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妃乃里と買い物22 ― 男と女の境界線

…………なんだこれは。




 なんなんだこれは!!!


 


 いつの間にこんなものをつけやがった?


 どうして俺は気づいていないんだ?


 こんなところで鎖に繋がれるとかどんな展開だよ、マジで!


 


 おそらく―――いや、どう考えてもさっきそこのカーテンの隙間から妃乃里を見ていた時につけられたはずだ。


 そしてそれをできるのは―――あなたしかいない、麗美店員。





 麗美店員に目を向けると、同じようにして俺のことをじっと見ていた。





「あんたがやったのか、これ。俺は一刻も早くここを出ないといけないんだ。さっさと取ってくれ!」





 麗美店員は視線を一切反らさず、そして瞬きをすることなく 一点に俺を見ていた。


 見るだけで、見つめるだけで、ただそれだけだった。





 マネキン……じゃないよな?




 そう思わせるくらい、俺の目の前に広がる光景は異様だった。





 今置かれている状況におののいていると、突然、麗美店員の背後で何かがどさっと落ちた。




 何だ? 視線を落としてそれらをよく見ると、それらはどう見ても、どこから見ても俺の服だった。




 予想は的中―――と言ったところか。予想と言うか必然、当然か。


 




 しかし、この後、思いもよらない事態が起きた。




 予想していない―――いや、とても予想なんてできない展開が俺を待ち受けていた。






 麗美店員は依然としてマネキンのようだった。


 


 瞬きをいつしているのかさえわからない。




 俺の服を下に乱暴に落としたまま、それを拾う素振りも手振りもない。身振りに関しては拾う動作関係なく全くなかった。






 しかし次の瞬間、麗美店員はここで自らの動きの沈黙を破り、自分の腕をゆっくりと動かし、背中へと指先を向けた。


 





 ものの数秒後。麗美店員の胸を覆っていた緑色のブラジャーがぽろっとはずれ、少し空気に揺られながら下に落ちた。










 …………………………………………………………………………。







 一体、今、何が起きている?





 何が起きた?





 俺は今、何を見ている?





 黒いパンツスーツを履いた女性下着屋の店員。


 その上半身は、言うなれば、生まれたままの姿―――上裸である。




 驚きすぎて、まさかこんなことになるなんて、こんな状態になった麗美店員を見るなんて夢にも思わない。夢の中で夢を見ても見ることはないだろう。





 なんて綺麗なんだろう。


 白くきめ細やかな肌に、胸の左右に綺麗な丸い淡い色。


 無駄な肉がなく、肉体美を感じるまである。





 …………って!!! なに解説してんだ、俺は!!!!!!


 さっさと目を覆えよ! 隠せよ!!!


 いや、まあ男かもしれないけども、女かもしれないじゃないか。覆っておくに越したことないだろが。


 


 俺は急いで目を覆う。


 その時。





「待ってください」





 麗美が言った。


 俺は目にかけかけた手を止める。





 俺が手を止めると、麗美店員が動いた。


 そのままの状態で、上裸の状態で、俺の方に近づいてくる。


 蛇に睨まれたような、狐につままれたような、呆気にとられてしまった俺の目の前には、いつの間にか円形のピンク色で突起物を有する体の一部位が左右に二つあった。




 少し口を近づければあたりそうな距離感で、自分が今何を見ているのか自問自答する。




 これは……おそらくあれだ。


 これはきっとあれなんだ。


 あれであって、さっきまで考えていたあれでは決してないんだ。


 あれというのは……その……あれだ。


 そう、最新のブラ。


 あたかも上裸に見えてしまうブラ!


 さすがはこの店を一人で任されているだけある。


 身を挺して客である俺に売り込みをするなんて販売員としての鑑じゃないか。


 すばらしい。


 だから俺は堂々とこの二つの突起物を見てもよいのだ。ブラだから。最新のブラを宣伝されているわけだから。


 でも、一応念のため、今からじゃ遅いかもしれないが、目を閉じておこう。





「奏ちゃんさん」




「な、なんでしょうか。ちなみに僕は何も見ていませんよ」





 今ほどこの人が男であることを願ったことはない。




「いえ、見てください! 見て……ほしいんです」





 見てほしい……だと?


 そりゃそうか。


 最新のブラだもんな。


 客である俺に買ってほしいよな。


 いたしかたない。もう一度目を開くとしよう。




 状況把握に努める俺に向かって、麗美店員は少しためらいながらまた口を開いた。





「僕の体を見て判断してほしいんです……男か、女かを」







 …………。




 今俺の前に立ちはだかるいろんな意味での難問に人生のうちで出くわす人は、いったい何人いることだろうか。


 


 個室の外ではトラブルを起こしている姉がいて、自分は首輪で鎖につながれ、目の前には最新ブラ(願望)を着けたどうしても俺にそれを買ってほしいらしい麗美店員がいて、そしてその店員に自分の性別がなんなのか相談される―――。


 




 いや、いねーよ! こんな状況にならねーよ、普通!!




 はたから見て性別不詳だとは思っていたけど、自分でも不詳だったのかよ。




 てか性別不詳ってなによ。


 どういうことなの。


 学校では何を着てるの?


 トイレはどっち入ってるの?


 学校のプールの時はどんな水着を着ているのさ!!!




 あと……なぜに僕っ子?!


 今から僕っ子にジョブチェンジですか?!


 いや、ジョブというほどではない……かもしれないが、でもそれだけの影響はあるといっていいだろう。性別がわかんないなんていってるんだからなおさらだ。




 とりあえず、ここは俺は一言何か返すべきなんだろうな。


 であれば、まずはあれだな。




「これから目を開けますが、訴えたりしませんよね?」





「そんなことしません……こんなこと相談できるのは、奏ちゃんさんだけなのですから」





 なぜ俺にそんな重要なことを……?





「なぜに俺なんだ? 今日初めて話したようなもんなのに……」





「……いつも見てました。いつも三つの異なるサイズのブラジャーやショーツを買ってらっしゃるので、ご家族か親しい方の代わりに買いに来ているとても世話好きで優しい方なのだろうと思っていました。その選ぶ時の目はとても鋭く、あらゆる下着を手に取り漁っていくそのお姿はかなりの知見をお持ちの上、判断力もある方だとお見受けしました。男性であり、女性をもまさに手に取るように理解していそうな、どちらの性も熟知しているすごい方だと……私は奏ちゃんさんのことをそのように思ったのです」






 だから俺に相談しようと思ったと……?




 まさかこの首輪はそのために用意してあったとでも言いだしたりするのか?


 そこまで困っているなら相談する先とか判断材料とか……何かいろいろあると思うのだが。


 さっきの話を聞く限り、どうやらこの人的には俺はどちらの性も熟知しているすごい人らしく、そういう人を探していたようだが―――いやいやいや! 熟知もなにもしてないから。すごい過大評価されている気がするけど、ほんと過大以外の何物でもないから。ただ下着のサイズと姉たちに受け入れられるか否かを考えてるだけだからね! 鋭い目でもなんでもなくて、ただ姉にこき使われていることに苛立ちが目から出ているだけだからね!





「だから……お願いします。僕の体……どこを見ても、触っても……どこをどうしようと構いません。教えてほしいんです。僕は男なのか女のか……僕は何者なのかを」

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