表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
備前宰相の猫・二巻  作者: 山田忍
3/30

猫とぴっぴ

「猫丸、近いうちに備前に行こうと思うのだが……」

「備前にか、いいぞ!」

 オレの反応を見た八郎は笑って、

「では、明後日に行こうと思う。それまでに準備をしてくれ」

「わかった!」

 八郎が部屋から出て、オレとエリンギだけになった。

「エリンギ、どうする?」

「明後日、備前の雌猫ちゃんとの再会だな」

 エリンギの顔はスケベオヤジになっている。女と雌猫が絡むと、いつもこんな顔になる。

「エリンギ……」

「取りあえず、準備だろ」

「ああ、そうだけど。勘一郎達に、お土産買おうと思っているんだけど」

 勘一郎達とは、オレが備前に行った時に出会った子供達の事だ。

「ボンボンの金で買えばいいじゃないか」

「確かに、八郎の金で買おうと思えば買えるけどさ、八郎に頼ってばっかりだといけないだろ」

「どうする気だ」

「それには、小遣いで小麦粉と塩を買いに行き——」

 翌日、

「いらっしゃい! いらっしゃい!」

 オレは完成させたアレを大坂城の前で売った。

「ねこまるぴっぴはいかが、安くて美味しいよ! 一杯三銭(三百円)‼」

 オレがねこまるぴっぴを売っていると、周りの町人は集まって来た。

「ねこまるぴっぴ? 何だありゃ?」

「食い物か?」

「ええ、食べ物ですよ。一杯三銭‼」

 食べ物と聞いた町人は、

「買ってみようか」

「そうね。猫の作った物だもの」

 町人達はどんどん、ねこまるぴっぴを購入していった。

「毎度!」

「美味しい!」

「こりゃ、美味いな」

「ありがとうございます‼」

 ねこまるぴっぴとは、オレが作った讃岐うどんの事だ。オレのおじさんは有名うどん店の店主だからな。オレは昔、朝練が無い時、小遣い目的で早起きして、うどん屋の手伝いをしていたんだ。

