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9 一方そのころ

 王都から少し離れた町。そこから、やはりもう少しはずれた丘の上、川の近くにその小さな家はあった。


 屋根は赤い煉瓦で、やもすると少女趣味にも見える、小振りな家だった。


 家の前には洗濯用のロープが張られていて、毎日のように洗濯物が干されている。籐でできた洗濯かごを持って、高くなりかけた日を仰ぐのは、黒檀の髪を持つ女だった。


 何処までも真っ直ぐで長く黒い髪、透き通るように白い肌。すらりと通った鼻筋。何処からどう見ても美女だった。


 瞳すらも黒く、すこし紫かかっているので、その瞳は闇色と卒業した学校では言われていた。


 さらりとした麻の長袖のワンピースに、日差しを避けるためか頭にもバンダナのような薄い布を巻いていた。布は、黒地によく見れば濃い紫で繊細な刺繍がしてある、民族品だった。


「ユエ、そんなにいっぺんに洗濯してどうするつもりだ?明日から暇になっちまう。」


 赤い煉瓦の家から出てきて、女をユエと呼んだのは赤銅色の短髪に日に焼けた肌を持つ美丈夫だった。


 片目は刀傷でつぶれている。開いている左目は、濃い茶色をしていた。


「いえ、明日からは別の意味で忙しくなりそうですよ。ほらアッシュも手伝って。」


 干し終わったシーツを畳んでアッシュと呼んだ青年に押しつけながら、ユエ・・・ヴィオレッタ・ユエインはにっこりと笑った。


 ユエインと、アッシュ・ブラッドアームは、二年前からこの家に一緒に住んでいる。ユエインは元々出自不明の魔術師で、アッシュは傭兵だった。王都に家を借りるどころか、戦争のない今、大抵の村では鼻つまみものになる。


 知り合いのつてを頼ってこの家を手に入れたのだ。


「明日ってなんかあったっけか、買い出し?」


 町からもある程度距離があり、近隣に家はない。森が近く、バグや狼、山賊が町を襲うことがあれば、真っ先にねらわれる場所にこの家はある。


 事実何度も襲撃を受けているが、そのたびに魔術とアッシュの剣で適当に追い払っていた。間接的に町を守っていることになるのだが、町の者は知らないし言うつもりはない。


 物理的に距離が離れている以上、町への買い出しは週に一度程度だった。二人はそのために馬を二頭飼っている。栗毛の牝馬と青鹿毛の牡馬だ。


「ヘルメスとスレイプニルにも、たっぷりお水と飼い葉を。明日から長旅になりそうですし。」


 二頭の馬の名前を出しながら、ユエはにこやかに言った。


「・・・ユエ、何処に行く気だ?」


 アッシュが後ろからユエを抱きすくめる。ユエの背はアッシュの肩ほどまでもない。手をのばしてアッシュの赤銅色の髪をくしゃくしゃと撫でながら、ユエは満面の笑みで言った。


「心配しないで、アッシュも一緒です。」


 そしてその鼻先に、先ほど届いた手紙を差し出した。


「スカイからお手紙です。まだ開けてませんけど。」


 アッシュは、これでもかというほど深い深いため息をついた。そしてユエの体から両手を離して手紙を受け取る。


 差出人はスカイ。よく知る人物・・・というか、二人が住むこの家を用立ててくれた人物。


 二人はスカイをよく知っていた。単なる親切心から家を用意するような男でもなく、なんだかやっかいな用事でもないかぎり、手紙をよこすような男でもないことを、イヤと言うほど知っていた。


「そりゃ、長旅になりそうだ。」


「しかも、届いたのが郵便じゃないんですよねぇ。スカイが使うなら精霊かなぁ」


 アッシュはユエから押しつけられた洗濯物を家の中にしまい込むと、壁に掛けてあった鈍色をした剣を背中にさした。両手剣というのもはばかられるような大剣、アッシュ以外使うことはできないであろう、超重量の特製の剣だった。

 その剣と、アッシュ自身の特性から、傭兵時代は「鋼のアッシュ」と呼ばれていたのだ。


「行き先は、ユエが知ってる、で間違いないか?」


「明日までにはスカイの居所を特定しますよ。そのための契約ですから。」


 ユエが一瞥すると、家の屋根の上にいた風見鶏が一瞬にして一羽の鴉になった。ユエの魔術は声を媒体としない。視線を使って、そのものに干渉し、自分の式神にしてしまう。闇魔術と言われる魔族が主に有する力だった。


「さあ、探してきてください。私の主を。」


 鴉は漆黒の羽根を広げ飛び立った。王都から南にある、森の方向へと。


 そして二人は、明日と言わず返答如何で今晩のうちに出立できるよう、荷物をまとめ始めたのだった。


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