猫と月
夜、オレ達は温泉に入る事になった。
寒い中の温泉は温かく、体を癒やしてくれる。
今回は、オレも最初から褌をつけている。エリンギはつけていないが。
「猫丸、温泉はいいな」
「ああ。昔、皆で塩江の温泉に行ったのを思いだすぜ」
「えっ⁉」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
「そうか。それにしても、えりんぎ……」
顔の赤いエリンギは、前足を振ったり飛び跳ねたり猫らしい仕草をして歌い踊っている。
「エリンギ、何や。その歌? 太陽とか出ていない夜だぞ。しかも、ここはお花畑じゃなく温泉だぞ。それに、お前。青灰色だろ」
「ふっ。『イエロー・キャッツ』だ」
「エロ・キャッツ? お前らしい歌だな」
「何だと⁉ バカ猫‼ 品行方正な俺を愚弄する気か⁉ この名曲を何だと思っている⁉」
「いや、本当の事を——」
エリンギはオレに向かって飛びかかって来たので、オレは逃げたが、エリンギはクロールで泳ぎ向かってくる。
「許さん‼ バカ猫‼」
「いやいや、逃げるわ‼」
「ははは」
オレ達のやり取りを見ている八郎は、お酒を飲みながら笑っている。
「猫丸、えりんぎ。酒を飲まないのか? 今ある酒は全部、私が飲むぞ」
「いやいやいや、少しくれ」
「こら‼ 飲むな‼」
オレとエリンギは追いかけっこをやめ、酒を飲む事にした。
「それにしても……」
酒を飲みながら、空を眺めると、大きな満月が見えた。
「月は綺麗だな」
「ああ。美しい月だ。猫丸の国の月も同じだろう?」
「……形は同じだけど輝きが違う」
「そうか。だが、形が同じなら、同じ月なのだろう」
「そう、だな……」
八郎はオレが未来から来た人間であるとは、一言も言っていないんだよな。八郎に言ってしまうと、何だか怖くて言えないんだよな。
「そう言えば、かとりとさとりと如月は?」
話をすり替えて違う話題にした。
「さとりは、後から入ると言っていた。如月は知らないが……。かとりは……」
八郎は言いにくそうな表情になった。
「かとりは、どしたん?」
言いにくそうな八郎は決心して、
「かとりなら、呼びかけてみると良い」
「えっ?」
「名前を呼びかけるだけで良い。呼んでみるのだ」
「じゃあ……かとりー」
オレが小声で呼ぶと、
「はいー‼」
忍者服を着たままのかとりは、オレの足元から出て来た。
「いいっ⁉」
「何ですかー‼ 何かありましたかー‼」
「何でもない。ただ呼んだだけだ」
「そうですかー‼ 若様ー‼ ではー‼」
かとりは潜って何処かに行った。
「……」
オレが驚いていると、八郎は気にせず、
「かとりは呼べば来る。猫丸が呼んでも来る様にと言っている。これからは猫丸。何かあったら、かとりを呼ぶといい」
「……そうですか」
いつから足元に居たんだ?
ん? 足元?
「なあ。八郎‼ まさか⁉」
「どうした? 猫丸?」
「かとりー‼」
「はいー‼」
今度は後ろから出て来た。
「かとり、オレ達の会話聞いていないよな?」
「んー‼ 何かー‼ 猫が歌を歌っていたようなー‼」
聞いてたあああああああああああああああああああああああああ‼
「かとり、忘れろ。天罰が起きるぞ」
「それはー‼ 怖いですねー‼ ではー‼ 忘れましょうー‼」
うん。それでいい。
「他にー‼ 用はー‼」
「他には無い。ありがとう。かとり」
「はいはいー‼ ではー‼」
かとりは、また潜って消えた。
「……危なかった」
「猫丸。えりんぎの事を隠したいのか?」
「ああ、もし誰かにバレたら、まずいからな」
「多分、知っているぞ」
「えっ⁉」
「……猫丸。かとりは陰ながら私を支えているのだ。恐らく、もっと前から、えりんぎが喋る事が出来る事を知っていると思うが」
「嘘ぉおおおおおお‼」
「かとりの性格だ。猫丸が口止めしても言わないと思うぞ。だから、猫丸。気にするな」
「八郎……」
八郎が言うのなら安心なんだろうな。多分。
「女の子にばれても、可愛い猫の振りして甘えるから問題無いぞ」
「それが厄介なんだよ‼ エリンギ‼」
「何故だ‼ 俺のダンスは女の子どころか野郎も魅了するダンスなんだぞ‼」
「喋る事もツッコミだが、扇子持って踊るのもツッコミもんだろ‼ そもそも、お前が魅了させる事で皆、騙されているんだぞ‼」
「騙されてはいないぞ! 俺が可愛いだけだ‼」
「エリンギィ‼」
「バカ猫ぉ‼」
オレとエリンギは温泉の中で喧嘩をした。そして、それを八郎は楽しそうに眺めている。
「可愛い猫イジメだ‼ バカ猫‼」
「お前は可愛くない‼ 外見だけ可愛いだけで、中身は凶悪だ‼」
「外見が可愛ければいいだろ‼」
「お前の性格の悪さは別格だ‼」
温泉が八郎の頭にかかるが気にせずに喧嘩をしている。だが、温泉がかかっている八郎は嬉しそうだ。
「そもそも、お前が——」
「バカ猫‼ お前こそ——」
一人と一匹が喧嘩をしているが、八郎は月を眺めながら、
「……今が楽しいな」
一杯、酒を飲み、
「充実している」
空になった酒を置いた。
「ずっと、続くといいな」




