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14 昔話をはじめよう

 

 ライラの家はこの村の他のどんな家とも何の違いも見つけられないくらい、平凡な家だった。


 おそらく村の近くでとれるのであろう材木でできた壁に、屋根。鉄骨や金属のたぐいはほとんど使われていないようにみえる。


「リウイちゃんは、スカイさんと一緒だったから、王都からきたのよね。ごめんね、粗末な家で。」


 きょろきょろと物珍しそうにあたりを見回すリウイに、ライラは恥ずかしそうに言った。


「あ、チガウチガウ!そうじゃなくて、ボクが生まれた村の家、こんなかんじだったかなーって。スカイはどこ生まれか知らないけど、ボクは王都生まれじゃないから。」


 そういいながら、リウイは微かな自分の生家の記憶を探す。ひょっとしたらここより粗末な家だったかも知れないな、なんて思った。どちらにせよ、母屋に入った記憶はほとんどないのだけれど。


 リウイを家に招き入れ、ダイニングのいすをすすめながらライラが聞き返す。


「スカイさんに引き取られてから、長いのかしら?何年くらいスカイさんと一緒にいるの?・・・あ、言いたくなかったら、言わないでいいわ」


 うーん、と最初の問いにリウイが考え込んだのを、ライラは「話したくないことにふれてしまった」と勘違いしたらしく、あわてて言葉を付け加えた。それを見て、リウイはにっこりと笑みを返す。唇の端からは、人間のそれより少し長い犬歯がのぞいていた。


「言いたくないワケじゃなくて、ボクはあんまり覚えてないんダヨ。ボクのお父さんもお母さんも人間だけど、ボクだけこうだから。」


 こう、といってリウイは自分の獣耳を指さした。猫のような、獣人の特徴である耳。人間の耳があるべきところはつるりとしていて何もない。偽物ではなく、これはまごうことなき本物の耳なのだ。


「イキナリ、これで生まれちゃったの。村のヒトはびっくりしたみたいでさ、エンギ悪いのかいいのかもわかんなくて、王都に連絡したんだって。」


「どうして王都の人に?」


肩を竦めるリウイの笑みは、ほんの少しだけ哀しみを帯びていた。


「よくわかんないケド。王都には、神の声が聞こえるヒトがいるんだって。そのヒトに、ケモノの子はいい兆しか悪い兆しか聞いたんダッテ。それでどうするか決めるツモリだったんデショ。」


 どうする、というのはつまり生かすべきか殺すべきかと言うことなのだけど。とリウイは胸中で付け足した。そういう刺激の強い話は別に人に話すものでもないことくらいはわかっている。


「それで?」


「王都の人は、そんなの生まれるワケないだろーって、話半分にしか聞いてなくて、ボクが少し大きくなってから迎えにきたんだケド。」


 リウイは目を閉じて、スカイと初めて会った時を思い出していた。


 あれはきっと、10年くらいは前だったんだろう。背丈が今の半分くらいのスカイが、やっぱり今より半分くらいの背のボクを見下ろしている。


 銀色に輝く髪は、肩ぐらいで切りそろえられていて、おかっぱになっていたのを覚えている。


 スカイの隣にいたのは、金髪に白髪が混じって、同じように白髪に見えるような、おじさんだった。目つきが嫌に鋭くて、怖かったのを覚えている。その人は殆ど見ているだけだった。


 スカイが近寄ってきて、リウイの頭にふれる。その耳を撫でて、それがたしかに体温の通う本物の耳だと確かめるように、優しく摘む。そして、二言三言、そのおじさんと言葉を交わした。


「辛いことをさせるかもしれないけれど、僕の従者になる気はありますか。」


 耳に届いたスカイの声は、未だ声変わりもしていないような幼い声だった。不思議と従う気になった。というか、そのために自分は生まれたのだと感じた。


 その後、リウイはスカイの従者となり、王都に連れて行かれ、人工精霊を身に宿す儀式・・・というか手術を受けることになった。


 人工精霊は獣人と親和性が高いのだという。まだこの大陸に人間種族と獣人種族が共存していた頃、精霊を「使う」魔術は天使が。精霊を「宿す」魔術は獣人が使っていたのだと。

