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妃乃里と買い物⑨

 歩いていると、お客に何かを渡している三角頭巾を被ったおばさんがいた。良く見ると、つまようじの先には小型のウインナーが刺さっている。近くには小さめのホットプレートの上でウインナーが焼かれており、香ばしい匂いが漂っている。




「新作のウインナーです。おいしいですよ~。ご試食いかがですか~」




 おばさんが両手にウインナーを刺したつまようじを持って笑顔で声をかけている。こういう試食の仕事をしている人を見ると、すごく良い人なんだろうなと思ってしまう。渡そうとしてもいらないとか言われたり、素通りされることはしょっちゅうだろうに、そんな中でもやっていけるのは心の許容量、キャパが大きいんだろうなと思う男子高校生の心中である。




 実際、そういう仕事だと思えばなんてことないんだろうけどな。むしろその食べ物が嫌いな人はこないわけで、よっぽどその商品が口に合わないようなことが無い限りクレームなんてくることないからもしかしたら割りのいい仕事なのかもしれない。




 うちの色気垂れ流しの長女は、男の視線を一身に浴びているせいなのか、それはそれはとてもご機嫌な様子で、どうやらその健気な光景が目に入っていないようで手を伸ばすこともなく通り過ぎた。




 おばさんは顔色を変えることなく腕を引っ込める。




 申し訳ない、おばさん。俺が食べてもいいんだが、俺がそれを食べている間に妃乃里が迷子になる可能性も無きにしも非ずなので俺も素通りさせてもらうわ。ウインナー好きなんだけどな。特につぶつぶ感があるやつが好きだ。つぶつぶとか言うとナタデココみたいな雰囲気があるけどそんなんじゃなくて、噛み付いたあと中を見ると脂肪の塊みたいな白い点が見えるようなやつ。あれがきっとつぶつぶ感を出しているんだろうな。




 俺たちが通り過ぎると、おばさんはそのまま後ろから来た小さい男の子連れの母親に「おいしいですよ、どうぞ」と言ってウインナーを渡した。




 母親はそのまま「はい、どうぞ」と子供に渡すと、その子はしばらくウインナーとにらめっこを始めた。なかなか口に入れようとしない。




 そして何を思ったのか、「これいらなーいっ!」と言って腕を上にぶんっと振り上げた。




 すると、つまようじからウインナーが抜けて宙を舞った。その舞っていく方向が、すごく、すごく嫌な予感を引き起こさせるものだった。




「あんっ!」




 あんっ?




 ウインナーが着地するであろうタイミングで聞こえたその声が、不吉な気がしてならない。




「ちょっと、奏ちゃん! 大変よ、大変! ほら、これ見て」




 妃乃里がこっちを向き、見てというので近づくいていく。




 すると、さっき子供が投げたウインナーがまるで狙ったかのように妃乃里のおっぱいの谷間に突き刺さるようにして着地していた。




 おい。もうこれは何がなんでもあれだろ、奇跡の類だろ。間違いなく。




 谷間に、角度的には四十五度くらいで突き刺さっている。しかもなぜか奥深くまで潜っており、すっぽりとおっぱいとおっぱいの間に収まっている。谷間から顔を出しているような感じだ。




「奏ちゃん、早く取って~。ちょっと熱いかも~」




 そりゃそうだ。きっと少し前までホットプレートの上で焼かれていたのだろうから熱いだろうよ。じゃあ早くとらないと火傷になってしまうかもしれないじゃないか。




「はいはい」




 人目がある中、俺は姉のボリューミーな胸の中心に指を突っ込もうとじわじわと手を近づける。




 ……周囲をちらりと見てしまったら手が止まった。見渡すとすごいギャラリーになっていた。もともと妃乃里を追っかけてきた男どもに加え、その群がりが何の群がりか気になって近づいてきたヤジウマでいっぱいだった。




「奏ちゃん……」




「……あ、ああ、悪い。今すぐ取るから」




「そうじゃないんだけど……手じゃなくて……口がいいかもしれない……かも」




 はっ???




 俺は挙動を止め、妃乃里を見る。完全に変なスイッチ入っちゃってるよこの人。見られると興奮するスイッチ入っちゃってるよ!!!


 どんだけ変態を極めてんだよ。ちょっと前の黒タイツ清楚女子の風貌はどこへやりやがった。面影ゼロすぎるぜ、変態姉貴!!!




「ほら」




 JK時代の黒髪から明るい茶髪へと変貌を遂げて今に至る妃乃里は、両腕で胸を寄せて谷間に挟まってるウインナーをさらに締め付ける。




「なんで口なんだよ。手でいいだろ」




「そんなことはどうでもいいの。それよりも早く取ってくれないと熱くてやけどしちゃう。早く、一刻も早く口で取ってくれないと~」




 どうでもよくねーじゃねーか。口がいいんじゃねーかよ。


 でも確かにやけどは大変だ。こんなところにやけどの跡なんか残ったら、一生恨まれる。




 俺はそう思うや否や、顔を妃乃里の胸の谷間に押し込んだ。




「あんっ。奏ちゃん、こんなところでっ!」




 変な声出すなぁぁぁぁぁぁ!!!




 ウインナーを口に含むと素早く取り出した。


 


 ……取り出したのはいいんだが、どうすればいいんだ?




「おまえさんや」




 おじいさんの声がする。




「おまえさん、それ、わしにくれないかね」




 それって……どれだ。俺が今くわえているやつか?




「そんな若いエキスたっぷりのウインナー、他にないて。それ食べれば若返りそうじゃわい」




「いや、わしがもらう!」




「いやいや、おれが!」




 ギャラリー間で妃乃里の谷間でほかほかウインナーの争奪戦が始まった。




 ……ばかか、こいつら。


 


 いや、一番馬鹿なのは間違いなく、こんなことをしていた俺たちだ。


 まんまと妃乃里に乗せられちまった。




「ママー、ボクもあれやりたーい。おっぱいでウインナー食べたーい」




「そんなことしちゃいけません! ほら、行くわよ!」と言ってその場を離れる親子。




 遠くで「店員さん、こっちです!」という語気を強めた人の声が聞こえた。


 なんかやばい気がすると思い、妃乃里の手を掴み、食品売り場から出た。




「さっさと下着売り場行くぞ!」




「えー、もっとゆっくりしていこうよ~。まったり回ってこうよ~」




 いい加減にしてくれ!というのは心に留めておいて、俺たちはそそくさと下着売り場に向かった。

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