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「スカイ!!スカイ起きロ!」


 リュイの尻尾で頬を叩かれて、スカイは意識を取り戻した。

 また、夢だーー何も覚えていない夢。そして胸に喪失感だけが残る夢。自分の両手を見下ろそうとして、スカイは自分の天地が逆さになっていることに気付いた。

 誰かに担がれている。顔を上げると目の前にリュイの顔があった。


「ダイジョウブ?」


 その高い声を聞きー担がれたまま片手を額にやって頭を抱える。一瞬であれ、意識を失っていた自分にこの上なく腹が立つ。


「アレを抑えるだけなら、ユエがなんとかやってくれてるよ。目の前のモノを無効にするだけなら、アイツの得意科目だろ。」


 スカイが目覚めたと気付いたアッシュが言った。アッシュはスカイを肩に抱えたままユエインの居る小屋の屋根の上に片手でよじ登り、そのまま適当にスカイを降ろす。

 屋根の上に座り込む格好に降ろされたスカイが立ち上がり、3人をかばうように炎の獅子をにらみつけていたユエインの肩を叩いた。


「意識が戻って良かった。私にも限界がありますからね。」


 炎の獅子から目線をはずさずにユエインが言う。その闇色の瞳は魔力を行使しているせいで、光を帯びていた。


「スカイ、あのウイルナの森トカいうのに、あのバケモノを消してっテ願うのはイケナイの?」


 リュイの問いにスカイがかぶりをふる。


「アレを消すような強い願いは、その分アレより大きなゆがみを生み出す。バグの発生源は大概が歪みなんだよ。誰かが分不相応な魔術を使ったとかそういうな。」


「魔術ナンか、どれだって人間にはモッタイナイじゃん!」


「そのモッタイナイような事象を起こす対価として、俺たち魔術師は魔力を支払うのさ。」


 ユエの瞳が獅子を捉えられない瞬きの一瞬ーースカイの指先で描かれた魔術文字が獅子を拘束する。


「じゃ、バグ退治してるオレ達ぁ、誰かが奇跡の万引きをしたツケを払ってんのかねぇ」


 アッシュはユエの足元にある自分の大剣を拾い上げた。鋼で作られた、鈍色の大剣を構えるそのまなざしは、傭兵時代は鋼のアッシュと呼ばれたその頃のままだった。


「魔術師の存在が奇跡だって言われてるからな。その分、お前のやることは今も昔も変わらないんじゃないのか?」


「はっ、そりゃ違いねぇ、な!」


 ダンッ!

 空気そのものがはじけるような音がして、アッシュの体が3人の視界から消える。それはアッシュの足が、地面を蹴って炎の獅子の方に飛び出した音だった。

 おおよそ人間が考え得る中で、最速の・・・魔術を発動できるかギリギリの速度で飛び込んでいく。

 ふつうの魔術師であれば、音を聞いた瞬間に、その剣で貫かれているだろう。

 鋼のアッシュは、魔術師の間では率直にーー魔術師殺しのアッシュと呼ばれていたのだ。実際スカイだって、彼を初めて見たのは、スカイを殺しにくるときだった。

 予め防御の魔術を敷けるスカイの魔術文字と、視線だけで発動できるユエインの魔法に、アッシュは降参したのだ。

 お前達だけは殺す方法が見あたらないから。と。


 ウォォォンーーー

 炎の獅子の体が揺らぐ。アッシュの薙ぎで顔を半分そぎ落とされた形になった獅子の、こそぎとられた右半分の顔が、そのままアッシュの体を包んだ。アッシュの着ていた外套が燃え上がる。

 ユエはそれを、なんの感情も抱かずに見ていた。あの炎が魔術によるものなら、アッシュの為に消してやるのはただの魔力の無駄遣いだと判っていたからだ。


「アッシュ、燃えちゃったヨ?」


「燃えちゃいましたね。」


 あたり一面焦土と化した中に、アッシュはこともなげに立っていた。

 身につけていた外套は炭となっていたが、その体にはやけど一つない。特殊体質…魔術が全く効かないという体質で、身の回りの炎を全部無効化してしまったのだ。

アッシュの鋼の大剣は、周りの炎を映して赤みを帯びていた。

 外套が焼け落ちたので、その下に身につけていた鋼の鎧がのぞく。


「炎は相性が悪いんだよな、鎧が熱くなっちまう。」


 ユエはこの光景を見たことがある。ユエとスカイがまだ魔術師を訓練するための学校に行っていた頃、国でちょっとしたトラブルがあり、魔術師を否定する派閥が学校に押し寄せた。

 いや、押し寄せようとした。普通の人間が、兵器も持たずに魔術師の軍団に勝てるわけはない。

 それでも被害を最小限にとどめようと、魔術師達は牽制代わりに魔術の炎を放った。

 焦土と化したそこを一人悠々と歩いてきたのがアッシュだったのだ。


 100体以上居たバグは炎の獅子に取り込まれ、その炎の獅子の大きさは、スカイの魔術やアッシュの剣によってそぎ落とされ、半分ほどの大きさになっていた。

 これくらいなら、バグ自体の殲滅が可能かーーとあたりをつけたスカイは、もう二度と感じたくない感覚に身を戦慄させた。


 スカイが感じたのは、歪みの気配。それは新たなバグが生まれる前兆だった。


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