辻橋女子高等学校30 ― 女の子が受ける視線
コツ、コツ、コツ、コツ―――。
ローファーがアスファルトと音を奏でる午前十一時。
平日のこんな時間に家のあたりを歩いているなんて一体いつぶりだろうか。
朝にはない太陽の少し強めな日差しを浴びて、見慣れた道を歩いていた。
「おや? 妃乃里ちゃん? 妃乃里ちゃんじゃないかい? おぉぉ、久しぶりだね~」
バーコード頭をふわふわさせた小太りの男が反対側から歩いてきて、声をかけてきた。
……妃乃里の言った通りになった。
もちろん、俺は妃乃里ではない。奏陽だ。
この世に生を受けてから、奏陽として活動させてもらっている。
奏陽として生まれていなかったらどうなっていたかなんていう不毛なことも考えたことも高校生なりにあるが、少なくとも現時点で俺が、この肉体が奏陽なのか奏陽でないのかと聞かれれば、もちろん奏陽と答える。
しかし、妃乃里の言う通り、どうやら今の俺は奏陽には見えないらしい。
「あ、こ、こんにちわぁ~」
妃乃里はこんな上品げに挨拶をするだろうか。
演じるとすれば、妃乃里の高校生時代、つまり生徒会長時代だ。それなりにかしこまってはいたが、固過ぎず、柔らか過ぎずといったような、どっちつかずの雰囲気だった気がする。だからこそ、誰にでも入っていくことができ、こうやって気さくに声をかけられるような存在だったのだろう。
「いやぁ~、妃乃里ちゃんも変わったね~。垢抜けちゃったねぇ~。前は皮膚が拝めるところといえば顔くらいだったけど、今はこんなに肌を見せてくれるのかい? いや~、目の保養、目の保養! あっはっはっは!」
―――俺の前にしゃがみ込んで来て脚めっちゃ見てくるんだけどこのハゲ親父―――もとい、バーコード親父。
風が吹くたびにペラッペラッとのれんのようになびいている。
……え、何これ。
え、
女子ってこんなこと日常的に受けてんの?
マジ?!
こんな露骨にセクハラ受けるものなの?
家から出て女の子プレイをこの世界で始めてからまだ三分も経ってないんですけど?
それでこれかよ! どんだけ危険に晒されてんだよ、女子達!
セクハラの波、荒れ過ぎだろ!
「あ、いや……えっと……」
俺の困り顔には目もくれず、下半身に執着するバーコード。もう息がかかりそうなくらいに近づいてきやがっている。
気持ち悪い……。
「いや~なんて綺麗な脚だぁ。さ、さわってもいいかなぁ~」
よだれ垂らしながら手を伸ばしてきやがった。
はっ、マジ……ふざけんな―――。
身を後ろに引こうとした時、目の前で何かが上から降ってきた。
「あああああああああああああぁあぁぁぁっ!!!」
目の前で親父がうずくまっていた。




