生命の火
もう一年も経ったんだね。
赤いプリムラは 寒い冬にこそ 咲き誇る
灼熱の夏には 耐え切れず やがて枯れ果てていくという
三十三年前の
八月終わりの何もかもが熱い日
信号待ちの二十二歳 助手席の君に 後ろから
居眠りするトレーラーが近づく
もう一緒に吹くことの出来なくなった
アルト・サックスのメロディーが流れ出す
先生になったらまた吹奏楽をやろうと
先輩風を吹かせることもできぬまま
一人だけの後輩は
さようならも言わず消えた
位牌を前に泣いても 運転していたお前を許さない
思い出も未来も奪われて もう私は定年を間近に控えている
一年前の
一月終わりの肌寒い冬の夕暮れ
歩道を歩いていた九つの君に 後ろから
軽トラが飛んで来る
一緒に歌うことのなかった
「大切なもの」のメロディーが流れ出す
今日から一年間 良い思い出を作っていきましょうと
先生風を吹かせることもなく
一人の教え子に
さようならさえ言えずに別れてしまった
もう車に乗らないと聞いても 運転していたお前を絶対に許さない
思い出も未来もなく もう一年が過ぎようとしている
老いて戻れぬ坂道を転げたわけでもなく
病に倒れ 苦しみ抜いて悶えていたのでもない
わずか二十二で わずか九つで
それは水曜日へと続く いつもの火曜日の放課後だっただけ
いつもの水曜日は永遠に奪われ戻らない
赤いプリムラは寒い冬にこそ 咲き誇る
灼熱の夏には耐え切れず やがて枯れ果てていくという
共に吹く事の出来なかった調べが
共に歌う事の出来なかった歌が
さようならさえ言わせてもらえず
さようならさえ言ってもらえずに
それは水曜日へと続く
いつもの火曜日の放課後
いつもの水曜日は二度とやっては来ない
赤いプリムラは寒い冬にこそ 咲き誇る
灼熱の夏には耐え切れず やがて枯れ果てていくという
命の火が失われた日なのに 命の日と名付けられ
命日が来るという未来だけが残され
届けようのない花を抱えたまま
今日もまたここで水曜日を待っている
明日は君が好きだったこの薄紫のビオラを
君のために植えよう