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小山家の人々  作者: 小山淳志
12/12

行ってらっしゃい

50年経つとこんなことに

行ってらっしゃい


母さん あなたは

朝早く自転車で 仕事に出かけて行きましたよね

ぼくは 納戸の西向き窓から 鏡台の椅子に立ち

見送っていたのです

県道までは 自転車をこぐ後ろ姿が見えました

県道を越えたら下り 頭しか見えなくなります

赤穂線踏切まで行けば また体が見えて

八幡宮に差し掛かると もう消えてしまうのです

毎朝見届けた後は 母さんが家に戻るまで

おばあちゃんと二人で一日を過ごしました

五十年後

おばあちゃんは老人ホームで百五歳の最期を迎え

今はぼくが デイサービスに出かける母さんを

見送ります

行ってらっしゃい 母さん


父さん それは

父さんと初めて保育園に行く日でしたよね

保育園という言葉も存在も知らぬまま

親子三人 朝から車に乗り込んで

浮き浮き お出掛け気分に心躍らせて

どこに行くの と聞いた時に

気が付いたのです

置いてきぼりにされ

園長先生の腕の中で泣こうが喚こうが

居なくなりましたね 父さん 母さん


五十年後

今から父さんを病院から老健へと連れて行きます

母さんも一緒です そう あの楽しかった車の中

まっすぐ行けば我が家を左に曲がって進みます

おい どけえ行くんなら と聞いてきた時に

答えたのです

家に戻る前にリハビリに行きます

足腰が戻れば帰ってきてください

少し寄り道をします

だましたな わしを帰らせろと言っても

家での楽しかった日々は 戻って来ないのです

行ってらっしゃい 父さん


老健に行き 家に戻れず もう四年が過ぎました

相変わらず家の片づけを続けています

子どもの頃のような家や畑に戻すには

まだしばらく時間がかかりそうです 父さん

母さんは 今日もボランティアさんありがとね

と毎回言ってくれます

こうして日曜の日没前に 庭を眺めながら

土日の成果を確かめるのです

明日は仕事です

行ってきます 父さん 母さん

多少過激な表現が緩和されました。

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