【二章】もう着る服が無いので全裸しかない
今日も今日とて、ウル爺の所で魔法の修行だ。
魔力コントロールが出来たことで、次は魔法を発動させる訓練に移っていた。
ところで、忘れがちだが家畜の世話は、訓練の休みとしてちょこちょこ手伝っている。
ウル爺も仕事の合間に訓練を付けてくれているので、彼への感謝みたいなものだ。
因みに、俺は馬肉も牛肉も好きだ。
運動して沢山草を食べて筋肉を育んで欲しい。絶妙にのった脂と筋肉で引き締まった肉は美味い。しかし、筋肉が付きすぎても肉質が悪くなる。
それは、ウル爺と俺で微調整していくからな。
安心してのびのびと育って欲しいと慈愛の目で見ていたが、放牧していた馬や牛達が俺を中心に散って行った。
何故だ・・・・・・。
悲しみに暮れる俺を不思議そうに見上げ、体を寄せてくる子羊にささくれだった気持ちも癒される。
遠目でみるとモコモコとした毛は、雲みたいで気持ちよさそうだが、案外手触りは硬く最初に触れた時は悪いけどショックを受けた。
「俺はジンギスカンも好きだ・・・」
肌触りは横に置いておいて、こんなに優しい羊を愛さない人間がいるだろうか、いや、いない(反語)。
しかし、俺の告白を聞くなり、子羊達も俺を置いて駆けて行った。
プリプリとお尻を振っての全速力に、俺は泣いた。
「美味しそ・・・じゃなくて、お前も俺を見捨てるのかぁぁ、ジンギスカーーーン!!」
俺の嘆きが牧場に木霊していく。
本当のことを言うと、馬は食用ではない。
あとの家畜は諸々最終的に皆の食卓に上がる予定だけど。
一頭の馬が、哀愁漂う鳴き声をあげた。
どうしたどうした、何か辛いことでもあったのか?
茶番劇を繰り広げていると、ウル爺がお茶を飲みながら冷めた目を俺に向ける。
うーん、ブリザード。
俺の身も心も冷えていくね。ちょっと誰か俺にマフラーを下さい。それか抱き締めて下さい。
「遊んでないで、訓練の続きを行うぞ」
嘶いた馬の鬣を撫でていると、むんずと首根っこを掴まれて、そのまま動物から離れた場所まで引き摺られる。
首がいい感じに締まるのでやめて欲しい。俺は抱き締めて欲しいのであって、首を絞めて欲しい訳では、断じて無い。
「しめる」場所が違うだけで生死にかかわるのだから、気を付けて貰いたいものだ。
だからと言って、この筋肉ゴリゴリの爺さんに抱擁されたら、精神的に俺は死ぬだろう。
多分ウル爺も死ぬ、精神的にも社会的にも。
本当に自分の弟子を殺しかけるのが上手いな〜、この人。
もしかして、計画的犯行?
・・・・・・はっ!もしや、俺はこの人に命を狙われているのだろうか。
俺の巫山戯た思考を振りほどくように、ウル爺は俺の手を離すと乱暴に地面へと放り捨てた。
ついこの間までは、殺り過ぎた(俺的には誤字じゃない)と反省したのか俺に対する扱いがもう少しばかり丁寧だったが、今ではこの有様である。
喉元過ぎればなんとやら、優しさとは本当に無縁な男だ。
臀部から偉大なる大地へと挨拶を交わした俺は、痛めた尻を摩って立ち上がる。
挨拶が激しすぎて尻部分が汚れてしまうし、引っ張られて俺の体重がかかり、首回りが伸び切ってしまった。お気に入りの服だっただけに、気分はみるまに落ち込んだ。
若い子の繊細な心等、奴には分からんのだ。
ウル爺はぞんざいに俺を扱う。
その弊害として服が何着かボロ雑巾のようになってしまっていた。服は安くない上に、都度院長に繕ってもらっている。いい加減、被害の甚大さに俺は腹の底に溜まっていた鬱憤を吐き出した。
短い髪の毛を無理やり指でくるくる巻きながら、結婚して早々、義母に嫌がらせを受けまずは旦那を味方に引きずり込もうと画策する強かな嫁をイメージして話す。
街のお姉様方は、大体こんな感じなのだ。
「ウル爺さーーー・・・、移動する時に俺の服掴むの止めて欲しいんだけど。これさ、孤児院支給の奴だから、いつかは下の子供に回さないといけないんだ。俺だけの服じゃねーの。それを毎回訓練の時にボロボロにされたら、院長に縫ってもらうのも申し訳ないし、なにより服がもう限界なんだけど」
俺の服が日毎、無惨な有様になっていくことで、俺が無体を強いられているのではないかと心配する声が孤児院内外の大人達に上がっていた。
しかし、尾行してきた八百屋と花屋の店主は、俺とウル爺のやり取りを見て「問題なし」と判断し、ウル爺の風評は事なきを得たみたいだ。
俺は全くもって遺憾の意を表明したい。
粗雑に扱われている筈なのに「問題なし」ってそれこそ問題だろう。
異議あり!!
