辻橋女子高等学校@生徒会室⑫ ― 男は頭を垂れるもの
美依はおもむろに立ち、表情が急に引き締まった。そして少しうつむき気味で口を開く。
「……男は頭を垂れるもの」
先ほどまで引っ提げていた無邪気な笑顔はどこにいったのか、目細め、蔑むその視線を俺に向けてくるのはなんでなのか。実は正体を見破っているとかないよな……。
「ママがよく言っていることね」
「そう! 似てた? ママの真似してみたんだけど、似てた?」
そう俺に問いかける君のそのエヘヘ顔がさっきの冷たい表情とのコントラストでさらに魅力的に見える。 そしてその笑顔に見合う答えを出せるのかどうかと聞かれれば、出せませんとはっきり言うことができる。 だって、俺、君のママ、知らないもの。
視察生なんていう稀有な立場で理事長と会ったことないとか怪しいかな。 怪しいかもしれない。これだけ特別な立場で知らないとかある?的な。 ただ仮に知っていたとして、話したことがあるとして、そのセリフを言うところに出くわすことはほぼ皆無だろうよ。 初対面じゃないと仮定したとして、これまでに何回か顔を合わせているとしても学園の理事長との会話なんてきっと一字一句覚えているくらいに少ないだろう。その合計時間もものの数分。そんな会話の中で男が頭下げるんだか垂れるんだか落ちるんだかの話なんてするわけがない。
というわけで理詰めで考えてそのセリフを言っている理事長を見たことがないから美依の先ほどのモノマネが似ているか否かについてはわからないと答えたいところだが、そんな満面の笑みではしゃぐ君を見ているとそんなことも言えず、とりあえず俺は君の笑顔に乾杯するとする。
「だから orz ということか」
沙紀が顎に手を置きながら訝しんでみせる。そんな深刻そうにする理由なんか1つもないのにね。まじめなんだから。
「そう! 頭を垂れる、つまり男でしょ? あと♂は前学校でショッピングモールに行ったときにお手洗いに行こうとしたらこれがあって、矢印の方向に入っていったら見たことがない白い陶器が壁にぶらさっがてて、その前に男性と思しき人間が茫然として立ってたの。何してんのかと思って近づいて見たら、その人がすごく笑顔で私を見てきて……気持ち悪かったよ」
「ちょ……ちょっと美依! そんな、そんな危険な……体は? 体は大丈夫?! 頭とか痛くない?!」
瑛が美依の体を自分の方に向け、妹の顔に両手を当ててせわしなく視線を動かす。
「え、……別にどこも痛くないよぉ」
「本当に? うそなんてついちゃだめよ。あなたの今後の人生がかかってるんだから!」
「どどどうしたの、瑛ちゃん。なんか変だよぉ」
「変かどうか聞いてるのは私でその対象はあなたよ、美依。……まあ確かに言う通り変なところはなさそう……ね」
美依の大きな目を指でさらに大きく開いて中をのぞいたり、全身をくまなく触診したと思ったら、今は年相応とはとても言えない大きな胸を揉みしだいて入念にチェックしている。
「え、……うん。あの時は先生がすごい速さで入ってきて私を抱えて逃げるように出て行ったんだけど、そのあとすごく怒られて、このことは誰にも言ってはいけませんって言われたよ。先生の顔はすごく真っ赤になってたけど。走って疲れたのかな?」
それは先生という立場な上に、こんな男性禁制の学校に勤めていること、そしてその教育方針は通俗的な男性に対する考えを一切破棄した徹底した女尊男卑に基づくものであるから、そこで教鞭を振るう者ならばそんな男の小便姿には相当な抵抗があるだろう。
「先生なんてどうでもいいのよ。問題はあなたがアレを見たのかどうかよ」「アレ? アレアレ? アレってなーにぃ?」
首を傾げて問いかける姿は少女さながらの純朴さを感じる。
「……私は見たことないけど、男性トイレではその白い陶器に向かって'社会の窓と'呼ばれる股間部に付設されたところからソレを取り出すらしいわ。ソレを見たの? どうなの?」
「ソレ? ソレってなーにぃ?」
「もう! アレはアレだし、ソレはソレよ! いえ、違うわ。アレはソレだしソレはアレなのよ! 要は男の股間のあたりを見たかどうかよ!」「えっと、見てないよぉ。美依、横から見たからぁ」
「そう。短小だったのね。ならいいの……」
手で隠れるくらいの一物だったということか。しかし瑛の年頃からアレが短小というワードを聞くと心に変に響く力があるな。
瑛はようやくホッとしたようで、無い胸をなでおろしたようだった。なでおろしやすい胸でよかったねとか、そういうことは考えてはいけない。そんなこと、頭によぎったレベルで瑛への冒涜と言えるレベルだ。少なくとも決して口には出してはいけない。 いやだってさ、大抵の小物はすっぽりと収めることができそうな歳不相応な大きな谷間がすぐそばにあるものだからさ、仕方ないじゃん、視覚が二人の胸部を認識した時点でその対比は成立してしまうのだもの。持ち合わせの自動識別機能で視覚から脳への画像転送された時点で対比が完了してしまうのだもの。美依と比べるのはあまりにも酷というもの。いってもまだ中学生なんだから、そんなことを思うことこそが酷だわ。美依の成長がただただ著しいだけ。双子でもこうも違うものなのだな。
それにしてもなでおろした割にはまだ浮かない顔をしているのが気になるが……。そんなに男子トイレに入りたいのだろうか。
「じゃあ最後のωはどういうことだ?」 これまでの双子姉妹のやりとりが終わったとふんだのか、話の軌道をしっかりと戻すのは沙紀会長だ。
「ああ、それは瑛ちゃんがいつもよく書いてる落書き帳に書いてあって―――」
「はああああぁぁあぁぁあ! あれを見たの?! ちょっと何勝手に見てるのよ! ねえ! ちょっとぉ!」
「だってぇ、瑛ちゃんがお絵描きしたまま寝てるから美依は冷えないように掛けてあげたりしてるんだよぉ。たまにベッドに運んだりもしてるしぃ」
「え……そうだったの。……ありがとう。………………じゃなくて! じゃ、な、く、て!
