪い。

「聖女とは言ったものの、今じゃただのお婆さんよ。気安くテーラ若しくはテラとでも呼んでもらえたら嬉しいわ。それに、無理して話さなくても良いのよ。お互い自然体でいきましょう、ね?」

「は、はあ・・・」

一方的に、しかし無理を()いる様子もなく穏やかに語る聖女ーー・・・テラに圧倒され、曖昧に相槌を打つ。

何処から出したのか、ジンバが椅子を引き、優雅にテラが腰を下ろした。

立ち話できる内容では無いということか、婦人(レディ)に対する気遣いなのか、フォルスは判断が付かなかった。

椅子にしっかりと座り込むテラに、話しが長くなりそうだとゲンナリした。


「後ろに立っているあのお爺さんには、今回、私の護衛として来てもらったの。ランウェル・ベルナードよ、気安くウル爺と呼んであげてね」


無理だ、と直感が告げていた。

扉に背を預けている鉄錆色の髪を持つ老人は、終始無言でフォルスを観察している。その眼光は鋭く、フォルスの背にゾワゾワとしたものが走る。

テラと歳が近いだろう老人が、護衛などできるものか。逆にされる側ーー・・・弱者であるはずだ、と老人に対するイメージを持っていれば、誰もがそう結びつけたであろう。

しかし、この老人ーーランウェルは別だ。

隙一つ見せずに立つ姿は力強く、容易に近寄れない危うさがあった。

彼を前にフォルスは、蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。本能的な恐怖による防衛反応である。

そんな老人相手に気安くウル爺と渾名で呼ぶなど、出来るはずもない。

「ランウェルさんで!これが精一杯です」

ランウェルは、鼻を鳴らすと「さっさと話しを進めないか」と言ってテラに注意を促した。

「せっかちさんよねぇ・・・。今回、私達が貴方を訪ねたのは、当然スルリカの事件が関係しているの」

ゴトリとフォルスの中の何かが、大きく動いた気がした。

桶に組んだ水が零れてフォルスの中を冷たく満たしていくような、身体中に虫が這うような不快感、心細さに体を強張らせる。

「・・・・・・っ」

労し気なテラの視線に、これ以上みっともない姿は見せられないと無理を強いて笑いかけた。


「大丈夫です。何でも聞いてください」


呆れたとでも言わんばかりに溜息をついたジンバが、食べかけの食事を下げて「薬だけでも飲むように」と忠告をして退室した。

それを見送ったテラは、微笑ましげにフォルスを見た。

ジンバのフォルスへの接し方が、手のかかる子供に対するそれだと気付いた時にはもう遅い。

情けないと口の中で小さく呟いた弱音は、幸い誰にも聞かれず、薬とともに溶けて嚥下された。

「じゃあ、早速だけれど本題に移るわね。私達は魔物による被害がこれ以上拡大しないように動いているの。それで良ければ、もう一度、貴方から事件当日の出来事と、魔物の様子を教えてもらいたいの・・・・・・。できる、かしら?」

フォルスは、無言で頷いた。

今のような好待遇を受けていられるのは、勿論、重傷者であったからでもあるが、事件への情報提供が対価として求められているからだと認識していた。

問われるままに、見聞きしたことを答えていく。

故郷の夜空に揺蕩(たゆた)う星々と同じ、煌めく瞳を前にして、隠すことなど出来ようはずがない。

あの日、フォルスが絶望と地獄、真の恐怖を覚えたことさえも全て吐露し終えれば、今までの震えが嘘のように止まっていた。

はらはらと零れ落ちる雫は、()()()を表していた。


今日まで世話を焼いてくれたジンバにも、治癒士にも、フォルスは内情を語らなかった。


理由はただ一つ。



恥じたからだ。



己の生への浅ましさ、そして、臆病者と後ろ指さされ生きていく覚悟を持っていなかった。

だというのに、死体と化け物を前に恐怖に襲われ、一矢酬いることもできず、愚かにも山神の加護を利用してまで()()()()()()

