序章
暗い闇の中でただ祈っていた。
暗いのは、あたりが暗いせいなのかもう自分の目が見えていないのか、定かではないけれど。
体が、どんどんと冷えていくのは、雨のせいではないらしい。横たえた体を包む液体が、自らから流れ出した血だと気づいたとき、あきらめに似た感情を覚えた。
ただ、執着だけがこの血塗れの体を生かしているようだ。
死んでしまうのは酷く怖い…いや、消えてしまうのは酷く恐ろしく思えた。
今まで連綿と繋いできた生命のバトンを、自分の代で終わらせてしまうことが怖かった。恐ろしかった。厭だった。
ざり、と土を踏む音が聞こえる。もうそちらを見る気力さえ持ち合わせてはいない。
このまま消えてしまうのだ何もかも終わってそして眠りにつくのだー何も恐ろしく無いじゃないか。
必死に自分に言い聞かす。自然の摂理には従わなければならないだろう。この体は滅びる。
「敢えてその摂理とやらに逆らおうと思う。」
思考を読んだかのように、目の前に立った人物が囁いた。この体に言っているのか、自分自身に言い聞かせているのかは定かではない。
「もうすでに、私たちは逆らっている。今更滅びに逆らったところで、何になる?神すら作り出すような世界だ。」
もうやめてほしかった。十分傷ついたから眠らせてほしかった。永遠に。
ああ、これは夢だ、遠い昔に自分が死んだときの夢なのだ。
力の奔流が流れ込んでくる。視界が急速に開けて、時間を巻き戻すかのように傷がふさがっていく。
視界が開けたときに、やはり暗かったのは辺りではなく目が見えなかったせいなのだと気づいた。
深い森の中に自分は倒れている。
ーー森?いつもは丘の上なのに?
目のはしに映る髪は黒い。
ーー黒い髪?いつもの俺の夢じゃない?
これは誰の夢だ?
疑問を持ったときにはもう目が覚めていて、そしていつものように何一つ覚えていなかった。