悪役令嬢は百合ルートを開拓する
「……これは、チャンスかしら」
鏡の前で、自分の顔を真っすぐ見つめながら呟いた。
何故か鏡を見る度、違和感に苛まれていたがその理由がやっと判明し、ゆっくりと頷く。
どうやら私は転生したみたいだ。
前世で何度も転生ものは読んでいたけれど、まさか自分が該当者になるとは……予想外だった。
頭をぶつけた拍子にとか、高熱をだして、なんていう事がきっかけではなくて。
まるで忘れ物を思い出したかの用にふわりと脳裏に浮かんできた。
「記憶を取り戻した瞬間、激しい痛みに襲われなかったのは喜ばしいことだわ」
更に運の良い事に、寝る前だったから周りは誰もいない、ゆっくりと状況を整理することができる。
ひとまず始めに《今の私》についてまとめましょう。
伯爵家の長女、名をフランチェスカ・ハート。
赤い瞳に、銀色の髪。まるで吸血鬼みたいだけれど差別されるようなことは特にない。
歳は一週間後に四歳になる、弟が一人、家族仲は正直言ってしまえば悪いほう。
それから……手をそっと前にだし、目を閉じながら念じる。
ゆっくりと瞳を開くと、掌の上に野球ボールぐらいの光球が現れ優しく周りを照らしていた。
「間違いないわね。《ナイトメア~光の花を咲かせる乙女~》の悪役令嬢が、私」
万が一誰かに見られてしまわれぬように、すぐに光を収める。
《ナイトメア~光の花を咲かせる乙女~》とは、
PCで発売されていた同人乙女ゲームだったが、
攻略対象が絶妙にいろんな趣味思考のお姉様方の好みへとヒットし、
一風変わったシステムが評判をよんでコンシューマに移植された話題作。
物語は、言ってしまえば定番だけれど貴族たちが通う学園に
数少ない光魔法の素質がある庶民のヒロインが入学するところから始まる。
入学から卒業までのまるまる三年間をプレイすることができ、
まるで本当に異世界の学園に通っているようだと好評だった。
むしろ恋愛要素よりも学園生活の方が評判よかったんじゃないかしら。
校内全てを自由に動き回れたし、テストだって真面目に台詞を読んでないと解けない難易度。
恋愛そっちのけでプレイする男性ユーザーが多かったのもよく分かる。
学校のお気に入りの場所をSNSでスクリーンショットを共有するのも流行っていたっけ……。
屋上の庭園、夏の夜に行くとすごい綺麗なのよねぇ、今からどう忍び込むか考えておこう。
……っと、話が脱線した。
さて、ここで重要なのは《魔法》の存在。
一人につき一つ、生まれつき属性の適正があり、一番多いのは風、次に炎、水、地、雷。
千年に一人いるかいないかと言われるレベルで希少なのが光と闇。
ヒロインは光、対してライバルのフランチェスカは闇という定番具合。
一年生の頃から魔王が復活するかもしれないと噂があり、
二年生後半で噂は真実だと判明する。
魔王に対抗できるのは光魔法をもつ聖女と、真実の愛。
卒業の一週間前、ついに復活した魔王は聖女の存在を恐れ真っ先に襲いかかってくるのだが……。
ヒロインと一番好感度が高い攻略対象に再び封印されてしまう。
ここで鍵になるのがフランチェスカの存在。
フランチェスカは実は属性を風と闇の二つを持っている。
表向きは風のみしか使えないと思わせておいて、周りを欺いていた。
フランチェスカ自身、禁忌と恐れられている闇魔法を使えることを好ましく思ってはいない。
何事もなければ誰にも知られる事はなかったのだが……ヒロインの存在が彼女の心をかき乱した。
最初のうちはみんなにいじめられていたヒロインだけれど、
だんだん回りに認められ、友達ができ、攻略対象から愛され始める。
フランチェスカは最後まで彼女を受け入れる事ができず、嫉妬に身を焦がせた。
取り巻きたちとともにヒロインにいじめ続けた結果、待っていたのは
卒業式のダンスパーティーでの愛する婚約者からの婚約破棄。
『そんな……サンバード様……何故ですかっ!』
『言うまでもないだろう。君の行いは私の婚約者として相応しくない』
心が耐えきれず闇に染まった彼女は、
『世界なんて滅んでしまえばいいのに』という願いの元魔法が暴走してしまった。
その結果、魔王が復活するタイミングが早まってしまうのだ。
しかも復活した魔王に少しでも力を回復する為と食べられ、最後を迎える。
本当に報われないキャラクターだ。
『私だって、貴方のように愛されたかった』
死ぬ間際にフランチェスカがヒロインに向かって言った台詞は
何人のプレイヤーの心を貫いたことだろう。
実は彼女もヒロインの事が好きだったのではないか説を私は推している。
どのルートを選んでもデッドエンドが待ち構えている悪役令嬢だなんて、不幸だと普通の人は言うのでしょうね。
先ほども言ったけれど、私にとってこれはチャンス以外の何物でもない。
いくらここがゲームの世界だとしても、住んでいる人からしたら紛れもなく現実の出来事。
それは運命を、ルートを変えることができるということ。
神様が与えてくれたこの機会を逃すわけにはいかない、何が何でも攻略したいキャラがいるのだ。
ゲームにでてくるモブを攻略? 違う、メインの中のメインで一番人気だった相手だ。
婚約破棄をしてくる婚約者の王子様? 違う、あんな優男こちらから願い下げよ。
悪落ちして世界を壊す魔王と一緒に世界を支配する? 違う、好きな人と平穏に過ごしたい。
私の望みはただ一つ、
《ナイトメア~光の花を咲かせる乙女》の清純派ヒロイン マーガレット・セレーネ
彼女をお嫁さんにしてみせるわ!
