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妃乃里と買い物⑩

「もう~、奏ちゃ~ん。歩くの速い~。もうちょっといろいろ見たいかも~」




「見たいかもだろ、かも! それは気のせいだから大丈夫だ」




「え~、気のせいじゃないかもしれないかもしれないかもだし~」とわがままな子供のようにわがままなそぶりを見せる妃乃里を尻目に、気にせず進む。


 




 下着売り場についた。俺行きつけの女性下着屋だ。




 ……男なのに行きつけの女性下着屋があるっていうのがどうかしている。




「ストラップ無しのブラジャーってどこに売ってるのかしらね。お姉ちゃん付けたことないから結構ドキドキかも」




 それどころか下着屋すら初めてじゃないか? 俺が知る限り妃乃里は来てない気がするぞ。


 店内を見渡しながら、おそらくこれまで俺が立ち寄ってないエリアにあるのだろうと思い、そういうポイントを積極的に探す。


 すると、あった。見つけた。やっぱりちゃんと売ってるんだな。




「妃乃里姉、あったよ」




 妃乃里はそう離れてないところでハンガーにつるされた商品をあさっていた。しかしその手の動きには特段意思を感じられず、何か考えているようだ。


 妃乃里がゆっくりと歩く気のない歩みをして近づいてくる。無理矢理連れてきたから機嫌が悪くなったか?




「結構種類あるぞ。Gカップも対応してるんだな。よかったじゃん」




 近づいてくる妃乃里の浮かない顔のせいか、いつもより少し気を使うような発言になった。そんなに食料品売り場をもっと見たかったのかな。


 ただ一つ気になるのが、さっきからキョロキョロというよりはジロジロと店内を見ていることだ。視線もそれなりに鋭く、妃乃里のあまり見ない行動に少しばかり動揺してしまう。




「奏ちゃん」




「な、なに? バスト測ってもらう?」




 少し言葉がつっかかる。




「……おっぱいを測る?」




「いや、なんかこの間胸がはちきれそうとか言ってなかったっけ。大きくなったんなら大きいサイズのブラしないと」




「……奏ちゃんはいいの? それで」




「な、なにがですか?」




 あまりに趣旨がわからなすぎて、それに加えいつも笑顔な妃乃里の表情が真顔になっていることにすごく圧迫感を覚える。




「だってあの店員さん……どう見ても男でしょ?」




 なんだって? 店員がか?




 さっきからジロジロ見てたのはそれか。今はまるでそこにブラインドがあってそれを指でめくり、そこからこっそり見るかのようなジェスチャーを添えている。目つきはすごくいぶかしんでいる。




 今、店内には店員は一人しかいない。その店員は俺がこの店に足を運ぶといつもいる人だ。確かに髪はショートカットで全体的に凹凸の少ないすっきりとしたスタイルをしていて、顔も少年のようにも見えなくもないから、妃乃里が男だと疑うのもわかる。もし男だとしたらかなりの美少年だ。




 ただ女性下着屋に男の店員を置いたりしないと思うがなと思いながら、両手の指をそれぞれ筒状に丸く包み、それを双眼鏡のように目にあてながら店員を見ている妃乃里を俺は見ていた。




「女だと思うぜ。女性下着屋だし」




「そんな偏見はお受けいたしかねます」




 お受けいたしかねます、だと? そんなお堅い言葉が妃乃里の口から出てくるなんて……弟として、そして日ごろ世話をしている人間として喜ばしいことだ。成長している。涙が一滴くらい出そうだ。




「偏見も何も、この顧客満足度を追求する現代社会の中で、そんなクレームが来そうな、ましてこの女性下着売り場で女性店員を置くなんていうのはこの仕事のマストとなるようなことであるだろうに、このデパートに入るような店舗がそれを怠るなんてことは……」




「そんなことはどうでもいいの」




 これ以上ないくらい端的に俺の考察と発言の努力を無に帰すがごとく、話を遮った。




「ねえ、奏ちゃん。ちょっとさぁ、確認してきてくれない?」




「何を?」




「あの子の性別」




 妃乃里は俺の顔を引き寄せ、耳元でささやくように言った。

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