フタナベ=アツシの洞くつ探訪
フタナベ=アツシが洞窟を見て回るだけのほのぼのファンタジー
この作品とは全く無関係ですが、渡辺篤史の建もの探訪という番組を1度見てから読んで頂くとより楽しめるかもしれません。全く無関係ですが(大事なことなのでry
おはようございます、フタナベ=アツシです。
今回ご紹介するのは初心を思い出させてくれる無骨な洞窟型のダンジョン。
同行するのは元Bランク冒険者、ランディーさんのパーティ。
いったいどんな冒険が待っているのでしょう。
「おはようございます。フタナベアツシです。今回は初級冒険者から挑めるプロンテラ国ラグドー地方のアルプダンジョンに来ています。同行してくださいますランディーさんは一線を退いていますが、現役時代はBランクまで上り詰めた冒険者ということで。おはようございます、本日はよろしくお願いします」
「おう!」
「そして、そちらがお弟子さんの」
「はい、弟子のウグルです」
「ほぉ、立派な顔立ちをしてらっしゃる。冒険者歴はいかほどですか」
「冒険者になって9ヶ月、師匠に付いてからは3ヶ月程になります」
「はぁー、今が一番楽しい時期だ。目を見ればわかる、実にイキイキしてらっしゃる。一つ気になったのですが、その鎧、大きな傷がいくつもありますけど、どれも古い傷のように見えるのですが」
「えぇ、これは師匠から頂いたものです」
「おいおい、貸してるだけだっていつも言ってるだろ」
「だけどアルプダンジョンを攻略したらもらっていいんですよね!」
「そうは言ったが、全く気の早ぇ野郎だ。そんなお下がりのボロよりもっといい装備プレゼントしてやるって言ってんのによぉ」
「いえ、僕はこれがいいんです。師匠のこの鎧が」
「まったく、しょうがねぇ野郎だな」
「若いってのはいいですねぇ、威勢がよくて実に頼もしい」
「いやいや、危なっかしくて見てられねぇぜ」
「それも若者の特権ですよ。では早速ダンジョンの方を。まずは外観から、失礼します」
アツシは一礼してダンジョン入口を観察する。
アルプダンジョンは小高い丘のふもとに入口を構えるダンジョンだ。切り崩れた岩肌に軽く屈んで通れる程度の入口が空いている。
アツシはその剥き出た岩肌を叩いたり撫でたりしながら感嘆の声を漏らす。
「ははぁ、なるほど、なんの魔力も持たないただの岩だ。一見、魔獣の巣のようで、中型の獣が冬眠でもしていそうな雰囲気。遺跡型にはない自然そのものの味わい、そこから始まる暗闇で先のみ通せない緩やかな傾斜。実に冒険心をそそる。ではさっそく中へ、失礼します」
入口の雰囲気を堪能したアツシと一行はアルプダンジョンの内部へと踏み込んだ。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
威勢のいい掛け声とともにランディーの弟子、ウグルがワーウルフに剣を振るう。喉元を斬られたワーウルフは地に倒れ、血溜まりを広げながらやがて動かなくなった。
「いやいやお見事。努力の積み重ねが伺える実に実直な剣だ。的確な指導と当人の鍛錬が見ているだけで伝わってくる」
「はい!師匠にはいつも厳しく指導してもらってます!」
「なに、まだまだよ。ほら、とっとと素材を剥ぎとれ」
「はい!」
ウグルの屈託のない受け答えにランディーは照れを見せる。
ウグルは慣れた手つきで短刀を振り、ワーウルフから必要な部位を捌きとる。
「アリの巣のように通路と広間を繰り返すなかで、狭い通路では小型のスライムが、広間では中型のワーウルフが構えている。自分に有利なフィールドをしっかりと把握した魔物の知恵だ」
「こっちも狭い場所でワーウルフと出くわすことが少ねぇから助かるけどな」
「天然ものの洞窟ゆえに罠がないのは心にゆとりを与えてくれますね。安心して目の前の好奇心に集中出来る。駆け出しの冒険者には理想のダンジョンだ」
「師匠!またワーウルフが。はああああ!!!」
ワーウルフが3頭こちらに迫ってきたが、察して飛び出したウグルが1人で危なげなく対処した。
「こらウグル!あまり勇むんじゃない」
「ははっ、ワーウルフに遅れをとる自分じゃありません!少しは信用してくださいよ」
「信用どうこうの話ではない。命に関わる問題だ!」
「1番戦い盛りな時期ですからね。気持ちが前へ前へと向くのも仕方ない。ウグル君は将来の目標なんかはあるんでしょうか」
「はい、僕の目標は深海洞窟アクアビスを踏破することです。かつて師匠ですら最深部まで行き着けなかったという洞窟に自分も挑んでみたい。そして制覇したいと考えています」
「それは実に大きな目標だ。しかし大きな目標を掲げながらもこうして地道に努力を重ねている。なんとも殊勝な心持ちじゃありませんか」
「ひたむきなのはいいんだが、向こう見ずなところがあるからなぁ。………ん?」
何かに気づいたランディーが洞窟の先に剣を構える。
洞窟の先は曲がり角になっているため奥までは見通せないが、通路の先からは犬の唸るような声が響いてきた。
それを聞いたウグルも遅れて警戒する。
「最深部の目の前だと言うのにまだワーウルフがいたか。ちょっと行ってきます!」