そもそもこのゲームが移植されるほど人気な理由の一つに彼女が魅力的なことも大きい。
庶民だと馬鹿にされても卑屈にならず、魔法の才能があるとわかっても決して奢ることもなく。
どのハッピーエンドに進んでも世界を救って死んでしまうという涙なしでは語れないシナリオ……。
いや、よくよく考えてみたら乙女ゲーム的にヒロインがハッピーエンドで死ぬってどうなの?
ビターエンドよねどう捉えても。
死んだ彼女を想ってエンディングで攻略対象たちが決意新たに国を良くしていくけど、
惚れた女一人守れない奴らに愛しのマーガレットを渡すわけにはいかない。
前世の私は何処にでもいるただの百合が大好きなOLだった。
乙女ゲームも好きだったけど、正直乙女ゲームのヒロインを集めたギャルゲー、
欲を言うと百合ゲームが欲しいとずっと友人に言っていた記憶がある。
うん、だんだんと思い出してきた。
ナイトメアの同人誌即売会でなんと、
とてもマイナーであるマーガレット×フランチェスカ本を見つけて、
あまりの嬉しさに盛大にこけ、トラックに轢かれた。
死ぬ間際、本を自分の血で汚さないようにとしていたが頑張る所はそこじゃないでしょう、私。
……終わってしまったことは仕方がない。今はこれからのことについて目を向けよう
そもそもフランチェスカは正確には闇魔法の使い手ではない。
闇と光は表裏一体、この魔法は感情に大きく左右されてしまうのだ。
正の気持ちが強ければ光魔法が発動し、負の感情が強ければ闇の魔法が発動する。
ヒロインのマーガレットだって、実は闇の魔法が使用可能。
闇落ちの同人誌も数冊……それはいいとして。
真実の愛が魔王退治に必要なのは、愛という多幸感が光魔法の威力を増強しやすいから。
そう考えると、魔王と同士討ちになったのは愛が足りなかったからではないだろうか。
光と闇の話は設定資料集の制作者対談でちらっと記載がされていた。
それを読んだ時はフランチェスカを思って涙が溢れたのが懐かしい……。
むしろ攻略対象たちの印象なんて消え去る程。
今、私はこの手で彼女を救うことができる。
そのためには今から動かないといけないわね。
まず家族仲の修復が第一優先。
これは悪役令嬢ものの定番、夫婦間の会話の少なさからくるすれ違いが原因だからすぐなんとかできる。
弟は私が邪険にしなければ問題ない。
明日から全力で構い倒そう、いきなり豹変した姉に戸惑うかもしれないが慣れてくれるのを期待している。
まあ……そもそも中身が私だから闇の感情にとらわれる事もないのだけれど、念のため。
どうせなら二度目の人生、楽しく生きたいところでもあるし。
物語の強制力がどこまであるかも検証が必要そうだ。
もし奮闘空しく家族仲が最悪のままだったら抗うことは難しいかもしれない、
その場合諦めるのは選択肢にはないにしても、よほど頑張らないときついということが分かる。
布団に横たわって、天井を見つめそっとイメージする。
本来魔力の練習はもう少し上の年からとは知っている、
でも今からやっといて得することはあれど損することはない。
物語のその後を迎えるのが最終目標なのだから、魔王を封印する必要があると思うと気が重い。
ため息をつきながら、力を解放させると目の前に一輪の光の花がふわりと落ちてきた。
……それにしても、この体の魔力量恐ろしいわね……。
漂う灯りは消えろと念じない限りこの場にきっとあり続ける。
無詠唱できるのは転生チートなのかしら、真面目に訓練すれば本当に何でもできてしまいそうだ。
心配なことと言えばもう一つ。
マーガレットが転生者かどうか、これはとても重要なこと。
もし逆ハーエンドを狙う同郷の人だったら……うーん、悩むわね……。
そうだったら既に婚約してしまってる王子を押し付けて世界を見て回ろうかしら。
折角力もある上にファンタジーの中にいるんだし、それもいいかも。
彼女は今、下町で両親の仕事を手伝っていたはず。
確か……花屋、幼少期のスチルにお忍びで遊びにきていた王子へ花を渡す場面があった。
学校が始まるまでなんて待ってられない、確認がてら明日会いに行ってみよう。
光魔法の応用で、姿を認識できなくさせることができるらしいし良い練習にもなる。
何より、恋焦がれたヒロインに会えると思うと……!