店主の目は、節穴に違いない。
まぁ、確かにウル爺から理不尽な暴力を受けたことはないけれど。
そもそも、牧場経営しているウル爺には、従業員が数名付いているし、何かあれば彼らが俺のフォローをしてくれる、・・・・・・筈だ!!
「・・・・・・あぁ、お前の暢気な様子を見ていると忘れるが、そういえばそうだったな」
ウル爺は上から下まで俺を眺めると、納得したように頷いた。
一言余計なセリフが入っていたが、聞き流すくらいの心の広さは持ち合わせている。
「・・・・・・そんな目で見るな、悪かった悪かった」
誤魔化すように咳払いして、宥めるように俺の頭をポンポンと叩いた。
そんな目ってどんな目だろうか、俺は心の広い男ワーストワンで有名だというのに・・・。
「とにかく、とっとと訓練を再開するぞ。教えた通りに魔法を発動してみろ」
「はい!」
気持ちを切り替えて真面目に返事をしたというのに、嫌な顔をされた。
これこそ理不尽の極みだ。
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魔法には幾つかの属性が存在する。
自然元素である、火・水・風・土が基礎として、氷・雷が上位属性になる。それらとは別れて光・闇・呪・無は自然元素とも異なり、この世の理を覆す最上級属性とも言われている。
そして、皆がみな全属性を使えるかというと、そういう訳ではない。
多くが基礎属性を1つないし3つ使える程度で、得に上位属性を扱える者はこの国で魔法が使える者の半数よりもさらに少なく、1000人に1人いたら良い方で、最上級属性となれば実際に使用出来る人間は、50人も満たない。
上位属性以上の適性があれば、国力の1つとして国への登録が義務となっている。
適性がある時点で、国からのバックアップとして、学習の機会や生活の助成を受けることができる。しかし、恩恵を受ける代わりに有事の際には、戦力として前線を駆けなければならない。
力を持ち過ぎても、良いように扱われるというわけだ。
説明を受けて、首輪を嵌められるとは、まさに国の犬だな、と他人事のように思った。
ところで、10歳になれば属性と魔力検査が領主館で行われる。いくら生活魔法レベルの魔力しか保有できなくとも、得意な属性はあるし、国が上位属性保持者を把握しておきたいが為に、適性検査は領主の義務として課せられている。
確かに、10歳の祝事として年に1度、領主館で対象の子供達は、豪華な食事を目的に参加している。
孤児院で参加した者からは、どれだけ領主館が大きかったか、出てくる食べ物がどれ程豪華で美味しかったか、と自慢された記憶しかない。
まさか属性検査が本来の目的であったとは初耳である。
子供からしたら、検査よりも目先の食事の方が価値としては大きいので、それもまた仕方が無いのかもしれない。
俺はまだ検査の年齢に達していないので、自分の属性は分からない。
だが、水球を発現できるから水属性を持っていることは確実らしい。
意識を集中して、微細の魔力を人差し指に寄せ集める。
蔓のように細くしなやかで、ゴムのように弾力性があるものを具体的に想像して、創造する。すると、鞭のように細い水が指先から現れた。
これが出来れば、第一段階はクリアだ。
それを振るっておもいきり地面に打ち付ける。「バシャン!」という音と共に水飛沫を上げて散ってしまった。
辺りも俺の服もびしょびしょだ。
また1着ダメにしてしまった。
傍から見たら、俺って物凄く間抜けなのでは・・・?
「・・・・・・まぁ、いいだろう」
ウル爺は俺を盾にして、少し離れた場所に1つの染みなく立っていた。俺は、より目を細めて非難がましい視線を向けたが、華麗に無視される。
この程度では相手にしない、ということか。
ついさっきまで服について苦言を呈した所だが、原因が俺自身では文句も言えない。
俺を盾にした件については、後で追求しておこう。
俺は心の狭い男、ナンバーワンだからな。
「ーーーでは、形状はそのままに、硬度やしなやかさをあげて続けろ。今日は、地面に打ち付けても形状を保つまでだ」
鬼だ、鬼がここに居る。
想像することもやっとなのに、その具現化も至難の業だ。
先程から訓練しているのは、魔法の無詠唱とそれに関連しての想像力の底上げだ。
魔法は基本的に詠唱することによって発現する。
今まで水球を出す時も俺自身そうしていた。
出来るはずがないと否定する俺に「私は詠唱していないぞ」と悪どい笑みを浮かべて言い負かされた。
ウル爺が無詠唱で魔法を使い、俺を殺しかけたことは記憶に新しい。というかトラウマに近い。
ウル爺曰く、詠唱をすることによってイメージが固まり、魔法が発現しやすくなるのだという。その為、イメージさえ具体的に持っていさえすれば詠唱は必要なく、無詠唱で問題なく魔法が発動する。
つまり、詠唱は魔法の補助を担っているのだ。
詠唱するよりも無詠唱の方が楽でいいし、発動の時間短縮にも繋がるので覚える事は別にいい。
どころか、喜んで訓練を受けよう。
だが、無詠唱の訓練を今日から始めたのに、求められるハードルが高すぎて越えるよりそれを潜りたくなるのは俺だけだろうか。