8 最高の失策
女たちが洗濯物を取り込んでいる。きっと昼のうちに干していたものを取り込んでいるのだろう。もう夕暮れも近い。
ライラもそこにいたが、幾分ゆっくりとした仕草で洗濯物をかごに入れていた。
ほかの女たちが取り込み終わり、いなくなったのを確認して、スカイは屋根を蹴り、ライラの目の前に降り立った。
「きゃ・・・」
「っと」
突然人が降ってきたことに、ライラが驚いて洗濯物を持ったままバランスを崩す。スカイは左手でライラの腰を抱き、右手で洗濯物を掴んで支えた。幸いどの洗濯物にも泥がつくことはなかった。
「悪い、驚かせたか。」
「あ、当たり前です、どうしていつも空からいらっしゃるんですか、天使様みたいに・・・!あの」
「ああ、名乗っていなかったか。俺はスカイだ」
正確には名乗りはしたけれど、ライラは気を失っていたのだけれど。
「スカイ様は、どうしてここに・・・」
「もとは町に向かって乗り合い馬車に乗ってたんだが、このあたりにバグの気配を感じて降りたんだ。それが一段濃いところを目指したら、君が襲われてた。だから助けた。」
それで納得してもらえるとはあまり思えなかったが、できるだけ簡潔に説明する。バグの気配なんて、常人にはわかるはずもない。突然現れ、突然襲うのがバグの特徴で、政府的には自然災害的扱いにすらなっているのだから。
「バグの気配・・・?」
「ああ、俺はその気配を感じることができるから、使徒に選ばれた。」
たいていはこの返答で、わからないなりに納得してくれる。
よくはわからないけど、そういうこともあるのだろう。というくらいの話をするのが、人に自分の話を信じてもらえるコツだと前に誰かが言っていたような気がした。ずいぶん古い記憶で、誰が言ったかまでは思い出せないが、役に立っている。
「この森はいやにバグの気配が多い。君は何か知らないか。」
ライラは、スカイに助けられたということも相まって、ほかの村人よりはスカイに対する警戒心が薄いようだ。今のところ、素直な情報をくれるのはライラしかいないのだ。
「なにか、って言われても、物心ついたときには、最近よくバグが出るようになったね、って言われていて。魔術師部隊様が、バグ狩りにいらしてくれたりもしたんですけど・・・。それでもやっぱり多くて。バグが出たときは、魔術師様がいるときは村の方へ、いないときは、村から遠くなるように逃げろって、子供の時から言われていました。」
「・・・まあ、妥当な策だろうな。・・・というか、そんな策ができあがるほどには、バグは頻繁にでているのか。」
バグを狩ることを生業にしているものですら、一年に三体狩れれば上等と言われているのに。
「ここ最近は、けっこう多くて、先月もだれかが見たって言ってて。」
一月に一回ペースというのも、なかなかある数字じゃない。
昔、バグを人工生成しようとしたカルト教団の殲滅にあたったとき、その装置は半分失敗ーー制御ができなくて無限にバグを生成してしまう状態ーーだったのだが、それでも生成するのに時間がかかり、一週間に一度程度だった。
自然下で、一ヶ月に一度かそれ以上のペースで、決まった地域だけにバグが出没しているなんて。
「・・・・・・ライラ、この地域だけにある、言い伝えか何かないか?」
この地域自体にバグを引きつける何かがあるとしか考えられない。
そしてそれが何かが判れば、バグの発生を抑える手がかりができるかもしれないのだ。
「言い伝え・・・この地域には、ウイルナ様の森しか・・・」
「ライラ!」
突然背中から、刺すように聞こえた声にライラが身じろぎする。声の主は村長のアンダンだった。
「あ・・・村長様」
「使徒様、どうやって私の書斎の前を通らずに、こんなところへ?」
アンダンの右拳は、怒りでふるえている。なぜ怒るのかは、スカイにはすぐには理解できなかった。ウイルナの森とかいう場所が、この村の秘跡なのだろうか。
「・・・あんたが寝てたんじゃないか?」
「いや、わしはずっと起きておったよ。起きて、王都に本当にスカイなんて名前の使徒が居るのか問い合わせとった」
「結果は聞かずもがなだな。いないって言われたときにゃ、ウイルナの森だかバグの森だかに放り込まれてたんだろうが・・・」
アンダンの目が、かっと見開かれた。
「おまえはあの森のなにを知ってる!ライラ、なにを話した!」
(ビンゴ、かな)
半ば当てずっぽう・・・というか当てこすりで発した「バグの森」という言葉は、アンダンの機嫌をこの上なく損ねまくるということには成功したようだ。
「あんたが知っていることよりは多く知っているさ。ライラに聞かなくてもな。」
これははったりだ。何の情報もない以上、一番知っていそうなやつにはったりをかけて情報を引き出すしかない。
「やっぱりおまえはあの森の奇跡を目当てに来たんだな、この村のものだ、王都の連中に渡しはしない!」
(森でなんらかの奇跡が起きる。それを王都から隠匿してる、か。あとは森を調べればよさそうだな。)
アンダンの大声に、村人たちが集まってきた。屈強な男が中心だった。
「最初から牢に入れておくべきだった」
村人に危害を加えることはできない。許可が下りていないし命の危険も迫っていない。
「猿ぐつわをしておけ、魔術師は呪文を使う。」
(森を調べる・・・か。脱出できれば、な。)
胸中で付け足して、スカイはおとなしく後ろ手に縛られて地下牢に放り込まれることになった。