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とんでもない女⑤ F

『……そうか。あの日のままなのか。時が流れるままに変わっていくこの世界で、変わらないものってあるんだな』

 頭ツンツンさせておいて何言ってんだこいつ。いつものことだけど。見た目相応にもっとハードボイルドなこと言ってほしいわ。そしてさっきまでの幼なじみに対する怒りをどこにほん投げやがった。

 俺と賢吾は旧知の仲、つまり俺の双子の姉である結奈も昔から知っており、まだウブで幼くこの厳つさ校内一の賢吾が、真夏の最中、道路を堂々と横断する毛虫に怯えてお漏らししていた頃から知っている。そのお漏らしタイム中に俺の姉は賢吾を背中から手の先につけたフック形のおもちゃで「ガハハハッ」と口をおっ聞く開けて豪快に笑いながら小突いていた。そのころは海賊ごっこ四六時中やっており(結奈だけは常時パイレーツモード)、自分は将来海賊になる!と木の枝をサーベルに見立てて空に突き立てていた。

 さっきから口元を微妙に緩ませて物思いにふけっているようだが、そんな頃のことでも思い出しているのだろうか。

『ところで頼みがあるんだが、ちょっと目をつむってくれないか』

「なぜに?」

『目をつむることに、理由なんているのか?』

「いやいるだろ。目の前真っ暗なんておっかねーじゃん。しかもここ屋上だし」

『そんな大層なことは考えていない。ただ目をつむって口を開けておいてほしいだけだ』

「……え、口? さらに嫌なんだけど」

『心構えとしては、餌を待つひな鳥のような感じで頼む』

「何をぶちこむ気だよ……」

 俺はしぶしぶ言われた通り、さながらひな鳥のような心持ちで目をつむり、口を開けた。すると、唇に固いものが触れる。少しひやっとする。どうやらスプーンのようだ。何かを食べさせようとしているようで、手が震えているのか、なかなか入れられないのか、一向に口の中に入ってくる様子がない。

「おい! なにしてんだよ。入れるならさっさと入れろよ」

 目開けるぞ! と脅すも、俺のひな鳥状態は続く。

『すまない。緊張して手が震えてしまうんだ……』

 何を緊張することがあるんだ。そしてやっぱりなんか食べさせる気なんだ。食べさせるのに緊張する食べ物ってなんだよ。こえーよ。

 そうこうしている間に、ようやく口の中に何かが入ってきた。

  

 甘い――。

 

 甘くてドロっとしたものが口の中に入ってきた。どこかで食べたことがある味だ。しかし俺は甘いものにそこまで詳しくないからこれが何なのかはわからない。自分でも作ったことがないことだけはわかる。間違いなく手が込んでいるパターンの食べ物だ。

「……もう目を開けていいか?」

『いいぞ』

 目を開けると口の中の甘さとはうって変わって、厳つい顔が俺を不安そうに見つめていた。

「なんだ今のは」

『どうだ。おいしいか?』

 おいしいかと言われて素直においしいと言いたくなる代物ではなかったが、はき出すほどでもない。

「まあ……。変なものじゃないんだよな?」

『ティラミスだ』

 ティラミス――。そんなオシャンティな響きのワードも話す人によってそのキラキラ感が薄れてしまうのはなんでだろう。

『もうすぐバレンタインだろ。その準備だ』

 は?

「逆チョコってこと? 逆ティラミスってこと?」

『そうだ。俗に言う逆ティラだ。今年こそは、渡したいと思っている』

「今年こそって。毎年用意してたのかよ。……ああ、その幼馴染にあげるのか?」

『そんなわけないだろ!』

 勘に触ったのか、ギロっと睨まれる。

「じゃあ誰だよ」

『それは……お前には言えない。いや、お前に‘だけ’は言えない』

「なんでだよ」

『……秘密だ』

 すさまじい勿体ぶりをかましてくる賢吾。俺にだけは言えないというのは一体どういうことなのか。

 

 ガチャ――――。

 

 

「あぁ、いたいた。おーい! そこの幸薄そうな男2人ー」

 普段俺ら以外が立ち入らないだろう屋上の扉が能天気な口調とともに突然開き、一人の女子がこっちに向かって歩いてきた。

 どうにも見覚えがある――いや、見覚えがあるなんていう表現では済まされることはできない、もう目に焼きついていると言っていい、我が家の三女、俺の双子の姉貴、結奈である。

『ゆ、ゆなさん! どうしてここにっ?!』

 ゆなさん? え? お前、そんな呼び方してたっけ? 思いもよらない賢吾の反応に、すごい勢いで振り向いてしまった。

「ん、ちょっと近くを通ったからね~。どうせここにいるだろうと思って寄ってみた。しかしあんたたち、屋上好きねー。今日は何してんの???」

「ただの日向ぼっこ。そっちこそ何しに来たんだよ」

 態度が明らかに俺らを小馬鹿にしてる感じなので、どうしても口調がいらだちを帯びてしまう。

「ん~なんか面白いことないかなと思って。 ……ん? なにそれ」

 結奈はそう言うと賢吾が手に持っていた少し大きめのタッパー容器(てかそれどこに隠し持ってたんだ?)を躊躇なく奪った。

『ああああ! それはあああ!』

 膝をついてサササッと賢吾から距離をとる結奈に向かって片腕を長く伸ばす賢吾。まるで先生か母親から大切なものを没収されたような構図だ。結奈はそんな姿の賢吾を面白がるように見て蓋を開ける。

「なによこれ……ん? なんか甘い匂いがする~。もしかして食べ物? スイーツ的な?!」

 結奈は取った蓋をポイッと投げて目を輝かせながら中身を見渡している。ちなみに投げ捨てられた蓋は賢吾の頭にあたった。

「わ~~~い!!! いっただっきま~す♪」

 結奈は容器の底一面に敷き詰めてあるティラミスを素手ですくい上げ、大きく開けた口の中に運んだ。

 その様子を見て、賢吾が口を開けて固まっている。

 非固形物を手づかみで食べる女―――さすがなりたい職業、海賊と言うだけある。その豪快な食べっぷりはまるでチャーハンでも食べているかのような錯覚を覚えさせる。

「ふう~~~。美味しかった!  私、大満足よ。超ご満悦!」

 そう言うと、結奈は「じゃねー」と言いながらティラミスが入っていた容器をほん投げて、自分の手を猫のように舐めながら出口の方に歩いて行った。投げられた容器は宙を舞い、ちょうどよくまた賢吾の頭の上にかぶさるように落ちた。

「……とんでもねー女、いたな」

『ああ。ほんと……なんて女だ、ちくしょう!!!』

 賢吾は激しい身振り手振りで怒りを爆発させる。体も微妙に震えており、悔しくてしょうが無いようだ。

「すまない、賢吾。大切な逆ティラをうちの姉が食べ散らかしてしまって……」

 自分の姉の粗相を尻ぬぐいをしようと賢吾に謝りながら近づく。屋上を叩きつける賢吾の顔を下から覗き込むと、どこか様子が違い、目は笑っていて口はほころんでいる。

「めっちゃ喜んでんじゃんねーか!」

 と頭を小突いた。

『いや? 全然? 喜んでねーけどお? 超怒ってるし! あははは』

「いやもはや笑ってるし! なんかキャラ変わってるし!!!」

 この後、とことん突き詰めた結果、賢吾はうちの三女のことが好きなことを白状した。

「さっきのとんでもねー女は嫌だの決意はなんだったんだよ!!!」

 

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