【二章】泣き落としは女だけの武器じゃない
回りくどい説明を終えると、次は魔力を感じる訓練を受けることになった。
「先程も説明した通り、魔力というのは空気中に充満しているし、私達の身体にも巡っている。今更当たり前にあるそれを感じとるというのは、本来、1人では出来ないものだ」
「え・・・そうなんですか?じゃあ今までの院長からの教えって・・・」
一体、何だったんだという言葉は無理やり飲み込んだ。
あんなに良くしてくれる院長をあまり悪く言いたくも無かった。
何より、爺と院長は知己だ。
変な事を院長に吹き込まれたら堪らない。
要するに陰口。陰口はダメだ。
受けたことがあるから分かる、ありゃダメだ。
視界に映る髪色が憎らしい。
「一旦忘れろ。アイツには教える才が無かっただけの話し」
しかし、爺の方が院長を斬り捨てた。
少しだけ爺に対する好感度が上がった。地中深くにまで下がっている好感度なので、まだまだマイナスだが。
「・・・・・・・・・・・・」
爺が少し悲しげにこちらを見ている。
俺の後ろに誰かいるのだろうか。
背後を振り返ってみるが、そよそよと草木が風で揺れて穏やかな景色しか広がっていない。
勿論誰もいない。
よく分からないので無視しよう。
無視したい気分なんだ。
「では、魔力を感じるには、どうすれば良いんですか?」
「う、うむ。だいたい、魔導士や魔法に長けている者が導くのだ。これからお前の身体に触れて私の魔力を流す。それを意識してみろ。自分の魔力と私の魔力を」
「待ってください。魔力が枯渇したら、昏睡状態になるって言っていましたよね。俺の魔臓官の許容量を超えて師匠の魔力を流すというのは、人体に何らかの支障が出たりしないのですか?」
これは他者への魔力の譲渡になるのか?
その場合の譲渡先の人間に負担はないのか、分からないことが多い。
事前に教わった魔力についての情報を整理すると、不安は拭えなかった。
「まあ聞け。魔力と言えども、それは私の魔力であり、お前のソレとは異なる。例えるなら、そうだな・・・水と油だ。交わることはなく、故にお前の魔臓官に貯まることもない。要するにお前の魔力はお前だけのものであり、譲渡はできんし、魔臓官がはなから受け付けん。勿論、他者の魔力が身体に流れようと害はない。魔力自体、にはな」
成程、害がないからこそ、魔力コントロール前のビギナーに師匠なりなんなりが魔力を流して自分の魔力を理解するという一連の流れがあるわけか。
納得して頷いていると、「問題が無ければ始めるぞ」と肩に爺の手が置かれた。
「・・・自分の魔力を感じるには、何かコツとかありますか」
感じる感じる言われても、もっと具体的な助言が欲しかった。
「そうだな、リラックスして肩に置かれている私の手から流れるモノを意識してみろ、としか言えんがーー・・・まぁやってみるしかない、こんなものはな」
「ーーーはい」
逸る気持ちを抑える為に深呼吸し、言われた通り、なるべくリラックスしている状態に持っていく。
肩に置かれた手には、所々傷が付いていた。
新しいものも、古いものもいっしょくたで、何故だかこういった生き方しかできない爺を憐れに感じた。
凝視していた無骨な手がピクリと反応し、冷たいものが流れる。
一瞬、肩から水でもかけられているのかと勘違いしてまったソレは、肩から手先へ、胸に脚へと流れていく。
恐らく、コレが爺の魔力だ。
心の臓を凍らせる程に冷たい感触は、決して俺と交わることがないのだと理解するに十分であった。
この冷たさに本当に身体が震えてしまいそうで、歯を食いしばり必死に耐えた。
温かいはずの爺の手の温度さえ感じることができず、縋るものがなくて途方に暮れる。
必然、温もりたいと願うと、関係する記憶が浮かんでは沈む。
ネルと1つの布団で包まって、お互いの夢を打ち明けて寝たあの日、じゃれて抱きつくエレナの鼓動と体温、擦り寄るミールとニケの柔らかな羽根、寒空の下笑顔と料理で出迎えてくれた院長の姿ーーーー
ーーー・・・・・・傷ついた私を見て流した少女の涙ーーー・・・・・・
ぽぅっと心臓に炎が灯る。
突然のことであった。
ガチガチに冷えた心が確かに溶かされて、胸から身体中に巡っていく。まるで、流された異質な魔力を追い出すように、上書きするように。
全身を巡り終えると熱は心臓に収束された。
1つの確信であり、揺るがぬ真実でもあり、俺は魔力コントロールができるようになったのだと直感した。
「・・・・・・・・・・・・」
のろのろと心臓に手を当てる。変わらずトコトコと打つ鼓動に先程の炎はなりを潜めていた。
実際に目にした訳では無い。
だがアレは俺の炎だ、俺だけの魔力ーー・・・。
「・・・・・・本当に恐ろしいな」
唖然とする俺に、爺は自嘲の笑いを浮かべていた。
「え・・・・・・」
「お前の才能は群を抜いているな・・・。普通は、1度で魔力の把握からコントロールには至らん。回を重ねていくものだ・・・」
「し、しょう・・・・・・」
ゴクリと唾を飲み込み、視線を合わせた。
魔力コントロールが目的だったはずなのに、黄金の瞳には激情がちらつき、どうしてか、彼は怒っていた。
彼自身とそして、俺に。
「ーーー・・・悪いな、私も腹をくくろう。私の識る魔法の全てをお前に授けよう。お前の、私達のために」
肩から力を抜いて、息を吐く。
金に混じる激情は、直ぐに消え去り、凪いでいた。
この人は、俺を受け入れてくれた。
今、初めて。
院長を介することなく俺、個人を。
院長の次に俺を受け入れ、認めてくれた。
ようやくだ。
俺とウル爺は、ようやっと同じ目線で会話をしているのだと感じた。
「・・・・・・今さら、かよ・・・。ウル爺・・・おっそいよ」
目から零れる涙は喜びか、悔しさか。
「男ならそう簡単に泣くものじゃない」
頭を乱暴に撫でられて、力任せの慰めに視線が下がる。
珍しくも慌てた様子の声音に、俺は思わず笑みを浮かべたのだった。