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悩み相談室⑦

「いいのかよ。あんなことして」


「ん? なんのことかしら~~」


 上機嫌で答える三上は小さな電子機器を俺に見せつけながらそのスイッチをスライドさせていく。すると、水晶の中の光が次第に消えていった。


「ほらふき嘘八百もいいとこだぞ。あれをさらに怒らせたらめんどくさいことになりそうだけど」


「どうでもいいよ。いつも嘘しかいってないんだから一緒じゃない。ちょっとやりすぎたかもだけど、私だって人間なんだからあんな態度とられたら感情的にもなるわ~。と言うかむしろめんどくさい事になってほしい。そうすればこのポジションから降ろしてもらえるだろうに。降ろして欲しい~、変わってほしい~よ~」


 三上は机にうつぶした。

 悩み解決率100%のうわさの三上のあであるが、今の相談でその偉業が崩れ去ってしまったかもしれない。

 確かにいつも嘘だったり、適当だったり、その場しのぎの回答をしてきたが、なんだかんだ的を得たことを言って見事に解決してきたのだ。さっきみたいなめんどくさい相手にもめげずにやっていたのだが、いい加減もう限界が来たのかもしれない。


「……とりあえずあと3人いるから。起きてくれ」


「ええええ、まじ~~か~~」


 はぁぁぁぁと深めな長いため息をつく。


「じゃあもう早く呼んでー。やっちゃおーよー」


 俺は廊下に向かってドア越しに「次の方どうぞ」と声をかけた。


「1年生の遠藤たけおさんです」


 部屋の中央にある椅子まで誘導し、三上にアンケート用紙を渡す。

 かなりの痩せ形な遠藤は顔が痩けており、幸薄そうという表現では収まらなそうな不幸顔である。

 血色がわるく、そもそも血が通っているかあやしいほどに白い。

 肌が白いとかそういうことではない。

 異常に異様に白い。

 表情をちっとも動かさないのがまたその異様さに拍車をかけている。

 しかしその姿も、最初の相談者の相談にのっていた時よりももっと閉ざされた、もはや目をつぶっているのか開けているのかわからない三上の目には映っていないかも知れないが。


 俺は少しでも調子が戻るようにと金平糖がたくさん入った箱をすっと三上の近くに置いた。


「えーっと、遠藤さん。お悩みですか~?」


 右手を箱に伸ばしてまるで夜テレビを見ながらスナック菓子を食べているかのようにポリポリと金平糖を食べ始めた。

 いやそういう食べ方は想定してないから!

 糖分補給、疲れ軽減のために置いたから!

 節度守りなさいよ!


「はい。僕、先月くらいから食べても食べてもこのとおり太らなくて、それどころかやせていくばかりで困ってるんです」


 目一杯の作り笑顔を浮かべていた三上だったが、それを聞くや否や顔をがくっと下に向けた。

 すると、金平糖の箱に手を勢い良く豪快に突っ込んだ。

 そして次の瞬間、その金平糖を手一杯に握り、それを勢いよく遠藤に投げつけた。


「しるかぼけぇえ!!!そういうやつに限ってたいして食ってねーんだよ!食べても太らないとか言ってるヤツは結局大して食ってねーんだよ!このカロリーの塊でも食ってろ!!!」


 はあ……。

 ここまできたらもう無駄なあがきはやめよう。

 いいじゃないか。たまには生徒会長に会うのもさ。

 沙紀姉への土産話にもなるし。


 はあ…………。

 俺は手を顔に当ててため息をついた。

 「胃下垂は除く!」と後付けする三上の声が聞こえる。

 どう会長に報告しようか、そして相談室を問題なく運営するという会長からの命を全うできなかったことによる会長からのお叱りの情景が目に浮かぶ。ちびりそうだ。

 後に自分に待ち受ける苦痛を想像して目を開けると、遠藤たけおの表情がとびきりすがすがしくなっていた。

 顔色も良くなり、明らかに先ほどとは違う生き生きさ、血が通ってる感がある。


「ああ、なんか明るい!明るいですよ、世界が!!!」


 遠藤は席を立ち、部屋の中を子供のように手を大きく広げてくるくる回りはしゃぎだした。

 嬉しそうに飛び跳ねている姿は、それはそれで異様だった。

「世界ってこんなに明るかったんですね、思い出しました!ああ、なんか食欲もすごく湧いてきて……ああ、体が軽い、心が軽い、肩が軽い!!!ありがとうございますぅうう!やったーーー」


 遠藤たけおは三上に上機嫌で一礼すると、スキップして部屋を出て行った。


「…………除霊までできるのか、三上」


「……は?」


「肩が軽いって言ってただろ。それはつまり除霊だろ。悪霊退散だろ。お前そんなこともできるのな」


「うそでしょ……。そんなわけないじゃない……」


「いやあれはそれ以外考えられないって。もしかしたらこの金平糖がそういう能力があるのかもしれないけどな。どっちだろうな」


 三上は金平糖をじっと見て、頭を抱える。


「そんな能力があるなんて絶対認めないんだから……。これ以上相談者が増えてたまるもんですか」


 三上はとてもショックを受けているようだが、今日は今のところ順調と言っていい状態だ。

 生徒会長にしかられることも覚悟したが、いい方向に転がっているようだ。

 三上の評判はさらに上がったことだろう。

 藤林美紀はどうなったのかわからないが、何をやってもいい結果にしてしまう三上の力がもしかしたら二人の関係を進展させているかもしれない。

 俺は超常現象全般を信じてはいないが、それがもし存在するならするでいいし、しないのであればしないでいい。

 存在しないということはつまるところ偶然ということになるが、それはそれとして、三上の残したこれまでの功績をそれなりに信頼している。

 本人にとってそれが本意ではないにしても。そういう星の下に産まれてきたのかもしれないな。


「もうやだよー。あたし副会長やめたいよー。副会長の前に女子高生なんだからもっとJKさせてくれてもいいじゃーーーん」


 もう限界なのかもしれない。

 JKをするということが何を意味しているのかわからないけど、要はこんなことしたくないということだろう。

 ちょっと息抜きかなにかさせないと。このままではほんとに本人が病みかねない。

 今日投げつけたのが金平糖でよかったが、そのうち鉛筆とか水晶とかを投げかねない。


「……ちょっと出かけるか?」


「……え、いいの?まだ外で待ってる人いるんでしょー?」


「まあいるけど。またにしてもらおう」


「えー、奏陽くん、今日やさしー。どうしたの~?わーいわーい♪」


 これ以上病まれても困る。

 三上以上にこの部屋の適任者は俺の知るところではいない。

 だから脱走、失踪されないうちに、ガス抜きをしておいたほうがいいだろうと思った。


 俺は「ちょっと待ってくれ」と三上に伝えると、会長にメールを送った。

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