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12 夢と現実の境目

 明日からはしばらく味わえなくなるであろう、ふかふかしたベッドの上で、ユエとアッシュの二人は眠りをむさぼっていた。


 カーテンを開け放した窓からは夜空が見える。冴え冴えとした夜の月の光が、二人の寝室に射し込んでいた。


 窓の外に、生き物の影がさした。その影が月明かりに照らされると、それが真っ黒な猫であることがわかった。その猫はどこまでも音がないまま、窓をすり抜けて部屋の中に入り込んだ。


 ユエが気配に気づいて目を開ける。


「ああ、スカイ」


 猫は、ユエの声に促されるようにベッドサイドのテーブルの上に座るとスカイの声で話し始めた。


「本当は、こういう出歯亀みたいな野暮な状況で話したくはなかったんだが。」


「あら、見た目はとっても詩的で美しいですよ。月の光を背負った黒猫とお話しできるなんて、素敵です。」


 クスクスと笑いながら、ユエが体を起こす。毛布からのぞく夜着は、月の光を受けて光沢を放っている。ひとめでそれが高級な絹だと知れた。


 露わになった陶器のような白い肩には、複雑な文様が闇色で描かれている。入れ墨のようであったが、ユエの場合他人と違うのはそれが生まれつきあるものだということだ。


「それに、スカイがこんな手段を使うってことは、きっと緊急事態なんでしょう?」


「・・・・・・まあ、そこそこな。」


 ユエはぷっと吹き出した。猫には表情がないが、その声音からスカイのこの上ない仏頂面が想像にかたくない。


「私たちは、どこに向かえばいいですか?」


「王都から少し離れているが、オーレストルという町がある。そこから乗り合い馬車がでていてな、途中にある名もなき村だ。ウイルナビレッジとオーレストルでは呼ばれているらしい。」


 ユエは、まだ魔術師の学校に行っていたころに習った、この世界の地図を思い出していた。


 大陸のほぼ中央、やや南側に王都がある。そこから東に行けば、学校のあった学園都市。西がこの家の近くにある町。オーレストルは王都より北で、大陸の中心に近かった。オーレストルより北には深い森があったはずだ。


「私、地理苦手なんですよね。」


「アッシュが得意だろう。傭兵だったんだし、ユエが希望するならどの町でも下町の安い酒場を紹介してくれるくらいには詳しいさ。」


「それもそうですね。」


 ユエとスカイは学校で出会った。魔術師を養成するためだけの学校だ。二人とも、特別クラスにいた。


 表向きは、王都特殊訓練クラスと言われていた。


 学校内では単純に王都組などと言われていた気がする。というのも、そのクラスの者の殆どが、王都で宮廷お抱えの魔術師になれるということが約束されていたからだ。


 特別クラスは王都クラスの中でも生え抜きで、普通ではないものが選抜されてクラスに所属していた。


 スカイは、生まれながらに天使種族だけが使えるはずの文字魔術が使えたから選抜された。


 ユエは、入学時の魔力測定で測定器を壊した。通常の人間の10倍以上の魔力があるらしい、とその時知った。


 ユエからすると、他人より魔力が多いのは当たり前のことだったのだけれど、それを入学時に申請はしなかった。もししていたら普通の学校には入れていなかっただろうと思う。


「そういえば、こんな夜でしたね、学校でスカイが私に話しかけてきたのは。」


 ユエは、その長い黒髪をかきあげた。髪のすきまからのぞく耳は、するどくとがっていて、人間のそれではない。


「そうだったか。」


 スカイの声はぶっきらぼうだった。こんな夜と言われても、スカイにはこの月は見えていないのかも知れないな、とユエはひとりごちた。


 そう、たしかにこんな夜だった。月の光ばかりこうこうと、ユエの制服に降り注いでいた。


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