 精霊は天使種族に従うようにできているらしいから、その時点でリウイはまごうことなき獣人だったのだろう。


 生まれた村の納屋で、ろくな教育も受けていない故に言葉も知らず、犬と同じように餌を与えられて生きていた。


 言葉だけはかろうじて、音と、大半は心を読んで理解することができた。


「辛いコトがあるかも知れないケド、一緒に来るかってスカイは聞いてきたんだ。その時ボクは、ご飯もロクにもらえてなかったから、このままココにいるより、スカイと一緒の方がツラくないって思った。」


「そう・・・」


 ライラは、どう反応していいか判らないようだった。確かに親に捨てられた話と、今の主人に見つけられた話を同時にされても、良かったねとも大変だねとも言えないように思う。


「あ、ゴメンネ、暗い話じゃないんだ、ボクとスカイが初めて会ったトキってだけだよ。ボクはスカイのものだから、スカイが大変なトキには、ボクが死んでもスカイを助けなきゃなんだ。」


「死んでも・・・」


 ライラの瞳が暗くなる。迷っているようにリウイには見えた。でも、何をだろう?考えをまとめるまえに、ライラは呟いた。


「自分が駄目になっても、やらなきゃいけないことって、あるのね・・・」


「そうだよ。」


 リウイはきっぱりと断言する。それが正しいことかリウイにはわからないけれど。スカイのためだと言うのだけが確かだった。


「ソレをやるのが正しいかどうかはボクにはわからないケド。やらなきゃ、未来のボクが後悔するってコトだけは判るんだ。」


 ライラがリウイの手を握る。ほのかに暖かいその手は、カタカタとふるえていた。


「私にも、やらなきゃいけないことがあるの。」


 けれどその眼は、迷ってはいない。強い光が宿っているように、リウイには見える。


「さっき言ってたウイルナの森のこと?」


 引き出しの奥から出してきた古びた地図を、ライラはテーブルの上に広げた。細く白い指先が、地図にある古い街道を指す。


「この道には今乗り合い馬車が通ってる。きっと二人が通ってたのもこの道ね。…私たちのいまの村はここにあるわ。」


 ここ、と指さされた場所はずいぶん端にあった。


「ずいぶん村が端っこだね?」


 ライラの指が森の中心を指さす。そこにはウイルナの森とかかれていた。


「私たちは森に住んでいたのよ。ウイルナ様の森の中。ここは、世界の中心なの。女神のウイルナ様が、神様になった場所だと言われているわ。昔の村の中心にはウイルナ様の石像があったの。」


「どうして今はそこに住んでないの?」


 確かに村の建物は、そこそこ年季が入ってはいたが、小屋以外は朽ちては居なかった。リウイの生まれた村に比べて、家の土台なんかもしっかりと作られてはいなかった。まるで、仮ごしらえの家のように。


「もう住めないんだって。わたしのおばあちゃんの時代にね、大災害があったんだって。それでウイルナ様の森の中にあった村から出て、ここに来たの。」


「すぐ戻るつもりだったんだネ?」


ライラが返す微笑みが、何よりの肯定だった。


「そうよ。叶わなかったみたいだけどね。それよりーーウイルナ様の像に願うとね、なんでも願いを叶えてくれるのよ。でも願ってはいけないの。」


「どうして?」


「願いが叶うとね、それが大きな願いであればあるほどーー災厄も大きくなるから。」



 そう昔じゃない最近、ここに村ごと引っ越してきたのだ。もう村が住めなくなるほど、大きな災厄を背負ったが為に。


「他人の不幸と引き替えに願いを叶えるのがーーウイルナ様の森の秘密なの。」


 ライラがリウイに握らせたのは鍵だった。古びた、元は金色だったろうけれど、今は茶色く変色してしまった鍵。


「朝が来ると、アンダンはウイルナ様の森に願うでしょう。スカイ様を消してって。きっと叶ってしまう。その前に。」


「スカイを助ける!ありがとうライラ!」


 鍵を握って駆け出すリウイの背中にもう一つ、ライラは願いを口にした。



「ウイルナ様の森を・・・消してしまってほしいの・・・」



 リウイはそれに答えるすべを持ち合わせていなかったけれど、ただ風のようにスカイの元へかけだした。



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