第一話
「行ってきます」
淡々と、まるで記号のようにそう口にして玄関ドアをばたんと閉じた。
うだるような夏の太陽もまだ静かな朝。
かつかつとローファーの音が住宅街に響く。
それも数分で過ぎ去り、しばらくすると喧騒が近づいてくる。
通勤、通学するたくさんの人の足音、車の音、電車の音。
駅前では今日も、会社や学校へ向かう人が規則的に歩いていた。
人々の頭上に、『褄問駅』とかかれた大きな看板が見えてくる。
私はその、規則的な人々の流れに乗る―――――
―――――ことはなく、横切るように駅前を通り過ぎていった。
ちらりと駅に目をやり、私はため息をつく。
私の名前は、高橋 椿。
この褄問駅から3駅離れた、檜崎高校に通う三年生。
―――いや、通うという言い方は正しくない。
なぜなら私は、学校をさぼっているからだ。
――――――――――――――――――――
しばらく歩くと、駅前のマックが見えてくる。
スーツ姿や、学生服が見受けられる店内であいている席に座り、財布とスマホだけを持ってレジへ向かった。
「いらっしゃいませー!店内でお召し上がりでしょうか?」
来るたびに聞く同じ問いに、同じ答えを返していく。
間もなく私の手にはアイスティーとMサイズのポテトが乗ったトレーが届き、それを持って席へ向かった。
スマホと財布、トレーを机に置いて椅子に腰をおろし、セーターの袖を少しまくって、左手の腕時計に目を落とす。
時刻は午前8時00分。
ここから1時間は暇を潰さなければならない。
さて、ソシャゲでも起動するか・・・と、机に置いたスマホを取ろうとすると、私の正面からにゅっと手が伸びてきてスマホを取り上げた。
「腕時計は高物、週2,3度は朝マック、駅に近い一戸建て住みで中高一貫の私立高通い・・・随分恵まれた環境に見えるけど、どうしてそんな顔してるの?」
思わず顔をあげると、テレビCMどころかアニメでしか見ないような、超がつく美青年が私の前に座っていた。
彼はスマホを片手で弄びながら、にこにこと私を見つめている。
「・・・貴方誰?というか、なんなの?ストーカー?」
「君の上司だ」
「・・・上司?」
何を言っているのだろうか。というかそもそもなんでそんな個人情報を知っているのだろうか。
私の学校はバイト禁止だし、今まで働いたこともない私に、上司なんているはずがない。
私が胡乱な視線を向けていると、彼はにっこりと完璧なスマイルを浮かべてこう言った。
「君は今日から、魔法少女になったんだよ。」