「転生万歳!!」
感極まって両手を上に挙げた瞬間、大量の光花を生成してしまい
後日、従者たちに『お嬢様の部屋で女神が下りたのではないか』と噂が流れることになった。
「フランチェスカ・ハート! 貴殿との婚約は破棄させていただこう!」
さて、遂にこの日が来た。
一生に一度の正念場、ここで間違えるわけにはいかないと背中で掌を握りしめて、深呼吸をする。
「サンバード様、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「言うまでもないだろう。君の行いは私の婚約者として相応しくない」
「あら、私は間違ったことは何もしていないわ」
「しらばっくれるな! マーガレットを影で虐げていることはバレているのだぞ!」
王子の背後から、話題の主、マーガレットが心細げにこちらを見つめている。
金色の瞳とストレートな髪、薄っすらとピンク色が入ったドレスは彼女の美しさを際立たせていた。
緊張で震えているようで、あまりの可愛さに笑みが零れそうになるが必死に我慢する。
「心外ですわ、彼女に貴族について教えてあげただけでしょう?」
「っ、ふざけた女め……! 弱い者を言葉で言い負かし、持ち物を壊すことのどこが貴族だ」
弱いもの? 王子は一体何を言ってるんだろうか。
私は彼女ほど強く、気高い人を知らない。
精神だけにかかわらず物理的にも一度だってマーガレットに勝てたことはなかった。
同じ師匠に教わったのに、正直そこは納得がいかない……主人公補正だろうか。
あ、ほら当の本人も首傾げてるじゃない。
「やっと黙ったな、言い返せないということは真実だったわけだろう」
「……私は私に恥じる行いは何一つしておりません。ですが、王子がそこまで言うのでしたら婚約破棄を受け入れましょう」
「この会場にいる人皆承認だ、王には私が伝えよう」
マーガレット、王子たちに見えないようにしてるけど私の角度からは
ガッツポーズこっそりしてるの見えてるからやめなさい。
……まあ、無事これで婚約も破棄されたことだし、次の行動に移れる。
彼女と約束していた場所へ先に向かって待っていよう。
満面の笑みで王子をみると、拍子抜けしたような顔をしていた。
もしかして、自分が惚れられてるとでも思ってたんだろうか、
本来の《フランチェスカ》と同じように泣いて縋り付くとでも?
全くもって心外だ。
「ま、待て!」
出口へ歩こうとした瞬間、再び声がかけられる。
これはあれか、よく悪役令嬢ものである『俺のことが好きなんじゃないのか!』て問い詰めるやつか。
「まだ、何か?」
「貴様にはまだ裁かれる罪がある!」
どうやら予想が外れてしまったようだ。
想定外の切り替えしに心当たりを必死に考えても何も思い浮かばない。
王子の婚約者という肩書を捨てたくて、マーガレットと共謀したことは気づかれていないはず。
虐めたという茶番が今まさに終わったところだし……。
これから『王子に婚約破棄された令嬢』を引き取ってくれる人はいないから、
家からでてマーガレットと冒険者をする輝かしい未来が待ってるのに、まだ茶番に付き合わされてしまうのかしら。
家族には事情を伝えて説得済だから引き留められることもない算段だったのに。
「俺は知ってるんだ! お前が闇の魔法の使い手で、魔王復活の鍵になることをな!」
「あら、それは一体どこの情報ですか?」
「誰だっていいだろう! 国の平和の為、フランチェスカ・ハートには処刑されてもらおう!」
これは誤算だった、マーガレットが前世もちじゃなかったから《転生者》は私だけだと信じ込んでしまっていた。
攻略対象側とか、モブとかに転生している可能性だって確かに0じゃない。
せめて、私の知り合いではないことを願って、手を王子へと伸ばした。
兵士たちが慌てて近寄ってくるけどもう遅い。
掌に魔力を込めて、今私が使える魔法の一番威力が大きいものを放ち、悪役令嬢らしし意地悪い笑みを浮かべる。
「これでもまだ、私を闇の魔法使いというのかしら」
闇の魔法とは対極の光の花がこの場にいる人々の前で咲き誇った。
幼いころから練習していたおかげか、私を中心に一面の花畑が形成されていく。
触れることはできない、幻の花。