「あ、待ておい!!」
「うおおおおおお!!!」
ランディーの制止を聞かずに1人飛び出したウグルが曲がり角の先に消えた瞬間、ウグルの体はすぐにランディー達の元へと戻ってきた。
何者かに派手に飛ばされてしまったウグルはすぐに立ち上がろうと地に手をつく。
「くぅぅぅ!いててて……。師匠、ケルベロスです。最下層から通路に上ってきてたみたいです。………あれ、足に力が………おかしいな、全然痛くないのに………感覚が」
「ウグル………お前………」
「あれ…師匠……どこですか…………どうして真っ暗なんだ……灯り………を………………」
腰から下を失ったウグルはゆっくりと口から血をこぼして、ランディーの腕の中で動かなくなった。
「ウグル………ウグル…………うおおおおおおあああああああああ!!!!!」
力の限りの咆哮をあげるランディー。
ウグルの瞼を閉じてやると、既に息絶えたその体をそっと床に下ろし、剣を地面に突き立てた。
「大地の精霊よ、我に力を!」
ランディーの呪文に答えた剣はその身に幾何学模様を浮かび上がらせる。
周囲の壁から岩が剥がれ、それらがランディーの体を包んでいく。
「精霊武装、アースアルカトラス」
全身を岩の鎧で固めたランディーは地面から剣を抜いて構える。
それに応えるように姿を見せたのは2つ首の獣。その姿はワーウルフに似しているが、体格は倍以上あり、腰からは10本以上の尻尾が揺れていた。
「ケルベロス……ではないな。なんでもいい、貴様だけはっ!」
一足飛びに目にも止まらぬ早さで犬型の魔物との距離を詰めるランディー。勢いそのままに獣の横を通り過ぎると、遅れて獣の2の首がずるりと落ち、残された体もそれを追うように横たえた。
ランディーは剣を鞘に収め、冷たくなったウグルの上半身を抱き上げる。
「私がもっと、厳しく言いつけておけば…」
「突然の不幸、悲しみの別れ、これもまた冒険者の常。とはいっても、仲間を失う悲しみは何度経験しても慣れることはないですねぇ。ランディーさんの涙からは、ウグルさんへ向けていた思いの丈が伝わってくるようだ」
「……何言ってんだ」
「はい?なにか?」
「こんなときに何言ってんだ!淡々と!粛々と!なんでもないように!ウグルが死んだんだぞ!死んだんだ!俺が泣くのを見てそんなに楽しいか!!」
「なーんだ、やられちゃったんだ」
アツシに掴みかかっていたランディーだったが、洞窟の奥から聞こえてきた幼い声に振り向き、すぐに剣を構えた。
「やっぱり駄犬はいくら掛け合わせても駄犬だね」
黒いローブに身を包んだ少年と思しき者は、ランディーが倒した魔物を足蹴にしながら愚痴をこぼしている。
「貴様か、その魔物を放ったのは」
「そうだけど、なに?……なに、その目、なにか文句でもあ―――」
少年の言葉が終わるのを待たずにランディーは駆け、躊躇無く少年に刃を振りかざす。
しかし少年は小柄な体を活かしてランディーの脇を抜けてそれを回避。
それを追うように少年に手をかざしたランディー。
「ストーンヘッジ」
ランディーの手から石つぶてが数発とばされる。
たまらず懐から短剣を抜いて礫を弾く少年。その隙にランディーは間合いを詰めている。
「はっっ!!」
ランディーの渾身の一撃を受けて真っ二つに裂けるローブ、しかしそこに少年の身体はなかった。
「なっ………に…」
いつの間にかランディーの後ろをとっていた少年は、邪悪さを秘めた笑顔でゆっくりとランディーから離れる。
その手に握られた短刀は血に染まっていた。
ランディーの岩の鎧が剥がれ落ちる。露になった腹部には穴が空いており、ゆっくりと血が滴る。
ランディーは崩れるように膝をつき、そのまま前のめりに突っ伏した。
「あっはっはっは!弱いくせに粋がるからこうなるんだよ」
少年は高笑いをあげながら倒れたランディーのを何度も何度も蹴りつける。
「あーあ、ローブがダメになっちゃった。また貰えばいいか。で、仲間がやられてるのに助けもせずに突っ立ってるおじさんはなんなの?」
「おはようございます、フタナベ=アツシです」
「は?名前なんて聞いてないんだけど。おじさん、頭イってんの?」
「今回やってきたのは最下層で禁忌の実験が行われているアルプダンジョン。実験を行っているのは今、急激に勢力を拡大している邪教集団『クロムセンス』。いったいどんな魔術に出会えるのでしょうか」
「お前……どうして僕達のことを。なんで知ってる!答えろ!」
狼狽えて激昂する少年。アツシはその声に答えることは無く、笑顔もまるで崩さない。
「ふん。まぁいい、見られた以上は消えてもらうだけだ」
少年はまるで無防備にしか見えないアツシに刃を向けた。
「いかがだったでしょうか。どこか懐かしさを感じさせてくれる洞窟型のダンジョン。そこに渦巻く数々の情熱、夢、陰謀、そして別れ。初級のダンジョンにも、様々な人間模様が溢れていると感じました。たまにはこういう場所に立ち返ってみると、忘れてしまっていた大切な何かに気づくきっかけになるかもしれません」
丁寧に一礼するアツシ。
その周囲にはいくつもの獣と、黒装束の残骸が転がっていた。