結奈②
「おーい、パンツ見えてんぞ」
俺はまじまじと5分早くこの世に生まれてきた姉のパンツを見ていた。
いつものうっぷんを晴らしてやろうとこれでもかと近づいて見てやる。
「ちょ、ちょっと! 何堂々と言っちゃってるのよ。何見ちゃってんのよ!」
急いで体勢を立て直し、腰までめくれ上がったワンピースのスカート部分をそそくさと直す。
少しは恥らっているのか、顔が赤くならないまでもそれなりに恥ずかしそうな表情になっている。
こういう姿を見ると安心するわ。弟として。
こういう時にちゃんと恥ずかしがる態度が取れるということにだ。
逆に恥じらいも無く、堂々と見せつけるレディーに仕上がってしまったら、きっとこれから死ぬまで、俺の人生のそばには、生涯繊細さの劣化に歯止めの効かない暴君が居座りそうだ。
間違いなく俺が早死にするに違いない。
「まったく……」
お怒りのご様子だ。
「ちょっとは姉の心を気遣って、嘘でもいいから見てないとか言えないわけぇ? そんなんだからいつまでたってももっさり具合が抜けないし、彼女ができないのよ。ふんっ!」
そっぽを向いて、腕を組んで怒っている。
仮に見て無いなんて言っても、どうせ『こんな状況で見てないわけ無いじゃない。むしろあたしが転んでいるところを見ていないなんてどういうことよ。ちゃんと見てて倒れる前に助けなきゃだめでしょ。……ん? じゃあ今もあたしを助けてなきゃだめじゃないの。なんであんた直立してるのよ、不動なのよ。どうして両手がフリーなのよ。あたしが傷つかいように助けなきゃだめでしょーが!』とかなんとか言われるに違いない。
どちらにしても、お説教が待っているのだ。
しかし、なんというか不思議なものだな。パンツというのは。
使用して、洗濯をしたあと引き出しにしまわれ、そしてまた使われるというパンツのルーティーンの中で、使用している時にたとえ偶然であれ、目に入れてしまうと激怒される。
そうであると思ったら、使用後なんかは、さっさと洗濯しなさいよ! 明日もこれ履きたいんだから! とプンスカと荒ぶる態度を見せられるわけだが、パンツ自体を見ること、触ることには何のお叱りもないときた。
二日連続で使用したくなるほど、俺が買ってきたパンツが気に入っていることについて、買い主としてひそかに喜んでいるということは胸のうちに閉まっておくとして、このパンツを見るタイミングの違いによる説教の有る無しについては、姉の世話をしている時に思う七不思議の一つに入れていいと思う。
本題に戻ろう。
結奈のパンツをどうやってもらうかだが……少し考えた。
肌に纏わせていようが、たたまれて引き出しに入っていようがパンツはパンツだ。
それがどのような状態でこの地球上にあったところでそれがそのパンツであることには変わりない。
それを身に纏っている時というのは、マネキンに履かせているのと同じ事だ。
こんな、しかもアクシデント時にちょっと見えたところで、わーわー言われることではないのだ。
いや、わかっている。わかっているんだ。
女の子が転んでスカートがめくれ、純白のパンツを覗かせている状態なのであれば、素早く正面に向かい、「大丈夫かい?」なんて言いながら僕は何も見てません感を前面に出した表情で手を差し出してあげるのが、レディーとの交流のたしなみの一つであることはよーく分かっている。
しかし、だ。あのパンツの所有権の半分くらいは俺にあって当然だと主張する。
だって買ってきたのは俺だし、パンツメンテナンスをしているのは俺だし。
こいつは自分の匂いこそふんだんに染み込ませているのであろうが、そんなことで自分の物だという主張が通るのは犬の世界だけだ。
だから所有権の一部は俺にあるからパンツをよこせ!
……よし、行ける。これで行こう。
「おい、もっさり愚弟」
目を閉じて真剣に考えていたところ、とんでもない呼び方をされてイライラとしないわけがない俺のハートが両目を鋭くさせ、その眼光を最も歳が近い小柄な姉に送ると、結奈は片腕を長く伸ばして俺に銃を向けていた。
「あの世で会おうぜ」
結奈は笑顔を浮かべながら引き金を引いた。