美しいだけではなく、同じ空間にいるだけで回復効果もある為ざわざわと周りが騒ぎ出す。
今更逃がした魚の大きさに気づいたってもう遅いわよ。
この後の私の予定はもう決まってるのだからね、目線を最愛の彼女へと向ける。
自分のことのように自慢げな顔をしているマーガレットが可愛らしい。
「そ、そんな……」
「なんで! そんな嘘よ、これじゃ魔王様に会えないじゃない!」
呆然とする王子の声を遮って、群衆の中から甲高い声が上がった。
この国では珍しくない茶色の頭髪に、レンズの厚い眼鏡をかけた、見覚えのない女生徒。
いや、記憶の片隅にそういえばいたような気がする、彼女がきっと王子に進言した転生者だ。
確かに魔王のキャラデザは人気があったけれど失敗すれば会えた代償に国が滅ぶの分かってるのかしら。
そういえば続編では魔王が攻略キャラになってたという噂を聞いたことがある。
ヒロインが変わってたから私はプレイしなかったんだけど……。
彼女の恋路を邪魔するのは申し訳ないが、運が悪かったと諦めてもらいたい。
「うー! まだ方法はあるもの、使いたくなかったけど仕方ないわ!」
胸元から黒色の小瓶を取り出したかと思えば床へと叩き付けられた。
え、何してるの? あからさまにヤバい煙が辺りに充満してるんだけど。
「フハハハハハ、再び目覚めることが出来るとはな。我を呼び出したのは誰だ」
あーーーーーーーー! 魔王呼び出されてる!!!!
あの瓶何!? 続編にアイテム? 聞いてないわよ!
「はい! クリスチーヌ・マルガリーテにございます!」
「ふむ……その心に巣食う欲望……我の糧にしてやろう」
待って待って待って、受け入れ態勢とるんじゃないわよ転生モブ女!
間一髪で抱きかかえ遠くへ運び魔王の手から奪い取る、ばたばたと喚くが知った事ではない。
「何するのよ! 私は魔王様の生け贄になって一つになりたいのよ!」
「そんな自己犠牲やめなさい。また転生できるとは限らないしあなたを愛してくれる人と一生を生きるべきだわ」
ゆっくりと床へと落とし掌へキスを落とす、衝撃を与える事で目先の出来事から意識を反らす作戦だ。
混乱しているうちに魔王様を処理してしまえば問題ない。
顔を真っ赤にしているが、風邪でもあったのだろうか、後先考えない行動とったのも体調が悪いのが原因だったかもしれない。
跳躍し、マーガレットの隣へと行く、本当は関係を隠して置きたかったけれどそんなこと言ってられない状況だ。
「マーガレット! 魔王を封印するわよ」
「……てた」
「え?」
顔を伏せる彼女から何やら殺気が感じられる。ま、まさか魔王に精神干渉を受けているのか。
「さっきあの子にキスしてた! ずるい」
「は、はぁ!?」
正常だった! 嫉妬されるのは嬉しいけど今はそういうこと言ってられないと思う!
修羅場はお呼びじゃない、さっきの行為だって好意からしたわけではないし!
「私にも、してよ」
「あ、あのその、今はそういう場合じゃないといいますか、目の前に太古の魔王がですね」
「あの娘にはできて、私にはできないの……?」
泣きそうな瞳で見つめられる、魔王よりも凶悪なその視線に勝てる訳もなく……。
「分かっ……たから、目、閉じて……」
「ん……」
あと少しで、触れる距離……お互いの鼓動が聞こえそうなくらい音を立てている。
触れる……そんな瞬間。
「そこにいるのは光の巫女か、今のうちに我が手で滅ぼしてくれるわ」
「「五月蝿い」」
「うああああああああああああ!」
いい雰囲気を邪魔され、怒りが頂点に達した私たちは勢いの余り魔王へと魔法を放つ。
ゲームではあれだけ苦戦した魔王が、たった一回の衝撃覇によって跡形もなく消え去ってしまった。
あれ、この世で最強であり、力あるものが戦って引き分けになるかどうか……の実力をもっているはずでは。
「……ねえ、フラン。面倒くさいことになる前に外の世界へいきましょうよ」
「へ? えぇ……そうね。このままじゃ国の外から出れなくなりそうだし……」
手を取り合って、転移魔法を唱えた。
物語はここでおしまい。
見事ゲームに存在しなかった「悪役令嬢とヒロインの百合ルート」を見事達成した私は、
飛び跳ねたい心を抑えて隣の彼女を抱きしめた。