 オレが作ったねこまるぴっぴは、いりこ出汁に、トッピングはネギだけのかけうどんだ。

 ちなみにぴっぴとは、香川県の子供の方言でうどんの事だ。

「頂戴!」

「俺も‼」

 ねこまるぴっぴは売れていき、ある人が注文してきた。

「猫! ねこまるぴっぴを一つ」

「俺にも売ってくれ」

「虎之助さん! 左衛門さん!」

 筋肉質で髭面の加藤清正こと、虎之助さんや体格のいい福島正則こと、左衛門さんがオレの元に現れた。

「いいですよ。はい!」

 オレが二人にうどんを渡すと、

「ところで、猫。あの食い物を食べていいか?」

「あの食い物?」

 オレが横を見ると、えんりけうどんと書かれたうどんがある。えんりけうどんを見ると、エリンギがうどんの上で羽の付いた扇子を持って、いつものダンスを踊っている。

「ふにゃあ!」

「エリンギ! やめろ‼」

 エリンギをうどんから離して、違う場所に連れて行くと、小声で、

「何故、えんりけうどんを売らない! こんなに美味しいうどんをだ‼」

「売るのか⁉ えりんぎぴっぴなのに⁉」

「えりんぎぴっぴとは、何だ⁉ えんりけうどんだぞ‼ 安いぞ‼ 金一枚(百万円)だ‼」

「金一枚って何だよ‼ えりんぎぴっぴ何て食うヤツ——」

「えりんぎぴっぴとは、何だ?」

「何だえ? 子猫?」

 二人の男性が現れたので、えりんぎぴっぴについて、説明する事にした。

「えりんぎぴっぴ、って言うのは、まずい食べ物の事です」

「食べ物、の事かえ?」

「そうです。エリンギが作った食べ物の事です‼」

「えりんぎちゃんが作った食べ物⁉」

「あっ⁉ はい‼ そうです‼」

「えりんぎちゃんが作った食べ物か……」

 その人は金一枚を乱雑に置き、

「食うぞ‼ 馬鹿猫‼」

「えっ⁉ 食べるのですか⁉」

(やつがれ)は、ねこまるぴっぴが欲しいのだが……」

「あっ! はいっ! 毎度‼」

 えりんぎぴっぴを食べている、大きな目と長いまつ毛が特徴的な石田三成こと、石治部さんで、エリンギが大好きな事で知られている。

 ねこまるぴっぴを食べているのは、白い布を纏って目だけでは、男か女か分からない、大谷吉継こと刑部さんだ。

「えりんぎぴっぴ……箸で切れるほど柔らかく、噛めばふやけていて美味しい物だ……」

 いや、完全にまずいうどんじゃん。

「子猫が作ったねこまるぴっぴとやらは、美味だねえ」

「そ、そうですか‼ ありがとうございます‼ 刑部さん‼」

「ああ、もう一杯欲しいねえ。料金は弾むから」

「では! もう一杯‼ どうぞ‼」

「感謝するぞえ。子猫」

 刑部さんがうどんをもう一杯注文している間に、石治部さんはある事に気付いた。

「ん? これは……」

「どうしました? 石治部さん?」

「これは、えりんぎちゃんの毛‼」

 石治部さんが箸で掴んでいるのは、青灰色のエリンギの毛だ。

「エ、エリンギの毛が入っていたのですか⁉ では、料金はタダに——」

「いや、構わん。えりんぎちゃんの毛と出汁が手に入るのだからな。料金は倍にしよう」

「えっ⁉ ええっ⁉」

 そう言うと、石治部さんは更に金三枚置いた。

「そ、そんな‼」

「馬鹿猫、えりんぎちゃんの礼だ」

 と、言いながら石治部さんは去った。

「ほほほ。子猫のは、美味だったぞえ」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 刑部さんは石治部さんの後を追い、去って行った。

「ねこまるぴっぴが欲しいのですが」

「ありますか?」

 それから、ねこまるぴっぴは売れに売れ……。

「はあ……。最後の一杯だ……」

「ねこまるぴっぴはあるか?」

「ありますよ」

 最後の客は聞きなれた声だ。オレは最後の客にねこまるぴっぴを出した。

「代金は?」

「タダでいいよ。八郎」

「そういう訳にはいかない。代金は払わせてもらうぞ」

 八郎はオレの前に三銭を出した。

「はい」

 八郎にねこまるぴっぴを出すと無言で食べた。

「……」

「…………」

 ねこまるぴっぴを食べ終わると、八郎は笑って、

「美味しいな。初めて食べたぞ」

「そ、そうか! ありがとう‼」

 だが、八郎はオレに対して、少し怒っている表情だ。

「こんな事をしていたのなら、何故、私も呼ばない」

「いや、これは、オレの個人的な問題だからさ」

「個人的な問題なら、尚更、私が手伝ってもいいだろう?」

「うっ、でもさあ……オレの小遣い稼ぎなのに……」

「猫丸が金に困っているのならば、私が金を出すのに、何故、猫丸が働く?」

「そ、それは——」

「それに、私も一緒にしてみたかったのだ。ねこまるぴっぴを売るのを」

「八郎……」

「猫丸。次からは私もいいか。手伝っても?」

「ああ! いいぜ!」

 オレはうどん屋を片づけて、八郎と一緒に帰る事にした。

「猫丸。知っている者は来たのか?」

「ああ、虎之助さんや左衛門さん、石治部さんに刑部さんが来たぜ‼」

「そうか。その様な者が来るのなら、私も尚更、手伝いたいものだな」

「そうだな。次からは八郎にも手伝ってもらうよ!」

「では、楽しみにしよう。もし、するとしたら、いつになる?」

「今の所は考えていない。また、してもらう時には、声をかけるよ」

「いつでも、声をかけてもいいぞ。猫丸」

「ニャハハハ」

「ははっ」

 二人で笑っていると、ある事を思い出した。

「エリンギ、えりんぎぴっぴで巻き上げた金四枚は全額返金するぞ」

「何! 金四枚をか⁉ 女男にしか売れなかったんだぞ‼」

「それでも、返すぞ。エリンギ」

 オレが金四枚を取り上げると、

「ふぎゃー!」

「やめろって、エリンギ!」

 エリンギはオレを引っ掻いてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