猫と軽き男
それから数日後、オレは一人で大坂城に行くと、
「猫さん!」
「あっ……」
オレに愛想よく話しかけてきたのは、弥九郎さんだ。
「猫さん! 調子はどや!」
「……」
オレは、何となく弥九郎さんから離れた。
「ね、猫さん⁉」
オレが弥九郎さんから離れかけると、
「何しているの~? あんな猫、放っておこうよ~」
何だか軽いノリの声がしたので振り返ると、オレの尻尾を掴み、エリンギの命を狙った軽そうな三十歳くらいの男が弥九郎さんの隣に立っていた。
「猫さんはええんや。右近さんも気に入っているからや」
「う~ん。それが気に入らないんだよね~」
「? ? ?」
何や。この男?
「あのー……」
「何や?」
弥九郎さんは嬉しそうに尋ねるが、
「やっぱりいいです」
エリンギの事があるので、聞くのをやめた。
「聞きたい事があるんやろ? 儂でええんやったら聞くで」
「いいっすよ。じゃあ!」
オレは急いで二人から離れた。
その夜、
「ふにゃ! ふにゃ!」
八郎が猫じゃらしを使ってエリンギのトレーニングの相手をしている。
「うーん」
「どうした? 猫丸?」
「いや……何でもない」
「そうか。もし、何かあったら私に言うのだ」
「ああ」
あの男、何やろ。いったい誰や?
八郎に聞いてみようかと思うが、それならば、エリンギの事を話さないといかん。
聞きにくいなぁ。
翌日、王の兄ちゃんの屋敷の帰り道、
「王の兄ちゃんから、お菓子貰ったぞ。帰ったら、八郎とエリンギに——」
「やあ~」
「うおっ⁉」
目の前にあの軽い男が‼
「な、な、な、何や⁉」
「キミ、ジュストの屋敷に居たの~」
「ああ、王の兄ちゃんの屋敷におったけど?」
「その手に持っているのは、何~?」
「お菓子や。やらんぞ」
「構わないさ~。ただね~」
「ただね?」
「キミ、なれなれしいんだよ」
「えっ?」
一瞬、軽い男の目が冷たくなった。まるで、誰かを殺すような冷たい目だ。
「彼は伴天連の大檀那。つまり、キミみたいな、吉利支丹でもない単なる猫が、なれなれしく話しかけ遊びに行くような人じゃないって事だよ」
「……」
昔のオレなら本気でビビっていたが、今のオレなら、
「でもさあ、嫌いやったら屋敷に行く以前に目も合わさんよ」
「……」
「王の兄ちゃんが嫌なヤツや無いけん。遊びに行くんや」
「……ふ~ん」
軽い男は、軽い調子に戻って、
「まあ、今回は大人しく身を引くよ~」
軽い男は去る前に、
「ああ、そうそう。私はレオンって言うのさ~」
「レオン……って言うのか」
昔のオレなら、レオンって今風の名前やな、って思ってしまうが、これは南蛮宗=キリスト教の洗礼名である事は分かっている。
つまり、王の兄ちゃんや弥九郎さんと同じ吉利支丹だと言う事だ。
夜、エリンギがトレーニングを終え、眠る前に、
「エリンギ、弥九郎さんと如月が、お前を殺そうとした時、隣に居たヤツ、レオンって言う洗礼名だぞ」
「レオン、成程」
「エリンギ、誰だ?」
「ああ、そいつは蒲生氏郷だ」
「何者だ?」
「蒲生殿と言うのは、伊勢松ヶ島城主の事だが」
オレの部屋の戸を開けて、八郎が入って来た。
「は、八郎⁉ 何しに来たんや⁉」
「猫丸。お主とえりんぎが蒲生殿の話をしているのが聞こえたから、私が教えただけだが……猫丸、小西殿や如月がえりんぎを殺そうとしたというのは、どういう事だ?」
やべっ‼
「それは……三人がエリンギに、コロコロした餅をくれたって話だ」
こんなので乗り切れる訳——
「そうか。ころころした餅と言うのは、美味そうだな。私の手元には無いのか?」
乗り切れた‼
「——あ、ああ……悪い……」
「ならばいい。明日、私は出仕をするので、留守を——」
「いや、俺も行くぞ!」
「エリンギ。何で——」
オレが聞こうとすると、エリンギは小声で、
「あの南蛮かぶれに、俺の鍛え上げたパンチを喰らわそうと思ってな」
そう言いながら、エリンギはボディビルダー風のポーズをしている。
「……そっか。じゃあ、オレも行くよ」
「見ていろ。バカ猫」
翌日、
「行くぞ‼」
エリンギは気合十分にオレの肩に乗った。
「元気だな。今朝も猫じゃらしで遊んでいたな」
「全ては今日の為だ」
「……」
こうして、大坂城に向かったのだ。
屋根の付いた極楽橋が見えてくると、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あれは……」
弥九郎さんだ。しかも、如月はいないので、エリンギが攻撃出来るチャンスがある。
「ふにゃ(見つけたぞ)‼」
肩に乗っていたエリンギは、オレの頭に乗り飛び上がった。
「ふにゃ(喰らえ)!」
「ん? 何や?」
エリンギはアンパン——ならぬニャンパンチを弥九郎さんに——