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その身が炎に包まれる一瞬前に、スカイは自らの体を、出現させた異空間に移動させた。目を開いても何も見えない闇の中で、炎ではなく自責の念に身を焦がされる。
(間違えた、俺の責任だーー元の世界に戻っても、村はもうなくなってるーー。)
灼熱の炎に身を焼かれそうになる一瞬の中で、スカイが出来たのは自分の身を守ることだけだった。村を守るほどの魔術文字を作っておくことを怠った。
一瞬、このまま、あちらの世界に戻らなければいいのではないかーーという甘い誘惑が頭をよぎった。
何もかもを忘れて、闇に溶けてしまえばーーもう怖いモノなどないと。
別の空間に身をおいた瞬間に、自我はうろんになる。このままその誘惑に身を任せてしまった人間の末路をスカイは知っていた。存在が消えるか、良くて廃人になる。
(・・・・・・それでもあの巨大種だけは、俺が消しておかなきゃいけないな・・・)
スカイはほほえみを浮かべた。長い時間に思えたが、実際は一瞬だったようだ。一瞬で元の空間に戻る魔術を思い出し、文字で行使する。
元の世界に戻ったスカイの目に写ったのはーー別の空間に移転する前となんの変わりもない世界だった。
「間一髪、でしたかねぇ」
のんびりとした、それでいて鈴を転がすような声が、スカイの耳に届く。
「・・・間に合ったのか、ユエ。」
スカイは振り返り、口の端に笑みを浮かべた。その視線の先には、闇色の髪の女性・・・ヴィオレッタ・ユエインと、隻眼の剣士ーアッシュ・ブラッドアームがいた。
「あのバグの炎は、私が無効化しておきました。この村は高低差がないので助かりました。炎すべてが視界に収まりましたので。」
魔族のユエの魔術は、視線を使う。視線が及ばないところでは魔術の効果はない。スカイの使う文字魔術の対極の存在だ。
「制御できたのは運が良かったな」
ぽつりとスカイが漏らす。スカイの記憶が確かならば、ユエインは魔術学校時代、こと魔術の制御が苦手だった。それはもう、ちゃんとねらった規模で威力で成功する確率は限りなくゼロと言わんほどに。
「あ、ひどい。でもまぁ、炎を無効にするだけですし、水で消せっていわれてたら、このあたりが完全水没か小雨かどっちかかもしれませんけど。」
ユエインが拗ねた顔をする。そしてその闇色の瞳をスカイに向けかけたところでアッシュの鋭い声が届いた。
「ユエイン、あいつから目ェ離すなよ!」
「はーい。アッシュは村人の避難手伝ってくださーい」
ユエの闇色の瞳がきらめき、その獅子の吹き出す炎をことごとく無効化していく。
フォオオオオッ!
獅子が大きく吠えて、また魔術を行使する。
炎がなければ、近づくのはたやすい。一足飛びに近づいて、光の文字を剣の形にかたどった魔術の剣が、炎の獅子の首を掻き切る。
その剣の文字は、切りつけられたものを消滅させる効果を持たせていた。バグにしか使わない必殺の魔術。ただしーー
掻き切られた獅子の首の部分が消滅する。体と繋がらなくなった首は、首だけで跳ねてアッシュに飛びかかった。
ガキィン!
アッシュの持つ剣がそれを受け止めて、次の瞬間に溶けた。
「ちょ、っ」
獅子が放つ余りの高温に、剣が耐えきれずーー鋼が溶けたのだ。
アッシュは飛び退いて距離をとった。そしてまた違う剣を手にする。
獅子の体はびくびくと痙攣し倒れて分解されていく。
「やったか!」
アッシュの声を聞いても、スカイは獅子から目をそらさなかった。
そして、その体は何匹もの小型のバグーーライラを襲ったカマキリ形のものに再構成された。
「スカイ!おめぇどっちの味方だよ、敵増やすのやめてくれー!」
「ほんと、ひどいですねえ。」
言葉とは裏腹に、アッシュとユエインの声は明るい。二人は、小型のバグであればスカイやアッシュ一人で楽々と倒せることを知っていたからだだ。
二人と同じように、スカイがめったにない笑みを口元に浮かべて言った。
「ユエインは獅子の首の方を頼む。俺とアッシュで、あのいつものバグを倒そう。」
「おう!」
獅子とにらみ合いを続けるユエインをおいて、スカイとアッシュがきびすを返すーー
その二人の目に写ったのは先ほどの10倍ほどに増殖したバグだった。




