【二章】これが言葉刈りってやつですわぁ
何度か深呼吸して集中力を高める。
イメージは鞭に固定して、魔力を練っていく。水でできた鞭が眼前に顕現し、その持ち手を掴んだ。
掴んだ時に掌が少しヒヤリと濡れた感覚がしたが、持ち手が崩れることもない。
今度こそいけると確信して、それを思いきり地面に叩きつけてーー・・・・・・
「散ら・・・ない!!」
水鞭は爆ぜることも、水を散らせて霧散することもなく、形を保ちつつ鞭として機能していた。証拠に打ち付けた地面が深く抉れている。
通算83回目にして、俺は服を水浸しにすることなく、イメージ通りに魔法を使うことができたのだった。
俺は歓びに1人小躍りして、孤児院の裏庭(と言っても雑草が生えているだけ)ではしゃぎにはしゃいだ。
俺の小躍りに合わせてミールもニケも「ホッホッ」、「カァカァ」とステップを踏んでいる。
なんて可愛い奴らだ。
「あぁ嬉しい、すごく嬉しい。・・・だけどそれを分かち合う予定のウル爺に会えない!!!」
地面に蹲り、俺は1人孤独に嘆いた。
嘆きは一瞬で終えたが、ミールとニケが丸まった俺の背中に飛び乗って毛繕いをし始めたせいで動くに動けない。
暫く無言で背中の様子を窺っていると、とうとう俺の背中で2羽とも座り込み、静観の姿勢をとってしまった。
ふふ、つまりは俺とお前達の耐久レースということか。
耐えて、魅せよう!!
俺がどうして動物を相手に虚しい遊びをしているのかというと、大したことじゃない。ただたんに外出ができず、やることが無いからだ。
ウル爺に殴り倒された翌日、タイミングが悪いことに院長直々に外出禁止令が出た。
理由を聞くと、街で感染性の病気が流行し始めているから念の為、外出はしないように、ということだった。子供は病気に罹りやすいし、院内で流行したら目も当てられないから街の流行が落ち着くまで外出を禁止することにしたそうだ。
それでも、年長で仕事をしている者には、例外的措置として外出が許可されている。仕事に出掛ける者を羨望と嫉妬の眼差しで送り出すこと数回、その回数は、俺達が孤児院に引き篭っている日数でもある。
勉強したり、庭で遊んだり、家事を手伝ったりした所で外出が出来ないとなると苦しいものがある。我慢を強いてばかりでは、子供も直ぐに限界が来ると思われた。
しかし、院長は俺達の飽きへの対策として、6人の大人を新たに雇用した。
外出禁止令が解除されない間だけ、俺達の遊び相手として冒険者ギルドに依頼を出したらしい。
冒険者ギルドからやって来た6人組は、直ぐに皆と溶け込んだ。
子供達は、遊んでくれる大人に夢中で、相手をしてもらおうとそれぞれに群がっている。
このおかげで、外出できないといえども、ストレスを溜めずに済んでいた。
俺もソワソワしながら遊びの輪に加わろうとしたのだが、純粋に皆の気迫に負けて、すごすごと引き下がったのだった。
大人に遊んでもらう経験が少ない俺達にとっては、大人を奪い合うのも必然である。
ウル爺と会えなくとも、自主訓練は出来るだろうと裏庭で応援係を召喚して時間を潰していた。
思いの外、訓練に集中して目標の無詠唱も身に付けることができた・・・の、だがーー・・・・・・。
「・・・・・・ねぇ、もうこのポーズしんどいから退いてくれない?石の気持ちが分かるくらいに俺は不動だったと思うんだが、そこんとこ、どうだろう」
四つん這いの姿勢を維持すること数分、体が限界を訴えていた。腕と足がプルプルと震え、地面に着いている膝と掌が痛くて仕方がない。
それに手を伝って蟻が這い上がってきてこそばゆいのだ。
ミールとニケは仕方ないと言わんばかりに勿体ぶって地面へ舞い降りた。
登頂を目指す蟻を叩き落とし、凝り固まった身体を解す。
貴様にはまだ、俺という山は荷が重いぞ・・・お潰れなさい!!
それにしても、最近はウル爺との訓練に夢中で、2羽のことをスッカリ忘れていた。
こんな俺に若干の冷たい視線を送るだけで許してくれる友達の存在よ・・・。有難いことだ。
文句を言うことも無く、こうして俺に付き合ってくれる。
種族の壁はあれど、友達だと思って差し支えないと思う。
地面に座り直すと、膝の上に2羽が競うようにして座り込んだ。
可愛っ!!
