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妃乃里と買い物⑰ー初めて話す人への質問はなんだかんだで結局趣味のこと

 私よりあなたの方が似合うと思う―――だと?!




 麗美店員は俺のブラを掴んで突き出した手にそっと触れて押し返しながらそう言った。




 どういうこっちゃそれは! 俺の方が胸があるってか?


 ……いや全然ねえわ。せめて大胸筋で膨らんでたかなと思ったけど全然膨らんでなかったわ。




 「私」という一人称は女性に限るものではもちろんない。そんなことでは男だ女だと言うことはできない。





 ―――いや、まてよ? 





 ブラジャーは女性がつけるものだ。俺が男性というのは自明であった上で、もし麗美店員が女性ということであれば、ブラジャーをつけるにふさわしいのは麗美店員しかいないから今のような展開にはならない。そして麗美店員が男性ということならば、それは、受け取るわけはない。受け取らないけれども、言葉のやりとりの上での一つのユーモアとして、それは、男同士の中での冗談なのではないか……?




 なんかそれしか考えられなくなってきたぞ。この店員、マジで男なんじゃないか?


 


 ……いや、諦めるのはまだ早い。




 名前だ。


 胸に光るネームバッチ。そこに書いてある「麗美」という名前。


 これはかなりの期待の持てる要因だ。女性感が溢れている。溢れ出ている。ネームバッチから吹き出していて、俺の目にはそのネームバッチだけでも、もはや女性に見えてきた。それだけ、「麗美」という名前にはオーラがあった。




 俺は焦点をそこに絞り、濃い緑色のブラジャーを握った手を一旦引っ込め、一呼吸置いてから俺は再び声をかける。





「麗美っていう名前、かわいいですね」





 ……だいたいこういうことは言ってから気づくものだが、このセリフ、ナンパの一種だよな。どう考えても。


 よくよく考えてみれば、さっきのこのブラ似合う発言も、見ようによってはナンパに見えなくもない……んじゃないか? だとすればかなり新手のナンパだが。


 体中から溢れ出る、「俺何やってんだ、何やっちまってんだ」感による顔真っ赤っか現象を瀬戸際で食い止め、自分の発した言葉の恥ずかしさになんとか耐えながら、麗美店員の反応を待った。


 


「名前……ですか」




 麗美店員はそう言うと、指を顎の辺りに当てて少し考える。そして再び口を開いた。




「名前は、あきらです」




 それ名字かあぁぁぁい!


 麗美、名字かあああぁぁぁぁい!!!




 ということはあれか、この店員の名前は「麗美あきら」と言うのか。


 この名前からは性別はつかめないわ……。だってあきらさんは女性にも男性にもいるもの。




「私の名前、変ですか?」




 俺がビックリして反応できずにいると、不安になったのか、麗美店員が聞いてきた。




「え……あ……、ん? いや、全然変じゃないです。優雅さを感じられていい名前です」




「優雅さ……ですか。初めて言われました」




「あ、そうですか? みんなどうして言わないのかな~? 照れてるのかな~? あはは~」


 


 返答に困りつつも、怒っている様子はないことに安堵した。セクハラで訴えられずに済みそうだ。




 しかし問題はここからだ。そして当初の目的を思い出せ。


 俺はここに何をしに来たんだ?


 そうだ。妃乃里の新しい看護服にマッチしたブラジャーを買いに来たんだ。ストラップなしのブラジャーを。そして、その前に、いつも姉達が胸をお互いに測っていた数値ではなく、プロに測ってもらい、今もなお成長し続けている妃乃里のパイオツに合ったものを買ってやりたい―――そのようにして、連れ出された弟は思うわけだ。ほんと冥利につきてもらわないと尽くすかいがないぜ。




 そして何に苦労しているのかといえば、その妃乃里のパイオツに合うブラジャーを買うために、そのサイズをプロに測ってもらうこと―――もっと言えば、そのプロが男なのか、女なのか判断に困っている。今の問題はそこだ。本来の目的とは全く関係ないところで困り果てている始末。


 もう、こんなことで時間を取っている場合じゃない。それにこんな日曜日の売り場のゴールデンタイムに俺たちのせいで店舗内をすっからかんにしておくわけにもいかない。早くここから出ていかないと、へたすれば損害賠償も請求されかねない。




 さっさとこの店員、麗美あきらの性別を確認しないと……。


 どうする。


 どうしよう。


 どうすればいい?


 名前は聞いたから、このままなんでもいいから質問攻めにしてみるか。その答えから自ずとわかるだろう。




 ―――よし、いくか!





「あの」




「はい」




「ご趣味はなんですか?」





 ………………。




 なにお見合いみたいなこと言ってんだ俺は! 俺はあれか、緊張するとダメなタイプなのか? いや緊張しなくてもダメだけども。




 まあいい。これでもし趣味が漫画を読むことだったりして、少女漫画を何百冊も持っているのであれば、もうそれは女である可能性が高いんじゃないだろうか。


 俺は綺麗に整った麗美の顔、主に口を見て、開くのを待った。





「あの……」




「ん……えっ?」




「私の口、何かおかしいでしょうか……」




「お、おおお口? お口は全然おかしくないと思われますが」




「そうですか。ならいいのですが……。そんなに熱心にねっとりと口を凝視されたことがこれまでなかったもので……」





 ねっとり……。俺、そんな気持ち悪い目線を送ってたのか? 他人の口に……。




「いや、それは気のせいです。ちょっと見てると落ちつく口だったもので、つい目線がいっちゃったのかもしれません」




「落ち着く口……ですか。初めて言われました」




「そ、そうですか? こんなに心安らぐお口はそうそうお目にかかれないですけどね~。いや~、まことにありがとうございます」




 麗美あきらは自分の口に指を這わせる。感触とか確認しているのだろうか。その感触や形状のどこが落ち着くのかなんて聞かれても、その聞いた先がその言葉を発した本人、つまり俺であっても、それは非常に困る。なぜなら、その言葉は、相手の口を熱心にねっとり凝視したことをなんとかごまかすための緊急回避的に使った言葉であるからにして、ようは適当だからだ。適当以外の何物でもない。俺はそんなつもりで見ていたわけではもちろんないが、そう取られてしまったのなら仕方ない。口先だけでも逃げるしかない。相手が男ならまだしも、女だった場合、変態扱いされても何も言い返せない。




「……あ、すみません。私、何か聞かれていましたよね」




「あ、はい。ご趣味は何かと思って……」




 もう一度言うことになるとは思わなかったこの発言。初対面ではないが初対話でするような会話では決してない。




「剣道です」




 ……ちゃんと答えてくれたのはありがたいけど、なんでまたどっちつかずなこと言うかなー。どれだけ俺を惑わせれば気が済むんだよこの人は。そうか。それで無駄のなさそうな引き締まった体つきになっているわけか。スーツの外からでもわかるくらいだ。




 全然ヒントにならなかった……まあいい。今はとにかく質問攻めだ!




「あの」




 何を聞こうか考えていた矢先、突然、麗美が俺に声をかけた。




「それ……そのブラジャー、もしでしたら一緒に試着してみますか?」

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