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悩み相談室③

 三上のやる気に満ちた言葉を聞き、その目が眠気眼状態から見開いていくのを見届けながらその場から離れる。

 本来の猫のようなおっきなお目々になると、通知表とアンケート容姿を机の上に広げ置き、姿勢を正して相談者の方を向いた。

 表情は先ほどまでと別人のように変わり、どんな闇でも包み込んでしまうようなほほ笑みを見せる。


「えー、……神詰さん? こんにちは」


「こ、こんにちは……」


 仕切りなおしの意味合いをこめて、しっかりと挨拶をする三上。先ほどの会話を聞かれていたのだろう。どこか懐疑的な様子の相談者だ。


「ここに来られたということは何かお悩みなのですね。どんなお悩みですか?」



「あ、えっとー、さっきも言ったんですけど……将来が不安なんです」


「将来……ですか」


 三上はとんでもなく抽象的で重い相談事にもかかわらず、もう晩年に生きる仙人のようにうんうんと笑顔でうなずいている。

 うなずきながら机の上に置いた通知表とアンケートをゆっくり手に取り、少しの間ながめていた。

 しかし次の瞬間ーー


 ビリビリビリ!!!


 三上は通知表とアンケート用紙を真っ二つに破った。

 さらに続けてそれを半分、さらに半分……と、どんどん細かくしていく。

 最後にはぶわっ!と細かくなった紙を宙にばらまいた。

 相談者は口をあんぐりと開けたまま、驚きすぎて声が出せないのか、ただ目を丸くして目の前で起きている仰天極まりない事態を見ていた。

 俺はというと逆に目を閉じて心音ばくばくさせながら、ただただこれ以上展開が悪くならないことを祈っていた。いや、だめだろ。通知表破ったら。通知表を返すように求められたときどうすんだ。どう先生に言い訳するんだ。


「あなたにはこんな紙切れでは計り知れない無限の可能性を秘めています」


 相談者をまっすぐ見据え、三上は顔を緩めながら話し始めた。


「将来は不確定、不確実なもの。10年後、1年後、明日、1分後だってどうなるかわかりません。しかしそれ故に希望が持てるのです。決まっている未来を淡々とこなしていく日々などただの時の奴隷です。不自由です。そうではない今の自分が置かれている状況は幸せなのかもしれません。なんにせよ、確かなのは今この一瞬に生きているということです。今が大切なのです」


 相談者は三上の話を息をのんで神妙な面持ちで聞いている。先ほどまでのグータラ三上とはまるで別人なので面食らっている感も否めない。


「先ほどいただいた紙にも書いてありましたね。あなたには好きと思えること、趣味、興味がいろいろおありなようです」


 アンケート用紙のことだ。なんて書いてあったか……ネットサーフォンとか買い物とかいろいろ書いてあったけど、ありきたりなことしか書いてなかった気がする。


「自分が興味を持てることに注力し、今を全力で生きる――今やりたいことに熱中することが、不安脱却の糸口かもしれません。もっと視野を広げてみるのも良いでしょう。がんばればがんばるほど、それ相応の未来がついてくることでしょう」


 相談者は目をうるうるさせて体に三上の言葉をしみ込ませるように聞いている。


「楽しんでいても不安がっていても、時間は等価値です。使い方は自分次第。行動することで未来が見えてきます。がんばってください」


「はい! ありがとうございます!!!」


 目を潤ませながらお礼を言い、相談者は希望に満ちあふれたようなすがすがしい表情をして部屋から出て行った。


「……おい、いいのかよあれ……通知表。今日もらったばかりだぞ。親にも見せてないんじゃねーか」


「……ね」


「ね、って。まさか同意されるとは思わなかったわ」


「なにがよ」


 悪態をつき肘をついてため息をつく副会長。目つきも鋭くなり、先ほどまでの聖母のような表情はどこに隠した。


「やりすぎ、及びやぶりすぎなのでは?」


「そーよ~。あえてやり過ぎたのよ~」


「その心は?」


「あーすればその場で怒って帰るか、もう二度と来ないようになるかと思ったんだもーん。ここの悪評が広まるかと思ったんだもーん」


「悪評が広まっていいんか? 会長に怒鳴られ……いや怒鳴られる間もなく懲罰をうけるぞ」


「もういーよ。どーでもさー。あたしこんなことやりたくないもん。こんなことをやりたくて生きてるわけじゃないもーん。もっとのんびーり生きてゆったーりしたいんだもーーーん」

 

 三上は体をベターと机にうっつぶさせた。

 こいつ、俺が監視役として派遣された頃からぐーたらな節があったが、回を重ねるごとに度合いが増している。

 このままでは俺まで懲罰をうけることになってしまいかねない。

 あの人のビンタは昔、ひょんなことでくらったことがあるが、とんでもなく痛い。おたふくみたいな腫れが二日続くほどだ。


「ちゃんとしよーぜ、副会長。次期会長なんですから」


「まだ候補の段階でしょ~。じゃあ逆に聞くけど、あの成績見せられて他に何を言えばいいってのよ~~」


 まぁ確かに……。ほぼオール1だったのはちらっと見ただけだが覚えている。

 アヒルが数羽いるくらいだった。この学校は絶対評価制度だから、それをふまえて考えると言い方に困る成績であるのは言うまでもない。

 まあでもこの部屋の存在意義はマイナス感情の除去であるから、神詰のそれは明らかにクリアになったようなので、目的は達成されたといっていいだろう。

 あんなどうしてみようもない相談をされて難なくこなせるのは、やはり三上には天性の才能があるのだろう。

 俺だったら「自分で考えろ」とつっぱねて終わりだ。

 三上が担当になってからというもの、適当だがそれなりに的を得ているアドバイスが功を奏して相談のあった悩みはほとんど解決しているらしい。

 それが噂となり、ひっきりなしに相談者が来るという結果になったようだ。前の副会長、つまり現会長のことだが、その時代は相談者などめずらしかったという話は聞いている。

 そりゃそうだろうな……。あんな傍若無人じゃ勤まるわけがない。


「あの澄んだ目と迷いのない素直でまっすぐな歩き方からして、あの人には何か特化していることがあるはずよ。きっとのレベルだけどね~」


 きっとレベル……何だそりゃ。そして迷いのない素直でまっすぐな歩き方って、またすごい着眼点だ。

 何より基準がわからない。

 そういう普通の人にはない三上特有の着眼点や感性が、ここの人気の秘訣なのだろう。

 適当にやっているようだが、言っていることもどこか説得力あるし、さっきの話じゃないが、こいつはそういう方向に特化していのかもしれない。


「次の方どうぞ」


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