1 逃げる少女
左足が酷く痛むーーー
理由は知っている。出血しているからだ。
けれど少女は駆ける足を止めなかった。質素な麻のスカートに擦れたふくらはぎもまた赤くなっていた。
そんなことはどうでもよかった。ただ少女は走り続けていた。数分かもしれないし、数時間だったかもしれない。少女にとって時間は関係なかった。
少女の後ろで、別の気配が動く。少女は追われていた。後ろの気配に。
それは人ではないことは確かで、きりきりという耳障りな音を立てて、草をかき分け少女を追跡している。
深い森の奥で、少女の荒い息づかいと草をかき分ける音と、そのきりきりという音だけが響いていた。
足を止めればすべてが終わることは少女も知っている。
すべて。つまり命。
少女に訪れる死が安楽なものかはわからない。いたぶり尽くされて殺されるかもしれない。
そう。
(確かなのは、ぜったい殺されるっていうこと…)
死ぬなら、一瞬の方がいいと思う。裸足の足が岩にぶつかる。また傷が増えた。
追跡者が何かは知らない。けれどなんと呼ばれているかを少女は知っていた。
BUGーバグ、とよばれるそれは、総じて昆虫のような形をしていた。
ある日突然世界に現れて、人間を殺戮して回っているという。生態系はまるで不明。雌雄すら不明。
ただ、人間を殺戮するのだという。
突然に現れたこの謎の殺戮マシーンは、今対策する魔術師の軍隊まで組まれている。
少女は山奥の小さな村で暮らしていた。都会の喧噪とは無縁の――表面上はのどかな村。村全部で今の村に移民してきたのだ。
少女は森で薪を拾って帰る途中だった。けれど、バグに見つかった以上は帰れない。
村にこんなばけものを連れて帰ったら、村がなくなってしまう。
村にバグに対抗できる魔術師はいない。というか、普通の人間にはバグに対抗できない。
普通の人間より強い力をもつはずの魔術師だって、編成を組んでバグに挑むのだ。
そんなものに追われて魔術師のいない村に逃げ帰れば、結果は火を見るより明らかだ。
街道に向かって走り続ける。そこに誰か居るとは限らなかったけれど、誰か居たとして、バグを退治できるとは限らないけれど、自分が殺されたとしてもできるだけ村から遠い場所に行きたかった。村から離れたかった。
が。
バキバキバキっ!
大きな木が倒れてきた。道を塞ぐように――事実塞ぐために誰かが倒したのだと思う。さっきまで地面に生えていたのであろう青々とした葉をつけた巨木だった。
後ろから迫るバグがきりきりきりと鳴く。呼応するように木の向こうからも、きりきりきり!と同じ耳ざわりな音が聞こえた。
――群れで、行動してるの・・・!?
巨木を前に、少女は絶望して座り込む。背後からゆっくりと現れたのは、カマキリのような形をした、両腕が鎌になった大きなバグだった。