妃乃里と買い物32 ― アパレル店員のベルトが外れない
受け入れちゃったよ。俺の申し出、受け入れちゃったよこの人。まして感謝されちゃったよ。
―――じゃあやるか。さすがに抱きかかえるようにして手を後ろから前にやってベルトをいじっているのはちょっと変だろう。密着度が高すぎる。二人羽織りみたいだ。
だから俺は麗美店員に俺の方を向いてもらい、そこで膝をつき、ベルトのバックルをじっと見つめた。
…………なんだろう。この妙な緊張感は。
いつも姉達にやっている、慣れてるはずだ。
慣れてるはず……慣れてるはずなのに……他人だとこうも違うものか。
バックルに手を触れようとしたとき、麗美店員が口を開いた。
「仮にも衣類を扱っている店の店員としてこんなことはあってはならないのですが……お手を煩わせてしまって申し訳ありません」
いやこんなこと滅多にないから。店員と客が個室の中で、店員が上裸だったり、男の客が女性用下着を上下着けて鏡の前でたっているなど、おそらく全世界、そしてこれまでの人類の歴史を紐解いてもこんなシチュエーションはないだろう。
「まあ外れなくなることはよくあることですし、そんな気にしないでください」
気にされると嫌だからな。こちらとしては。
再び手をベルトに向け、バックルを掴んだ。
カチカチ…………確かに固い。
ごく普通のパンツスーツに合うベルト。ちょうどいい長さのところの穴に細長い金属の棒を差し込むタイプのものだ。しっかりとはまっている。はまりすぎているわけでもないし、動きもするのだが、肝心なところでそれ以上動かないような状態になっている。
こんな状態になったことないな。どうしたものか。
ふと上を見上げると、そこには俺をがっつり見下ろしている麗美店員の顔があった。表情はいつも通りの無表情だ。そんな顔で見られると、いけないことをしているみたいな、今にも怒られるんじゃないかと思ってしまうじゃないか。
「…………なにか」
「…………どうでしょうか」
しゃべりが被る。
どっちが発言するか様子見の間があく。
間があき、耐えられなくなり、話そうとしたその時。
「ねえ。さっきからここで何やってるの~?」
妃乃里がカーテンを開けた。
妃乃里は俺と麗美店員を交互に見て、そして俺の手先の様子を見るや「ふーん……」と冷めた目を俺に浴びせながら言った。
完全に誤解している。
妃乃里はカーテンをサッと閉めてどこかに行った。
……もうだめだ。一刻の猶予もない。
俺は急いだ。
思いつく限りあらゆる手を使ってベルトに食らいついたがなぜか取れない。力任せに強引に引っ張ったりしたが取れない。ハサミでも近くにあれば使ってしまいたかったくらいだ。
俺が激しく動けば麗美店員も激しく動く羽目になる―――そんな状態がしばらく続いた。




