行ってらっしゃい
50年経つとこんなことに
行ってらっしゃい
母さん あなたは
朝早く自転車で 仕事に出かけて行きましたよね
ぼくは 納戸の西向き窓から 鏡台の椅子に立ち
見送っていたのです
県道までは 自転車をこぐ後ろ姿が見えました
県道を越えたら下り 頭しか見えなくなります
赤穂線踏切まで行けば また体が見えて
八幡宮に差し掛かると もう消えてしまうのです
毎朝見届けた後は 母さんが家に戻るまで
おばあちゃんと二人で一日を過ごしました
五十年後
おばあちゃんは老人ホームで百五歳の最期を迎え
今はぼくが デイサービスに出かける母さんを
見送ります
行ってらっしゃい 母さん
父さん それは
父さんと初めて保育園に行く日でしたよね
保育園という言葉も存在も知らぬまま
親子三人 朝から車に乗り込んで
浮き浮き お出掛け気分に心躍らせて
どこに行くの と聞いた時に
気が付いたのです
置いてきぼりにされ
園長先生の腕の中で泣こうが喚こうが
居なくなりましたね 父さん 母さん
五十年後
今から父さんを病院から老健へと連れて行きます
母さんも一緒です そう あの楽しかった車の中
まっすぐ行けば我が家を左に曲がって進みます
おい どけえ行くんなら と聞いてきた時に
答えたのです
家に戻る前にリハビリに行きます
足腰が戻れば帰ってきてください
少し寄り道をします
だましたな わしを帰らせろと言っても
家での楽しかった日々は 戻って来ないのです
行ってらっしゃい 父さん
老健に行き 家に戻れず もう四年が過ぎました
相変わらず家の片づけを続けています
子どもの頃のような家や畑に戻すには
まだしばらく時間がかかりそうです 父さん
母さんは 今日もボランティアさんありがとね
と毎回言ってくれます
こうして日曜の日没前に 庭を眺めながら
土日の成果を確かめるのです
明日は仕事です
行ってきます 父さん 母さん
多少過激な表現が緩和されました。




