辻橋女子高等学校33 ― 姉を弄ぶ弟
「筋肉で作られた声帯と、そこを通るブレスによって声は生み出されます」
「……やっちゃったのね、沙紀ちゃん」
「はい……。すみません」
いやもうもはやどうでもいい。声も調整できるとか、もうリッチ生活間違いなしじゃーん。
ってか! 今からできるんじゃない?
もう既に俺を妃乃里に仕立て上げてるんだからできるだろう。さすがに妃乃里そっくりの声ではないし、骨格もそりゃ違うけど、男の状態からこれだけ寄せられれば十分だ。どの整形技術にもできない、世界唯一の技だ!
……決めた。
明日から商業化に向けて動く。
そうすればメイドだって執事だって雇えるから俺の人生パラダイスじゃん!
まぁ完全に沙紀がこの話に乗っかることありきで考えているが……それなりに道筋つくれば沙紀も乗ってくるだろう。
よし、今日何やらされるのかよくわからないが、さっさと終わらせちゃおう。
おっとその前に、これだけは聞いとかないと。
「ねぇねぇ沙紀ちゃん。これって元に戻せるんだよね?」
「……たぶん」
沙紀は満面の笑みでそう言った。
「おいーっ!!! 治らないとかふざけんなよ!!! どうやってこの先、生きていけばいいんだよ! 女として生きていけってか?! じゃあアレもその筋肉調整とやらでどうにかできんだろうなぁ!!!」
口よりも身体が動く、感情のままに身体が動くという具合に、気がついた時には沙紀の肩を持って、まるで今日これまでの溜まりにたまった感情が爆発したかのように、次女の体を前後に激しく揺らしていた。
「ちょ、ちょっと…………ひ、ひの……奏陽! 姉をもてあそぶな!!!」
はっ! 我に返り、とっさに手を離した。
弄ぶというどことなく意外な表現をされてしまった。なんだこの得体の知れないいけないことをしてしまった感は。
ん?
今奏陽と言ったか?
ようやく妃乃里ごっこは終わったか。
「落ち着いたのか?」
「ああ……。落ち着いたけど、落ち着いてない」
「大丈夫だ。言っただろう。私は本来もっと腕も脚も発達しているが、この状態を維持できている。私を信じろ」
「……わかった」
「わ・か・り・ま・し・た」
「え?」
「言葉遣いに注意しろ。これから行くところは、いつ鞭で打たれるかわからない……そんな所だ」
いやどんなところだよ! なに、常時女王様に見張られてたりするんですか。嫌なんですけど。そんな鞭で打たれるなんて。
「……わかりました」
「よろしい」
沙紀の表情が先ほどのような気の抜けた―――いや妃乃里に呆ける次女の顔からいつもの無表情に戻った。それでも、いつもよりは暖かみがあるような気がまだする。
……………………。
しばらく無言が続いた。
俺がいつも通らない道。
行き交う人の視線を感じる。
これは外見が女子に変わったからだろうか。
だとすれば女子は大変だな。これだけの視線を常時浴びるなんて。
なぜ大変と思うのかと聞かれれば、その視線の多くが胸と脚に注がれているからだ。
常にセクハラをされている気分だ。
そういえば結局、黒タイツは履かなかった。沙紀の部屋にいた時それが置いてあったのは見えたから、本気で昔の妃乃里を再現しようとしていたのだろう。
あれからプラスされたのは赤いカチューシャくらいか。
カラーコンタクトを入れた青い目、赤いカチューシャ、おっぱいボールを入れた胸のふくらみ、ライトブラウンの腰まであるロングヘアーということで落ち着いたか。
昔の妃乃里を彷彿させるなら黒髪ロングであるべきだが何故この色なのだろう。
制服はエメラルドグリーンのブレザーにピンクのリボン、スカートは黒地のチェック柄が入っている。
同じ制服が、しかも一応お嬢様学校として名高い女子高の制服が二つ並んで歩いているのだからそれだけでも目立つわけだが、俺を見る視線の中に真横からのキョロついた視線もまぎれていた。
「なんでしょうか。お姉様」