「カァ」
「ホッ」
お触りの許可が出たので、存分に首周りを人差し指でカリカリとかく。触り心地の良さは猫並だ。この羽毛の繊細でほわっと柔らかい感触は癖になる。
暫く触り心地に浸っていると、草を踏み分け誰かが此方にやって来る音が聞こえた。
背後を振り返ると、今回派遣された冒険者の1人、ラヴィーナがやって来た。
夕陽を思わせる頭髪には、ひと房金が入っている。女性では中々見かけない短髪が、彼女のほっそりとした首を際立たせている。子供の世話が依頼としても、服の上に胸あてを着け腰に剣を下げている。如何にも「冒険者です」というスタイルだ。
冒険者と言えば、剣と魔法を使って魔物を退治し報酬を得る。そういったイメージしかない。
旅をしている冒険者が、ドラゴンに捕らわれた姫を助けて結婚したという空想の物語でしか冒険者を知らない。
勿論、街中に冒険者ギルドもあることは知っているが、出入りしている者があからさまに厳つく、子供にとっては怖い人達の集う場所という印象で、なるべく近付かないようにしていた。
「・・・・・・あれ?君はここで何をしているのかな」
不躾に眺めていた俺に、不快な表情を浮かべるでもなく声をかけてくる。
声は女性にしてはやや低く、見た目も併せて中性的だ。紫に輝く瞳を面白そうに細めて同じく俺を観察していた。
下から上まで視線が流れ、最終的に俺の目から上ーー・・・白い髪に固定される。
「遊びの輪に入れなかったので、久し振りにこいつ等と遊んでる所です」
俺は気にせずにミールとニケを撫でながら答える。
「へぇ、野生の獣は警戒心が強いものなのに、人馴れしているねえ。大人しいものだ」
ラヴィーナが感心した声を上げる。
ミールもニケも俺が傍にいる時は、知らない人間に対してもあまり警戒をしない。
信頼してもらっている証拠なのかもしれない。てへへ。
「ラヴィーナさんは、どうしてここに?」
「ん?私かい?私は今隠れんぼしている途中でね、隠れるのに丁度いい場所を探していたんだよ。君も遊ばないかい?」
成程と納得してラヴィーナのお誘いについて、しばし思案する。別に知らん顔で隠れんぼに参加しても、なんら問題は無い。孤児院の皆も普通に遊び仲間として受け入れてくれるだろう。
視線を膝に居座る2羽に移す。
しかし、久し振りに戯れているこいつ等を放って遊びに行く理由としては、パンチが弱い。
俺の心にクリーンヒットするものを持ってきてくれたまへ。
「うーん、お誘いありがとうラヴィーナさん。でも、今日は久し振りにこいつ等と遊びたいから、今日はいいです。また明日、良かったら俺とも遊んで下さい」
中性的ということは、それだけ顔が整っているということだ。
美人からの誘いを無碍にするとは、全くもって罪作りな男だなぁ、俺は。コレが異性からの最初で最後のお誘いにならないよう、男を磨いていこう。どうやって磨くんだ?やすりか?
内心で男としての誓いを立てていると、ラヴィーナが悲しそうに笑った。
「・・・・・・ここに来て思ったのだが、ここにいる子供達は皆、どこか大人びているね。君の年齢では甘えん坊な子も沢山いるだろうに。・・・可哀想に」
俺はその言葉に凍りついた。
言葉の裏には、俺たちに対する憐憫と同情、上位の者が下位の者を見下すそういった意味合いのものが含まれていた。
それを敏感に察知してしまったものだから、考えるよりも先に言葉が口をついて出た。
「・・・あの、あんまりそういう事を、皆に言わないで下さい」
「え?」
意表を突かれたのか、目を真ん丸にしてラヴィーナは首を傾げた。蒼に朱に光る紫には、悪意が混じっておらず、それがまた厄介なのだと嘆息した。
「俺達には確かに親がいません。だから、親がいる子達に比べたら、早く自立しないとって、しっかりするしかないです。でもだからと言って、決して俺達は不幸じゃない。幸せになれないわけじゃない。貴女にとって俺達は可哀想かもしれない・・・、でも俺達は幸せになる過程にあるんだ、決して可哀想なんかじゃない」
言い終えて、ラヴィーナを見やる。
彼女は無意識に、鈍感に子供達の心に種を撒いている。
その種は自身を憐れみ活きる気力を殺ぐ、絶望の種だ。
己を殺す死の種だ。
「ええっと・・・ごめんよ、不快にさせてしまったかな。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ」
ラヴィーナは困惑した顔で謝罪の言葉を述べた。しかし、顔に「意味が分からない」と素直な気持ちが書かれている。
「いいえ、俺もごめんなさい、突然。あー・・・と、そろそろ隠れないと鬼に見つかりませんか?」
遠くの方で子供達の笑い声が弾ける。
もうゲームはとっくに始まってしまっているようだ。
ラヴィーナも「あぁ・・・」とつられて声の響く方向へ顔を向けた。
「そうだね、私もゲームに戻るよ。それじゃあ、また明日、遊ぼう」
子供達の方へ身を翻し、森の清廉な香りを残して彼女は颯爽と裏庭から出て行った。




