猫と自主トレ
オレが起きると、普段は座布団で寝ているエリンギがいない。
「ん? エリンギ?」
オレが一人で探しに行くと、
「ふにゃ!」
エリンギが宇喜多屋敷の庭を走っていた。
「エリンギ。なんしょん?」
走っているエリンギはオレに気付いて、オレの前に来た。
「見て分からないか。バカ猫? 自主トレだ」
「自主トレって、早起きしてか?」
「そうだ。自主トレをするのだ」
エリンギはシャドーボクシングの真似事をしているが、
「何でまた、自主トレを?」
エリンギは前足でオレを指さし、
「南蛮かぶれの奴だ‼」
「弥九郎さん?」
「そうだ! こんな可愛い猫が、あんなひどい目に遭わされたのだぞ‼ その報復として、自主トレをして強くなって、仕返しするのだ‼」
「強くって……猫なのに?」
「猫でも鍛錬すれば強くなる! 事実、俺の時代では、猫ー1の格闘技部門のチャンピオンも居る」
「猫ー1……」
どんなんやろ……聞いてみようかと思っていると、エリンギが、
「バカ猫! お前も手伝え‼」
「オレも⁉ 何すりゃいいんだよ‼」
「何、これだ」
エリンギが持っているのは、猫じゃらしだ。
「猫じゃらし? 前、怒ったやろ」
以前、エリンギに猫じゃらしを使おうとしたら怒った経験があるからだ。
「あの時は、遊び感覚でするからだ。猫じゃらしと言うのは、猫のトレーニングにもっとも最適な物だぞ」
オレはエリンギから猫じゃらしを受け取り、
「取りあえず、これでエリンギと遊んでいればいいって事だろ?」
「バカ猫! 遊びじゃない‼ トレーニングだ‼」
「分かった分かった。付き合うよ」
こうして、オレはエリンギのトレーニング(?)に付き合う事になった。
「ふにゃ! ふにゃ!」
「猫丸。えりんぎと遊んでいるのか?」
エリンギとトレーニングしていると、八郎がやって来た。
「遊んでいない‼ 自主トレだ‼」
「自主とれと言うのは、猫丸が早朝、走ったり素振りをしたりしている事だろう?」
「そうだ! それを今、俺がしているのだ‼」
八郎は猫じゃらしを見ながら笑ってエリンギを見た。
「えりんぎがか、雌猫にちやほやされたいからか?」
「違う! 南蛮かぶれを殴る為だ‼」
「小西殿を? 何か、えりんぎにしたのか?」
「ああ! 実——ふぐっ!」
オレがエリンギの口を押えて黙らせたら、小声でオレに向かって、
「バカ猫、何故、黙らせる⁉」
「いや、知られるのも、どうかと思っただけや」
「いいだろ! 酷い目に遭ったのだから‼」
「オレが知ってるだけでいいだろ! 八郎の今後の事に影響するかもしれないのだから」
「そんな事知るか‼」
「何かあったのか?」
「ふぐ——」
「いや、何も」
「そうか。では、私も、えりんぎと猫じゃらしで遊ぼう」
八郎もエリンギのトレーニングに付き合った。
それから、数日後、
「ふにゃ……」
「エリンギ、無理するなよ」
オレがエリンギの後ろ足を押さえつけ、エリンギは腹筋をしている。
「ふにゃ……腹筋をしないと……いけないんだ」
「エリンギ、無理するなよ。猫なんやから、疲れたら休めよ」
「ふん……休まないぞ……」
オレとエリンギで腹筋の訓練をしていると、
「えりんぎちゃああああああああああああああああんんんんんんんんんんんんんん‼ どうしたのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
石治部さんが宇喜多屋敷に入って来た。
「馬鹿猫‼ えりんぎちゃんを虐めるな‼」
「いじめだなんて、そんな!」
石治部さんは、オレがエリンギを虐めた様に見えるが、実際はオレがエリンギの自主トレに付き合っているだけやのに、と思っていると、
「石田殿、えりんぎも強くなりたいのだ」
石治部さんの声が聞こえたのか、八郎が庭に出て来た。
「う、宇喜多殿。何故だ⁉」
「えりんぎも、皆の為に強くなりたいのだ。すまないが、石田殿は下がってくれないか?」
「そ、そんな……えりんぎちゃん……」
「……」
エリンギも下がれと言う目で石治部さんを見ている。
「そ、そうなのか? えりんぎちゃん? もし、馬鹿猫や他の奴に虐められたのなら、言ってくれ。すぐに報復に行くから」
「ふにゃ!」
エリンギが可愛くウインクすると、
「えっ、えりんぎちゃん……‼」
石治部さんは失神しそうになったが、気を取り直して、
「ま、また会おう。馬鹿猫! 宇喜多殿‼」
嬉しそうな顔で去って行った。
その夜、
「バカ猫、猫じゃらしだ!」
「はいはい」
オレがエリンギと猫じゃらしで遊んでいると、オレの時代で飼っている猫のミツナリを思い出す。
「? どうした? バカ猫」
「いや、何でもない」
「だったら、鍛錬の手伝いをしろ」
「わかった、って」
オレがエリンギの鍛錬(?)の手伝いをしていると、八郎も一緒に、
「猫丸、私も遊びたい」
と言って、八郎も猫じゃらしで遊んでいるのだ。
「猫丸、えりんぎと遊ぶのは、楽しいな」
「だろ」
「えりんぎとずっと遊んでいたいな」
「オレもだよ」
「遊びじゃない‼ 自主トレだ‼」