渇望していた生を、生き延びたというのに、リヤン達に責め立てられる夢を視て、良心の呵責(かしゃく)に耐えることが出来なかった。

浅はかにも、あれ程忌避していた死を意識していた。

これを滑稽と言わずして、なんと言うのか。

相反する渇望を前に、ただただ中途半端に生きている。生かされている己の罪深さといったら、筆舌に尽くし難い。

否定もなにも口にせず、テラはただ静かにフォルスの懺悔を聴いていた。

みっともなく大の男が鼻水と涙で顔面を汚す。

見れたものではない、醜悪といっても過言では無いだろう。

だが、テラの年を経た者特有の寛容な雰囲気に救われる思いであり、それもあってフォルスは長く涕泣(ていきゅう)し続けた。

ゆっくりと背を摩る優しい手つきが、亡くなった母親と酷似している。安堵と巻き戻せない過去にただ孤独が押し寄せる。

「・・・・・・すみません・・・、みっともない。・・・でも、ありがとうございます」

落ち着いてようよう告げた感謝の言葉に、テラは笑顔で返した。

「いいえ、こちらこそありがとう。無理を強いた私が悪いのよ。あんなことがあって・・・傷つかない人はいないわ。心も体も・・・」

フォルスが涙やらなんやらで汚れた顔をタオルで拭い、人心地ついた所でテラは口を開いた。

その表情には、ハッキリと迷いが浮かんでいた。

「こんなことを・・・・・・頼む私達は本当に鬼畜なのでしょう・・・。フォルスさんさえ良ければ、その魔物を倒すお手伝いをしてもらないかしら」

「・・・・・・え・・・」

願ったり叶ったりの申し出であった。

フォルスは確かにあの化け物を恐れていた。だからと言って「殺したい程憎い」と思うこの感情を忘れることは出来なかった。

身体的にも、精神的にも、敵へ立ち向かうことができない己に落胆し、失意の底に居れば己の矮小さに嫌気がさして・・・と負の循環に陥っていたのだ。

「魔物が・・・それも知恵のある獣が・・・、こう言っては不愉快だと思うけれどーーー自分の獲物をそう易々と逃がすかしら?」

『獲物』を示す人物はフォルスだ。

普通であれば、また襲われるかもしれないと恐怖で身を(すく)ませる所だが、知っていればどうということもない。

「ーーー・・・・・・その獲物が河に流されてしまえば、覚えた臭いも消えるのは至極当然のことでしょう。・・・・・・俺を、囮として使いたかったのかもしれませんが、河に流されれば臭いを追うこともできない。河に沿って動けばある程度は追えるだろうが・・・・・・出来なかったから俺は今、生きているんでしょう」

自嘲気味に言えば、テラは黙して熟考し始めた。

あの時に、生きる道を選んだからこそ、この安全な場所で鬱々と己を憐れみ蔑み、擁護して前にも後ろにも進まぬ非生産的な時を刻んでいるのだから。

「・・・・・・貴様に次、奴が現れる場所が分かるか。その山神の加護とやらで」

ランウェルが腕を組み、傲然(ごうぜん)な態度で問いかける。

今回の事を語るに、運だけでは説明出来ないことも明白で、フォルスは加護のことも、それを使って逃げ出したことも、この二人には白状していた。

フォルスにとって直感と加護はイコールであり、それを意識して使用することは出来なかった。

「・・・・・・・・・・・・信じ、るんですか・・・。こんな荒唐無稽(こうとうむけい)なことを」

友人にさえ、詳しい説明をしたことがなかった。

「野生の勘」で適当に言いくるめていたのは、フォルスでさえあまりこの力を鵜呑みにしていなかったからだ。

(おさ)は「お前のような存在は、(たま)にいる。危険から身を守ってくれる。それは、山の神様がお前を気に入っとる、ということだ。名誉なことだ」と(しき)りに言っていたが「少しばかり運がいい、嫌な予感が当たりやすい」程度に捉えていた。

しかしそれも、フォルスの加護として確実に、誤りなく機能していることが身をもって証明された。

「くだらんと一蹴するつもりは無い。お前という唯一の生存者がいるからな」

力強い肯定の言葉は、救われるような、生きていて良いのだと存在を認められたような気がした。

フォルスは、瞑目する。

泥の中、(つまず)き苦しみ、底へと沈むしかないと諦めていた。

なんの価値も無いはずの己に、価値を見出してくれた人達が居る。


「ーー俺にも、戦わせてください」


囮でもなんでも、次へ進む(みち)があるのなら、フォルスはそれがどんな茨途(いばらみち)でも歩むことを決めた。









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