それはそれで! どうしてアレを見てその形が出てくるのよ」
「ん~、確かあのページには袋がいっぱい書いてあってぇ、袋ばっかり書いてあってぇ、その袋にはやたらしわみたいのが書いてあってぇ、でもないのもあってぇ、とりあえず全部に共通してたのはぁ、その袋の下の部分がぁ、なんかこう2つに分かれてたからぁ、そこが重要なんだろうなぁって」
瑛は絶句とも取れるような表情をする。
「瑛がお絵描きが好きということはわかったが……」
瑛はキッと沙紀に鋭い目を向ける。
「どうしてその形が男を示すものだと思ったんだ?」
「えっと、同じページに男性器?っていうのについてすっごくいっぱい文字が書いてあってぇ」
「美依ーーーー!!!」
瑛は美依めがけてダイブし、口を塞いだ。美依はもがく。
「どーしてあなたはそうピーチ子パーチ子なの!」 ピーチクパーチクのことか?今日び聴かないけどな。もしかしてここの生徒が使うということは上品語なのか?とか考えながら、「んんんっ、んんんんんっ!」と悶えるビイを知り目に見ていた。
「っんぱぁ! もう、瑛ちゃん、何するのよぉ」
「それはこっちのセリフよ!」
「……つまり瑛は家で男性器について調べ上げ、なおかつスケッチまでして熱心に学習していると……そういうことか」
スケッチ……被写体がアレなだけに「エッチスケッチワンタッチ」という小さいときに流行った謎の呪文を思い出すが、本当に一体この言葉の本意が何なのか、今となっては知りたいところだ。もしかしたら自分が知らないだけで相当な変態度を帯びた言葉を連呼していた可能性がある。もしくは知らぬ間に未確認生命体に吹き込まれていて、何か良からぬ呪文を連呼していた可能性もゼロとは言い切れないだろう。 ……やべ、なんか怖くなってきた。
「……ちょっと会長、私を誰だと思ってるの?」
今までとは違う低めな声。
「100点しか取ったことがない天才と称されるびいほどじゃないけど、いつも平均95は軽く超えてるわ。テニスで全国大会2連覇もしてる。それに副生徒会長で時期生徒会長候補筆頭よ」
「あぁ……えっと、つまり?」
「わからないかしら。努力だけでこんなことができるわけないと思いませんこと? ねぇ、さっきから突っ立っているそこのあなた。西洋風な人」
…………。 あ、俺のことか!
「……つまり、天才……ということデスカ?」
急いで場をつなげるように相槌を打つ。
「まぁそういうことにならざるを得ないでしょうねぇ。どこからどう考えてもね」
そんなに天才として扱われたいのか。まあ確かに妹が人生オール100点なんていう天才っぷりを発揮しているのだから差をつけられたくないという気持ちはわからなくもない。 ただ天才という観点で言えば、本当にこれまで受けてきたテストが全て100点であるのなら、瑛がさっき言っていた自己主張内容は、まあ少しばかり天才の程度の差があるかなと言うように感じられる。
「…………デ?」
「は? どうしてこの流れで「で?」が出てくるのかしら。違うんじゃなくて? 私は努力なんてしてない。ただ真実を追い求めていただけよ」
「真実? その真実を追い求めた結果、ωだったと?」
「違うわ。全然わかってないわね、会長。私は知ってしまったのよ」
自信満々な面持ちから一変し、険しさを漂わせた口つきを見せて瑛は続けた。
「この学園は嘘をついている」




