08話 ケツァルコアトル
まず、セラフェイムが突風を起こしてケツァルコアトルの飛行を邪魔する。平均Cだけあって、強引に風を突破しようとするが、セラフェイムの狙いはあくまでも動きを鈍くすることだ。
そうしているうちにソロネの周囲にいくつもの透明な球……水で出来た球体が出現していく。
ソロネはシードラゴン……水属性のドラゴンだ。とは言え、その本領は海などの水場がある場所で発揮される。水の無い場所では、ソロネはそれほど力を発揮できない。それでも、なんとか兄や姉達に追いつきたい! ずっと守られるばかりだったソロネは奮起した。赤ん坊の頃は気弱な性格だったソロネが、そんな風に思えるようになるとは……。俺はその心意気を汲み、水を使った様々な戦法を伝授したのだ。
これがその一つ……“スフィアショット”である。
圧縮して鋼鉄並みに硬化した水球を、マシンガンの如き速射で次々に撃ち出す。
水球は風によって足止めされたケツァルコアトルの身体に次々に命中する。ケツァルコアトルは耐久力も相当なものである為、水球がその身体を射抜く事は無かった。
だが、鋼鉄の砲丸によってタコ殴りにされたようなものだ。見れば、HPも結構減っている。
よし、ケルヴィンの火球でトドメだ!!
と思っていたら、突然ケツァルコアトルが身体を震わせる。それもただの震えでは無く、空気にブーンという振動音が響く程の超振動である。
その振動によってケルヴィンから放たれた炎は命中する直前にかき消され、続けて放たれたソロネのスフィアショット……セラフェイムのかまいたちまでもが弾かれる。
そして、そのままケツァルコアトルは弾丸の如き勢いで三匹に向けて突進したのだった。
慌てて散開して避けるのだが、それでもケツァルコアトルは空中で旋回して執拗に襲ってくる。
さすがは数値ではうちの子達よりも上なヤツ!
そうそう簡単に勝てはしないな。
◆◆◆
ケツァルコアトルは戸惑っていた。
何故だ?
何故、伝説の生物と言われているドラゴンがここに居る?
魔王陛下より、ブルーネ王国の王都を滅ぼす命を受け、その地に行く途中の事だった。ケツァルコアトル自身の力と、自らが従える飛行魔獣軍団であれば容易い仕事……そう思っていた矢先のことだ。
異常な量の魔力を感知した。魔力量からして自分以外の魔獣軍団では敵わない恐れがある。そう判断したケツァルコアトルは、自分一人で原因を調べてみようとしたのだ。
まさか、そこでどう見てもドラゴンとしか思えない生物に遭遇するとは思いもしなかった。
数千年前……滅んだと言われている伝説の種族……ドラゴン!! 500年という永き時を生きるケツァルコアトルでさえも見た事が無かった生物だ。
ただ、見る限りではまだまだ幼体の様子。
魔力量も自分に比べると低く感じられる。ならばここで叩くか、もしくは戦闘不能にして捕えるという選択肢もある。
何にせよ、ここで遭遇してしまった以上、見過ごす事は出来ない。
この空の覇者として、逃げる事など許されないのだ。
そう己惚れるだけの力を持っていると、ケツァルコアトルは自負していた。
戦いを始めたが、やはり伝説は確かだ。幼体と言えども自分に対してここまで渡り合う事にケツァルコアトルは戦慄を覚えた。魔王や四天王には敵わないまでも、魔王軍では上から数えた方が早い実力を持っているというのに……。
とは言え、勝てないレベルでは無い。
実際、ケツァルコアトルの奥の手とも言える“ソニックブーム”を使うと、あちらはただ逃げ惑うばかりになった。
敵対するドラゴンは3種。
ファイヤードラゴンは攻撃力が高いが、ブレスのチャージ時間が長い。最大エネルギーで放出されれば、ソニックブームの鎧すら剥ぎ取られるかもしれないが、その隙を与えなければいい。
エアロドラゴンは、スピードこそ速いが攻撃力に欠ける。また、防御力も三竜の中では最も低い。ソニックブームの鎧を纏ったまま体当たりでもすれば、一撃で勝負は終わりだろう。
シードラゴンはこの二竜の中間といった所か。
スピードも遅くは無いが捉えられないレベルでは無く、攻撃力も低くは無いが耐えられないレベルでは無い。
もし戦場が海上だったならば話は違っただろうが、ここは空。自分のフィールドである。
ソニックブームで身体を鎧のように包み、体当たりを繰り返す。
見た所、スタミナはこちらの方が上。ならば、執拗に追い詰めればいつかは逃げきれなくなる筈。
しばらくその行動を繰り返すと、予想通りにまずエアロドラゴンのスタミナが切れて来た。動きは見る間に鈍くなり、放たれる風の刃にも力を感じない。
エアロドラゴンを集中的に狙い、やがてその動きの隙を捉えた。そのまま体当たりし、その脆弱な肉体を粉々に粉砕し―――
「ガウウゥゥッ!!!」
―――ようとしたケツァルコアトルの体当たりが命中する直前、割り込んできたファイヤードラゴンが身代わりとなる。
ソニックブームの鎧によって肉が引きちぎれ、血が飛び散る。が、耐久値は三竜の中で最も高いのか、そのまま粉砕される事は無かった。
それでもファイヤードラゴンは力を失ったように動きを止め、そのまま大地へ向かって落下していく。
「キュィィィッ!!」
「グォォォォッ!!」
他の二竜が叫ぶ。
……死んだかどうかは定かではないが、これでもう戦線復帰する事は無いだろう。
さて、最も攻撃力が高い者が居なくなった訳だ。ケツァルコアトルにダメージを与えられる者はこの場に居ない。……これで詰みだ。
「グアァァァッ!!」
「!?」
シードラゴンがこちらに飛びかかって来た。
仲間を殺されて怒りに我を忘れたか。ソニックブームを刃にして、目前のシードラゴンに放つ。が、刃が命中する直前に、シードラゴンを守るように発生した風の壁によって相殺される。
急ぎその場から離れようとしたが、それよりもシードラゴンは速かった。ケツァルコアトルに組みつくと、その喉元に牙を突き立てる。
離れろ! とばかりにケツァルコアトルは暴れるが、シードラゴンは意地でも離れないとばかりに牙をさらに深く突き立てる。
この状態ではソニックブームは使えない。それに、首筋からは血が噴き出し、生命力がジリジリと失われていっているのは自覚できる。
だが、もう一体の竜もシードラゴンがこちらに組みついている以上は攻撃できない筈。
ケツァルコアトルは身体を回転させ、そのまま高速で飛びまわりだした。なんとかして組みついているシードラゴンを引き離そうとしているのだ。
傷の影響でソニックブームの鎧は発生できないが、短い間隔で微かに発生させて少しずつシードラゴンの身体を傷つけていく。
このまま行けば、いずれ向こうの方が先に力尽きる筈。……ケツァルコアトルはそう思っていた。
が、その矢先……飛び回っている最中、自分の身体が風の壁にぶち当たって押し戻されたのだ。
障害物の無い空で何が?
「!!」
視野を広げて周りを見てみたら、自分の周囲が竜巻の如き風の結界によって閉じ込められている事に気づいたのだ。
犯人は、エアロドラゴンだった。ケツァルコアトルがシードラゴンに気を取られている間に、その周囲を飛び回り、巨大な竜巻を発生させてその中に閉じ込めたのだ。
だが、閉じ込めたから何だと言うのだ。
いくら少しは弱ったと言っても、エアロドラゴンとシードラゴンでは敵わない事は分かっている筈―――
そこで、今まで組みついていたシードラゴンがその牙を放した。
ようやく力尽きたのか……。最初はそう思ったが、シードラゴンはまるで急ぐようにその場から離脱した事でそうじゃない事に気づく。
ケツァルコアトルにゾクッと悪寒が走る。
その悪寒の正体は、自分が今まで視線を向けていなかった真下にあった。
ファイヤードラゴンだ。
満身創痍ながらも生きていたファイヤードラゴンは、自身のブレスを最大限にチャージし、今までケツァルコアトルを狙い撃つチャンスを窺っていたのだった。
そして、エアロドラゴンの力によって逃げる場所は無くなり、シードラゴンの粘りによってケツァルコアトルは今の今までファイヤードラゴンの存在に気づけなかった。
……見事である。
フルパワーのファイヤーブレスを受けながら、ケツァルコアトルはその賛辞の念を送ったのだった。
◆◆◆
その戦いを、俺は冷や冷やしながら見守っていたのだった。
ケルヴィンが超振動の体当たりを受けて落ちた時は、あのくそ鳥ぶっ殺す! と思わず手が出そうになったぞ。
何とか踏み止まれたのは、ケルヴィンが落ちながらも「まだ大丈夫!」と目で訴えたためだ。
結果的になんとか勝てたものの、親としてはなかなか気持ちのいいものじゃないな、これ。
俺はケツァルコアトルを撃破してキャッキャッと浮かれている三竜へ近づくと、
『お前等よくやった!!』
と、素直な賛辞を送った。本音で言えば、あまり冷や冷やさせないで! という所だが、それは胸の中に仕舞っておくとしよう。
そして満身創痍、疲労困憊となっている三竜を回復魔法によって一瞬で癒す。破壊系魔法だけでなく、こちらのサポート系魔法の習得も万端でござるよ。
それにしても、地上に降りていきなりあんな強いのに遭遇するとはついてない。
あんなのがうようよしているんなら、今後はもっと慎重に動かないといけないな。